第57話 「異種格闘技戦にも程があるだろっ!」

「――っぶねぇ!」


 完全に予想外だった攻撃に焦りながら、危ういところで後方に跳ぶ。

 宣言通りに一撃で終わらせるつもりだったのか、ハゲの追撃はない。

 たぶん空手だろう、と当たりをつけるのは早計だった。

 コイツが使ってくる技のベースは、恐らくテコンドー。

 源流は空手と同じかもしれないが、ハデな動きと足技の多彩さで完全に別物だ。


「オイオーイ、ハズシテンジャネーヨ」

「いや、避けやがった……油断すんな、ドニ」


 言いながら、独特な体重移動の歩法でもって接近してきた。

 どうやらこのハゲ、見かけによらず冷静な思考ができるタイプらしい。

 コチラの動きを確かめるように、手刀や蹴りが様々な角度から繰り出される。


「フッ――ハッ――フンッ!」

 

 有効打にならないよう、さばいたりかわしたりを続けるが、反撃のタイミングが掴めない。

 回し蹴りを屈んで避けた直後、上空からかかとが降って来る。

 直撃はされなかったものの、反応が遅れて靴底がひたいかすった。

 槍だの弓だのテコンドーだの、まともに試合しあったことないのばっかりで――


「異種格闘技戦にも程があるだろっ!」


 踵落としを回避して崩れた体勢から、強引にハゲの軸足へと蹴りを放つ。

 低い位置からの足払いが、悪くない勢いで入った感触があった。

 しかし、ハゲは小揺こゆるぎしたのみで倒れず、俺との距離を三歩分ほど広げる。

 体幹たいかんきたえているようで、何ともバランスがいい――本当に面倒くさいな、コイツ。


「オレトモ、アソベヨォー」


 ハゲが退いたことで自分の出番と判断したのか、ドニが素早く踏み込んでくる。

 コチラが立ち上がるのに合わせて、高い場所からのワンツーが打ち下ろされた。

 避ける余裕もなくガードを固めると、岩で殴られているような衝撃が。

 ジャブと呼びたくない威力の連撃が、筋肉を通過して尺骨しゃっこつ橈骨とうこつにまで響く。

 動かず耐えるとダメージが深まるので、下がりながらパンチを受け流す。


「ヒュッ――」


 ドニのラッシュが止まって、一呼吸が入る。

 ボディを狙ってくる、と読めたのでここで前に出て――

 倒れ込むかの勢いで右の爪先を踏み潰し、右脇を擦り抜けて背後を取った。


「ンオッ!? ヒンンッ!」


 あまり味わったことのない痛みなのか、ドニは悶絶もんぜつしかけている。

 当然ながら、生じた隙をそのままにしてやるサービスはない。

 グラついているドニの左の膝裏に、渾身こんしんの蹴りを叩き込む。

 俺の力では無理かも、と思ったがドニはよろけて崩れて、前のめりに倒れた。

 流石に顔から床にぶつかる無様は晒さず、両手で受け身をとっていたが――


「そのまま寝てろ」


 俺は左ポケットに手を突っ込み、二本の三寸釘を指の間に挟んで抜き出す。

 そして握り拳を作ると、広背筋こうはいきんふくれたドニの背中に釘ごと打ち込んだ。


「ボァッ――」


 刺突しとつの痛みが走ると同時に、ドニの上体がビクンと海老反えびぞり、わめく。

 服に穴を開けないようキャップをかぶせておいた釘は、そのまま突き抜けて標的の背中に食い込んでいた。

 釘先を研磨したのが効いているのか、中々に見事な刺さりっぷりだ。

 掴んでいた分の一寸ほどが残ったので、釘全体が埋まるように背中を踏み蹴る。


「オォオオォッ!? ハゥオオォ、ムオオォオゥ……」


 情けない声を漏らしながら、ドニは床で身をくねらせて藻掻もがく。

 こういう恵まれた体格の連中にワリとあるが、攻撃されることに不慣れすぎて痛みに弱いパターンのようだ。

 さて次は――とハゲを目を向けると、既にコチラに攻撃を仕掛ける姿勢に入っている。

 相棒がダウンしたのを見て頭に血がのぼるでもなく、俺から視線を切らずに淡々と距離を詰めてくる構えだ。


「やっぱり、面倒くせぇ」

「ハッ――トッ――」


 小声の呟きを無視して下段、上段と連続して突き蹴りが繰り出された。

 無駄に気合が入っているでもない、いい意味で熱の低い攻撃だ。

 コチラはドニの相手をした後遺症で、両腕にダメージが蓄積されている感がある。

 受け流すのを失敗する危険があるので、大きな動きでハゲの蹴りを避け、牽制けんせいのために俺からも足を出す。


「おっと、危ない危ない」

「余裕ぶっこいてんじゃ、ねぇっ!」


 右のハイキックを左腕で払い受けられ、直後に軸足をスイッチして左のロー。

 これもガードされ、下がったところに猛然と回し蹴りが飛んでくる。

 左の脇腹に浅く入って、重くにぶい痛みが走った。


「ぐっ――」


 ハゲとの距離をとって、呼吸を整えながら自分の状態を確認。

 肋骨アバラまではいってない、動いても違和感はない。

 これなら何とかなる――単に痛いだけだ、何とかなる。


「へぇ、まだやるか」


 言い捨てるハゲは楽しげな様子もなく、ただ現状の把握をしているようだ。

 こんな所でプロ根性を見せてどうするんだ、と説教したくなる。

 もっとこう、戦闘時テンションでヒャッハーってなって油断しろ。

 見た目からして、お前は絶対そういうキャラだろ常識で考えて。


「こんなとこで番犬やらせとくの、勿体ないな」

「……言ってろ、ガキが」


 俺の言葉に、あからさまに不快そうな反応があった。

 多分だが、このハゲは望んでこの場にいるってワケじゃなさそうだ。

 世間じゃそろそろ格闘技ブームが始まる頃だし、こいつの能力なら雪枩ゆきまつのボディガードやってるより、よっぽど稼げるだろう。

 となると、この仕事から離れられない何らかの事情が――


「フゥンッ!」


 思考を巡らせていると、それを断ち切るようにハゲが急迫してくる。

 上体が波打つような動きで、一呼吸分もせずに間を潰されてしまう。

 まずいな、と直感して背後に跳び退すさろうとするが、それもダメだと別の直感が閃く。


「だったらっ!」


 たぶんコッチだ、と右に大きく跳ぶのを選んだ。

 急速な方向転換だったのに、ハゲは難なく合わせて追撃に入る。

 鋭い左右左の連続突きを躱せば、間髪を入れずに変な軌道での裏拳。


「フォッ!」

「ぅ――ぐっ!」


 ガードが遅れ、視界に星が散る。

 左の側頭部に一発もらってしまった。

 威力よりも手数で放たれた攻撃だ、ダウンまでは至らない。

 とはいえ、フラつきを立て直す時間が欲しい。

 十秒、いや五秒あれば――


「フッ――フッ――」


 終わらせようとはやるでもなく、ハゲはまた淡々と打撃を重ねてくる。

 肘打ちを避けて体勢が崩れたところで手刀、それを咄嗟とっさに払い退けたら前面がガラ空きになってしまい――


「うぼっ――ゴッ、ゴッフォ!」


 僅かな隙を見逃さず、く三手目が繰り出される。

 指先での突きが、咽喉に刺さるのがわかった。

 それほど深くはないものの、呼吸を乱すには十分な威力。

 反射的に首元を押さえ、足を止めてしまった俺を一瞥いちべつし、ハゲの体がスィッと後ろに下がる。


 きっとアレが来る――

 そう予感すると同時に、ハゲが腰を落とした。

 トドメの一撃が、気合の声と共に放たれる。

 ここに来て初めて、相手の表情に微かな笑みが浮かんだ。

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