第51話 「友達のエリアからハミ出そうとすんな」

 金属質の重量物が、硬い何かに衝突して生じる大音量。

 具体的に言えば、交通事故の瞬間に聞こえる音だ。

 雪枩ゆきまつも、高遠たかとおも、ノリオも、その他の雑魚二匹も、音に反応する気配はなく転がったまま。

 意識を回復したところでまともに動けないだろう、と判断して俺は何が起きたのかを外に確かめに行く。


「ぐふっ、げほぁ……んが、ぬぁん、だ……」


 チェーンで締め落としておいた短髪デブが、便所から這い出してきた。

 混乱状態から脱せてないようで、むせながら何か呟いている。

 匍匐前進ほふくぜんしんの出来損ないのようなキモい動きは、憐憫れんびんを誘う絵面と言えなくもない、が――


「ぱごっ! ごっ――あぷんっ」


 自分の家に侵入した害虫を「可哀想」と見逃すほどのお人好しにはなれない。

 後頭部を靴底で二度、三度と踏み蹴って、数時間から半年は動けない程度のダメージを与えておく。

 しかし、また血の汚れが増えてしまった……鵄夜子しやこ姉さんにはどう説明すればいいんだか。


 未来の俺なら『掃除屋』に頼むんだが、一介の高校生には連絡もつけられない。

 今後のことも考えると、口の堅い便利屋を見つけておく必要がありそうだ。

 いや、むしろ自分でそういう組織を作ってしまうのはどうだろう。

 また非合法な仕事をするのは御免だが、俺には真っ当な生き方がわからないし、できそうもない。

 ならばせめて、雇われではなくて人を使う側になってもいいんじゃなかろうか。


「まぁ、そういうこと考えるのは後回しだ、なっ!」

「まうっ――」


 玄関を出ると、こめかみを金槌ハンマーで殴ってダウンさせておいたウニ頭が、意識を回復してつんいの状態で荒い息を吐いている。

 殆ど危険はないだろうが、リスクはゼロに近付けるに越したことはない。

 なので背後から股間キンタマを蹴り上げ、もう一度ダウンさせておいた。

 気絶はしなくとも、しばらくはまともに動けないはずだ。


「そういえば、コレを使う場面がなかったな……」


 ベルトから金槌を抜いて、右手に握り締める。

 レール式の門扉もんぴを突き破ってきた車が、庭に鎮座ちんざしてボンネットから濃いめの煙を噴いていた。

 レトロなSUV、という感じのこれは……ハイラックスサーフ、だったか?

 この時代ならそう古いこともないんだろうが、だいぶ懐かしい印象だ。

 警戒しつつ車から人が出てくるのを待っていると、運転席のドアが内側から文字通りに蹴り開けられた。


「ウボァー……死ぬかと思ったぜー」

「どうして運転できる、とか嘘つくのかなぁ⁉」

「小学生の頃は『アウトラン』、めっちゃ上手かったからよー」

「だいぶブランクあるじゃん! ていうかそれゲームじゃん!」


 運転席からフラフラの奥戸おくとが出てきて、続いてバッグを抱えた瑠佳るかが転がるように出てくる。

 助手席は豪快にヘコんでおり、開けられなくなっている様子。

 奥戸の言っている『アウトラン』ってのは、80年代後半のゲーセンで見かけた、体感型のドライブゲームだ。

 バグ技が多かった記憶があるので、実際の運転の参考にするのは危険極まりない。


「というか……お前らがどうしてウチに?」

「いやー、どーしてもこーしてもねーんだわ!」

「質問に対して情報量ゼロの答えを返すな」

「五時間目が終わって帰ろうとしたら、校門のすぐそばに雪枩先輩の仲間らしいヤンキーっぽいのが溜まってて……」


 頼りない奥戸から瑠佳へと、証言者がバトンタッチされる。


「連中は群れを作って狩りをする習性があるからな」

「サバンナかな? で、そのヤンキーたちが、やたらと物騒なこと言ってて。その、ケイちゃんを攫うとか、埋めるとか、お姉さんをどうかするとか」

「……それで?」

「何か、ケイちゃんの家に突撃、みたいな話もしてたから、止めた方がいいんじゃないかと思って。でも、どうしたらいいのかわかんなくて、奥戸くんに相談を……」

「相談する相手を若干間違ってるっぽいが」

「失礼だなヤブー。問題解決のエクスポートだぜー?」

「輸出してんじゃねえよ。問題先送りか」


 ふざけてボディビルダーっぽいポージングをする奥戸。

 たしかにコイツは、腕力や暴力で色々な問題を解決してきた感はあるが。


「それはさてき、この単独事故に至った流れは?」

「ヤブがやべーかも、って村雨むらさめが言うからさー。とりあえず、雪枩の手下共を説得して止めなきゃなー、って考えたワケだ」

「いきなり蹴ってた気がするんだけど……」

「どーせブッ飛ばすからー、間を省略しただけだなー」


 メチャクチャなことを言っている奥戸だが、理解できてしまうので困る。

 言葉は通じるけど会話が成立しないタイプのチンピラは、どれだけ交渉や説得をして合意を引き出したところで、いつそれを引っくり返されるかわからない。

 それよりはマシな反社や半グレも、相手の都合や気分でルールは変わり、ゴールポストは自由自在に動く。

 なので、とりあえず暴力で制圧してコチラの要求を通してしまう、原始的な方法が最適解となる場合が意外に多いのだ。


「手下の雑魚をボコったのはわかったが、この車はどっから出てきた」

「学校のド真ん前だと流石にマズいからさー、場所変えて説得してたんだわ。そんでー、三人いたのを全員黙らせたところでー、こいつが登場だ」

「乗ってたのは学生って雰囲気じゃない、スーツのおっさんとジャージのおっさん」

「明らかにカタギじゃねー空気出してたからさー、降りてきてギャーギャー怒鳴り始めた瞬間、マッハでコレ使ってやったわー」


 言いながら、奥戸は俺が渡した催涙さいるいスプレーを掲げる。

 その時のことを思い出しているらしい瑠佳には、酸味の強い苦笑が浮かんでいた。

 

「いやもう、スゴい威力っていうか……ちょっと引いたんだけど」

「本気で泣き叫ぶ大人ってのも、ちょっと新鮮だったなー」

「地面を転がってる相手の顔を蹴って黙らせたのも、ちょっと引いたんだけど」

「その程度なら、俺もやってただろ」

「だから引いたんだけど。友達同士だからって芸風まで一緒にしなくても」

「まー、夫婦とかもだんだんと似てくるらしーからなー」

「友達のエリアからハミ出そうとすんな」


 奥戸の寝言をあしらっていると、シューシューと何かが漏れている音に混ざって、人の呻き声らしきものが車内から聞こえてくる。


「もしかして、お前らの他にも客がいるのか」

「客ってーか、こいつらが元の持ち主だけどなー」


 車の後部に回った奥戸はハッチバックを開け、中の積荷を地面に転がす。

 黒いスーツの長髪と灰色ジャージの金髪で、二人とも二十代の半ばあたりか。

 この年でおっさん呼ばわりされてしまうのは、元は爺さんの俺からすると軽めの同情が湧かなくもないが、女子高生の目から見れば十歳上はおっさんだな。


「んーっ! んんーっ!」

「んっふ、むぉおっふ!」


 もぞもぞと身悶えしながら何かを言っているが、完全に聞き取り不能だ。

 どちらも、両手両足を黒いガムテでグルグル巻きにされ、口もふさがれている。

 このテープは恐らく、俺を拘束するのに使われる予定だったのだろう。

 金槌を振り上げてわざとらしく威嚇いかくしてみるが、まだまともに目が開いてないのか効果がない。

 

「何で拾ってきたんだ、こんなん」

「やー……雪枩と揉めてるってもさー、学生だとあんま逮捕とかならなそーだろ? だけどこーいう感じのが相手なら警察も動くんじゃねーかなー、って」


 奥戸の主張に同意するように、瑠佳もコクコクと頷いている。

 確かに、学生とチンピラが揉めていたら、世間や警察は学生の味方をするだろう。

 それが普通だが、現状は普通とは言い難い――地元警察が雪枩家の味方と決まったワケではないが、ガッツリ癒着ゆちゃくされていた場合は面倒なことになる。

 それに、過剰防衛と判断されても文句は言えない程度に雪枩をボコってしまったので、自分を被害者として警察に訴え出るのは悪手だ。


「どうせなら、警察よりもっと怖いのを動かそうか」

「自衛隊かー?」

「ゴジラかガメラ出てこないと動かねえよ。悪ガキが怖がるのは、やっぱアレだろ」

「んー、オバケかな?」

「親だ、親。雪枩の親父に、この騒動を引き取ってもらうんだよ」


 当然、タダじゃ終わらせない。

 落とし前ってヤツは、確実に着けてもらう。

 そんな内心が顔に出てしまったのか、奥戸と瑠佳が微妙な視線を向けてきた。

 強めにかぶりを振って表情を引き締め、俺は二人に告げる。

 

「まずは、ウチにあるゴミを何とかするの、手伝ってくれ」

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