第52話 「じゃあそれ、ビデオに撮ってみようか」

 奥戸おくとの手を借りて、ウチを占拠していたアホの集団と、追加で運ばれてきた連中を倉庫に移動させた。

 ボス猿の雪枩ゆきまつ、その手下の高遠たかとおとノリオ、制服姿のザコ共、それと催涙スプレーが効いてるスーツとジャージの合計九匹だ。

 ハイラックスサーフの中にあったガムテと、倉庫にあった針金やビニールロープを組み合わせて全員を拘束してある。


「ヤブー、こいつらどうすんだー?」

「本当ならどこかに埋めたいんだが、そうもいかん」

「粗大ゴミの不法投棄はマズいからね」


 奥戸の質問に応じていると、瑠佳るかから中々に尖った発言が出る。

 貞包さだかねたちとの一件があって以来、反社を絶対に許さないマインドが芽生えてしまっているようだ。

 気持ちはわからんでもないが、目を離すと単独で無理をしそうな気配もあって、ちょっと危うい。


「雪枩の実家にゴミの回収を依頼する、ってのが一番手っ取り早いか」

「大軍で来られたら、ヤブもまとめて回収されそうだなー」

「それはそれで別に構わんというか、ある意味で都合いいんだがな……」


 ただ、無傷のまま俺を移送してくれるとも思えない。

 良くて半殺し、悪くすれば死体にされてから、それこそどこかに埋められる。

 となると、雪枩を人質にしてその父親と交渉するのが安全だろうか。

 だがその場合、奥戸と瑠佳に雪枩の監禁を任せることになる。

 そこまでガッツリと関わらせて、万一にも俺が死ぬか捕まるかしたら、二人はタダじゃ済まないだろう。


「何か言いたそうだなぁ、大輔だいすけ坊ちゃん」


 意識を回復したらしい雪枩が、殺意のみなぎった目で俺をにらんでくる。

 ここまで血走った白目は、漫画くらいでしか見たことないレベルだ。

 口をふさいでいる黒ガムテをがしてやると、真っ赤なつばを吐いてからえる。


「っぷぁ! ふっ――ざけやがってぇえええええええええええっ! 薮上やぶがみぃいいいいぃいっ! テメェだけはブッこ――」


 うるさいだけなので、もう一度ガムテで雪枩の口を塞いだ。


「ぶぅもぅおぅおぅ! おっ――んぉ――おぅ――」


 塞いでからもモガモガうるさいので、黙るまで頭を平手で繰り返し殴った。

 全力の七割くらいの加減で、何度も何度もぱたく。

 そして髪を掴んで無理矢理に顔を上げさせ、正面から見据えつつ告げる。


「うっさいカス。言いたいことあるなら聞いてやるから、静かに喋れ。わかったかカス。わかったら返事……はできねぇか。わかったらうなづけカス。どうなんだカス」


 そう言って頭から手を離せば、不承不承ふしょうぶしょうな感じを丸出しにして、俺を睨んだままの雪枩が半端に頷く。

 またガムテを剥がしてやると、さっきよりも赤色の薄い唾を吐いて語り始めた。

 鼻血が出続けているせいか、常に鼻声で息苦しそうな雰囲気だ。


「ぶぺっ、ぷぃ……こ、ここまで……オレに、ここまでやったんだ……どうなるか、わかってるんだよな、薮上ぃ……」

「わかーんなーい」


 半笑いを浮かべ、ギャルっぽいイントネーションでもって返事すると、雪枩がわかりやすく表情をゆがめた。

 漫画だったら、「ブチブチッ」とか「ビキビキッ」みたいな文字が、刺々しいフォントで描かれているハズだ。

 しかし、ここで怒鳴るとまたガムテで黙らされるループに入ると思い至ったのか、大きく吸った息をゆっくり吐いて話を続ける。


「ふぅうううぅ……あのなぁ、雪枩グループの会長……力生りきおの息子であるオレに、この雪枩大輔に手を出すってのはなぁ……ウチの暴力と、権力と、財力が……テメェをブッ殺すために使われる、ってことだ……マジで、わかってんのかぁ?」

「えっ、何こいつ怖……急にウチのパパは凄いんだじょー、とか自慢してんですけど」

「ガッハッハッハ、幼稚園児かー?」


 小馬鹿にした雰囲気を丸出しにして返せば、雪枩からグギギと歯軋はぎしりの音が。

 ゲラゲラと笑ってる奥戸は危機感ゼロだが、コイツはコイツで大丈夫か。

 そして瑠佳は、いつの間にかあのハンディカムを持ち出し、少し離れて雪枩の姿を撮影し始めていた。

 

「薮上ぃ……テメェにゃ、アレだぁ……死んだ方がマシな状況、くれてやんよぉ……」

「へぇ、具体的にはどうするんだ?」

「鼻を折りやがった礼に、まずはお前の鼻も削ぎ落す、ついでに耳もだぁ……両手両足の指は全部詰める……両肘と両膝も砕いて、這ってしか動けないようにしてやんよ……歯も全部、ペンチで抜いてやるからなぁ……最後は、バーナーでじっくりと炙った、自分の目玉や金玉を食わせてやんよぉ……」

「やだなー、怖いなー」


 稲川淳二っぽく言えば、くらい情熱に満ちていた雪枩の表情が、スゥッと醒めて真顔に転じた。


「お前ぇ、随分と余裕じゃねえか……どうせ、やれるワケがねぇと、思ってんだろうが……やるぞ? 実際、何人も山奥に、埋めてんだからなぁ……」

「まぁ、そんなこともやってんだろうな、てのはわかってる」

「テメェだけじゃなくて、テメェの姉貴も、他の二人もぉごごっごごごご――」


 調子に乗って脅迫の範囲を拡大してきた雪枩の、曲がった鼻をつまんでじる。

 激痛にもだえる雪枩をしばらく眺めた後、鼻血に塗れた手を振るいながら訊く。


「俺がその気になったら、自分がこの場でおしまいになるんだって、ちゃんとわかってんのか?」

「どうせテメェに、殺しをやる度胸ねぇだろ……それに、オレに何かあったら、テメェの家族もツレも、全滅だ……人の五人や十人、消すくらい、何でもねぇ……」


 置かれた状況がイマイチ理解できていないのか、雪枩は脅迫を繰り返してくる。

 自分に逆らう相手も、暴力に反撃してくる相手も、実家の威光を無視する相手も、雪枩にとっては未知の存在なのだろう。

 だからまともな判断ができなくなっている、ってのはわからんでもないが、それはそれとして危機感の薄さは尋常じゃない。


「まったく……お前らが甘やかしたせいだな」


 高遠たかとおやノリオの方を見て呟くが、まだ回復していないようで反応はない。

 殺しをやる度胸はないだろ、と煽られたが実のところ殺すつもりはなかった。

 雪枩の息の根を止めたところで、特にメリットはなく多少スカッとするだけだ。

 俺や周囲に報復してくる将来の危険を考えたら、何かしらの重石おもしは乗っけておきたいが……


「ウヒッ、ヒヒヒヒッ……言っとくがな、死んだらそこで終わり、じゃねぇぞ……」

「へぇ。死体を晒しものにする、カルテル方式でも採用してんのか」

「晒しもの、なのは、その通りだがなぁ……死ぬ前にちょっと、映画に主演して、もらうぜぇ……演技力は必要ねぇ、ただケツを掘られまくる、だけだかんなぁ……」

「……なるほど、ゲスなお前らが好きそうな手口だ」


 漫画や映画での不良は、喧嘩でもってトラブルを片づけがちだ。

 しかし現実でのトラブルは、その殆どが殴り合いで解決するようなものではなく、暴力沙汰が発生すればますます拗れるばかり。

 それを収めるには、一方的な暴力で相手を屈服させるか、落とし所を見つけて和解するかの二択で、どちらを選んでも多かれ少なかれ遺恨は残る。


 ヤクザやマフィアなら、徹底的に敵対グループを追い込むのも容易たやすいが、暴走族や半グレにはそこまでの無茶もできない。

 そこで採用されたのが「心を折る」方向性でのリンチだ。

 発狂レベルの恐怖や屈辱を与えて、反抗心や敵愾てきがい心を問答無用捻じ伏せる。

 喧嘩上等だ何だと言いながら暴れてきた強面こわもての連中が、文字通りの半殺しにされた挙句に糞を食わされたり同性に犯されたりすれば、まず正気を保てない。

 行為を強要されるだけで終わらず、それを映像や写真で残された日には――

 

「それで、具体的に俺は何をされるんだ?」

「フヘッ、フヒヒヒヒ……今更ビビっても、もう遅ぇぞ……」


 楽しげに笑いながら、雪枩は細々とした解説を繰り広げる。

 随分と詳しいのは、その映像を見ているのか、或いは現場に居合わせたのか。

 何はともあれ趣味の悪いことおびただしく、多少のことには動じない奥戸も渋い顔だ。

 瑠佳の方は、動揺した様子もなく淡々とカメラを回していた。

 もしかすると、俺が次に何をするのか気付いてるのかもな、と思いつつパンと一つ手を打つ。


「OKOK。じゃあそれ、ビデオに撮ってみようか」

「あ? 何が――」

「これから撮影だ、お前が語った通りに。一応言っとくが、主演は俺じゃないぞ」


 困惑した様子の雪枩だが、十秒ほどで今から何が始まるのかを理解したらしい。

 顔色がブワッと赤黒くなり、大声で怒鳴ろうとしたようだが声が出ない。


「かっ――なっ――うぁ」


 喉の奥から断片的に変な音を発し、顔色は徐々に薄れて真っ白に転じる。

 そんな雪枩を横目に、俺は転がっているアホ共から出演者を選ぶ作業に入った。

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