第52話 「じゃあそれ、ビデオに撮ってみようか」
ボス猿の
ハイラックスサーフの中にあったガムテと、倉庫にあった針金やビニールロープを組み合わせて全員を拘束してある。
「ヤブー、こいつらどうすんだー?」
「本当ならどこかに埋めたいんだが、そうもいかん」
「粗大ゴミの不法投棄はマズいからね」
奥戸の質問に応じていると、
気持ちはわからんでもないが、目を離すと単独で無理をしそうな気配もあって、ちょっと危うい。
「雪枩の実家にゴミの回収を依頼する、ってのが一番手っ取り早いか」
「大軍で来られたら、ヤブもまとめて回収されそうだなー」
「それはそれで別に構わんというか、ある意味で都合いいんだがな……」
ただ、無傷のまま俺を移送してくれるとも思えない。
良くて半殺し、悪くすれば死体にされてから、それこそどこかに埋められる。
となると、雪枩を人質にしてその父親と交渉するのが安全だろうか。
だがその場合、奥戸と瑠佳に雪枩の監禁を任せることになる。
そこまでガッツリと関わらせて、万一にも俺が死ぬか捕まるかしたら、二人はタダじゃ済まないだろう。
「何か言いたそうだなぁ、
意識を回復したらしい雪枩が、殺意の
ここまで血走った白目は、漫画くらいでしか見たことないレベルだ。
口を
「っぷぁ! ふっ――ざけやがってぇえええええええええええっ!
うるさいだけなので、もう一度ガムテで雪枩の口を塞いだ。
「ぶぅもぅおぅおぅ! おっ――んぉ――おぅ――」
塞いでからもモガモガうるさいので、黙るまで頭を平手で繰り返し殴った。
全力の七割くらいの加減で、何度も何度も
そして髪を掴んで無理矢理に顔を上げさせ、正面から見据えつつ告げる。
「うっさいカス。言いたいことあるなら聞いてやるから、静かに喋れ。わかったかカス。わかったら返事……はできねぇか。わかったら
そう言って頭から手を離せば、
またガムテを剥がしてやると、さっきよりも赤色の薄い唾を吐いて語り始めた。
鼻血が出続けているせいか、常に鼻声で息苦しそうな雰囲気だ。
「ぶぺっ、ぷぃ……こ、ここまで……オレに、ここまでやったんだ……どうなるか、わかってるんだよな、薮上ぃ……」
「わかーんなーい」
半笑いを浮かべ、ギャルっぽいイントネーションでもって返事すると、雪枩がわかりやすく表情を
漫画だったら、「ブチブチッ」とか「ビキビキッ」みたいな文字が、刺々しいフォントで描かれているハズだ。
しかし、ここで怒鳴るとまたガムテで黙らされるループに入ると思い至ったのか、大きく吸った息をゆっくり吐いて話を続ける。
「ふぅうううぅ……あのなぁ、雪枩グループの会長……
「えっ、何こいつ怖……急にウチのパパは凄いんだじょー、とか自慢してんですけど」
「ガッハッハッハ、幼稚園児かー?」
小馬鹿にした雰囲気を丸出しにして返せば、雪枩からグギギと
ゲラゲラと笑ってる奥戸は危機感ゼロだが、コイツはコイツで大丈夫か。
そして瑠佳は、いつの間にかあのハンディカムを持ち出し、少し離れて雪枩の姿を撮影し始めていた。
「薮上ぃ……テメェにゃ、アレだぁ……死んだ方がマシな状況、くれてやんよぉ……」
「へぇ、具体的にはどうするんだ?」
「鼻を折りやがった礼に、まずはお前の鼻も削ぎ落す、ついでに耳もだぁ……両手両足の指は全部詰める……両肘と両膝も砕いて、這ってしか動けないようにしてやんよ……歯も全部、ペンチで抜いてやるからなぁ……最後は、バーナーでじっくりと炙った、自分の目玉や金玉を食わせてやんよぉ……」
「やだなー、怖いなー」
稲川淳二っぽく言えば、
「お前ぇ、随分と余裕じゃねえか……どうせ、やれるワケがねぇと、思ってんだろうが……やるぞ? 実際、何人も山奥に、埋めてんだからなぁ……」
「まぁ、そんなこともやってんだろうな、てのはわかってる」
「テメェだけじゃなくて、テメェの姉貴も、他の二人もぉごごっごごごご――」
調子に乗って脅迫の範囲を拡大してきた雪枩の、曲がった鼻を
激痛に
「俺がその気になったら、自分がこの場でおしまいになるんだって、ちゃんとわかってんのか?」
「どうせテメェに、殺しをやる度胸ねぇだろ……それに、オレに何かあったら、テメェの家族もツレも、全滅だ……人の五人や十人、消すくらい、何でもねぇ……」
置かれた状況がイマイチ理解できていないのか、雪枩は脅迫を繰り返してくる。
自分に逆らう相手も、暴力に反撃してくる相手も、実家の威光を無視する相手も、雪枩にとっては未知の存在なのだろう。
だからまともな判断ができなくなっている、ってのはわからんでもないが、それはそれとして危機感の薄さは尋常じゃない。
「まったく……お前らが甘やかしたせいだな」
殺しをやる度胸はないだろ、と煽られたが実のところ殺すつもりはなかった。
雪枩の息の根を止めたところで、特にメリットはなく多少スカッとするだけだ。
俺や周囲に報復してくる将来の危険を考えたら、何かしらの
「ウヒッ、ヒヒヒヒッ……言っとくがな、死んだらそこで終わり、じゃねぇぞ……」
「へぇ。死体を晒しものにする、カルテル方式でも採用してんのか」
「晒しもの、なのは、その通りだがなぁ……死ぬ前にちょっと、映画に主演して、もらうぜぇ……演技力は必要ねぇ、ただケツを掘られまくる、だけだかんなぁ……」
「……なるほど、ゲスなお前らが好きそうな手口だ」
漫画や映画での不良は、喧嘩でもってトラブルを片づけがちだ。
しかし現実でのトラブルは、その殆どが殴り合いで解決するようなものではなく、暴力沙汰が発生すればますます拗れるばかり。
それを収めるには、一方的な暴力で相手を屈服させるか、落とし所を見つけて和解するかの二択で、どちらを選んでも多かれ少なかれ遺恨は残る。
ヤクザやマフィアなら、徹底的に敵対グループを追い込むのも
そこで採用されたのが「心を折る」方向性でのリンチだ。
発狂レベルの恐怖や屈辱を与えて、反抗心や
喧嘩上等だ何だと言いながら暴れてきた
行為を強要されるだけで終わらず、それを映像や写真で残された日には――
「それで、具体的に俺は何をされるんだ?」
「フヘッ、フヒヒヒヒ……今更ビビっても、もう遅ぇぞ……」
楽しげに笑いながら、雪枩は細々とした解説を繰り広げる。
随分と詳しいのは、その映像を見ているのか、或いは現場に居合わせたのか。
何はともあれ趣味の悪いこと
瑠佳の方は、動揺した様子もなく淡々とカメラを回していた。
もしかすると、俺が次に何をするのか気付いてるのかもな、と思いつつパンと一つ手を打つ。
「OKOK。じゃあそれ、ビデオに撮ってみようか」
「あ? 何が――」
「これから撮影だ、お前が語った通りに。一応言っとくが、主演は俺じゃないぞ」
困惑した様子の雪枩だが、十秒ほどで今から何が始まるのかを理解したらしい。
顔色がブワッと赤黒くなり、大声で怒鳴ろうとしたようだが声が出ない。
「かっ――なっ――うぁ」
喉の奥から断片的に変な音を発し、顔色は徐々に薄れて真っ白に転じる。
そんな雪枩を横目に、俺は転がっているアホ共から出演者を選ぶ作業に入った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます