第49話 「どうして被害者ぶってんだ……」

「なっ――おい、高遠たかとおっ!」

「大将はどっしり構えとけよ。すぐに終わらせっから……なぁ、ノリオ」

「ああ、二分もあれば」


 ノリオと呼ばれた髭が、自信たっぷりにうなずき返す。

 高遠もまた、漂わせている雰囲気が変質している。

 不良高校生とは似て非なる、暴力を生業なりわいにしている男の表情だ。

 雪枩ゆきまつは明らかに口だけだが、この二人には「殺す」と宣言すれば本気で実行しそうな、そんなハズレ方がけていた。


「今更お前も引けないだろうが……ここがラストチャンスだ」

「随分とまぁ、お優しいことで。コッチとしても、このまま帰れば前歯全部とアバラ十本と通報だけで終わらせてやる」


 お断りだボケ、を言い換えた返事を告げると、高遠が苦笑を浮かべる。

 この優男やさおとこも色々と気苦労が多そうだが、大部分は自業自得だろうから同情にはあたいしない。


「そう突っ張んな、薮上やぶがみクン。まぁ、聞けよ――」


 馴れ馴れしい口調に転じ、高遠がまだ何事かを言ってくる。

 もう交渉でどうにかなる段階が過ぎてるのに、どういうつもりだ。

 そんな疑問の答えは、ノリオが行動で示してきた。

 体格的に何かやっているだろうとは思ったが、予想以上に動作が鋭い。


「ヌンッ!」

「くぁっ――」


 意外な速さでを詰められ、心臓辺りへと正拳突きが放たれる。

 体をかわすのが間に合わない、と見て両手でガードを固めて後ろに跳ぶ。

 衝撃は逃がせたが、ケツから床に倒れた俺にノリオは追撃。

 膝を踏み砕こうとする足裏を転がって避け、反撃に転じようとするが障害物が多くてままならない。


「ジタバタしてんなっ!」


 言いながら、高遠も参戦してくる。

 手にしているのは、カイザーナックルの付いたゴテゴテのナイフ。

 何というか、『北斗の拳』序盤のザコが使ってそうなフォルムだ。

 床に倒れた椅子の足を掴んで振り回し、二人が身を引いた隙に立ち上がろうとするが、ノリオはそれを蹴り飛ばして突っ込んでくる。


「フッ、フッ、ホンッ!」

「とっ、ぐっ、うごっ――」


 下手に動くと隙をさらしすぎて、一撃もらえば終わりになってしまう。

 そのリスクが頭にあるので、対応が後手後手になりノリオの蹴りを受けるハメに。

 位置取りで威力はだいぶ減殺げんさいさせているし、急所もガードし続けているがこのままではジリ貧だ。


「ザマァねぇな、オイィ!」


 コチラの顔面を狙って、高遠がサッカーボールキックを繰り出す。

 そこから袋叩きを始めるつもりだったんだろうが、こんなデカいモーションを見逃すほど抜けちゃいない。

 高遠の蹴りを抱き締めるように受け止め、ガッチリ掴んだまま体を半回転させた。


「よっ、と」

「おっ――うっ、ごぉおおおぉっ!」


 想定よりガッツリと、ドラゴンスクリュー的な反撃が決まった。

 右膝を抱えて床に転がり、高遠は何事かを喚き散らす。

 その叫びでノリオの注意がれたタイミングで、俺は床から離れるのに成功。


「だらぁっ!」


 その流れでノリオに前蹴りを入れるが、膝で防がれてしまい効果は出ない。

 それでも距離は取れたので、奇襲から積み上げられた不利はゼロまで戻せた。

 流れに納得がいってないのか、しかつらのノリオはしきりに首を傾げている。


「どうしたヒゲちゃびん。急な運動で尿漏れしたか」

「いや……お前、何者なにもんだよ?」

「人んちに不法侵入してる連中のセリフじゃないな」


 チャクラに仕込まれ、長年の実戦で鍛えてきた俺の格闘術は、確かに見た目にそぐわないから困惑するだろう。

 ただ、そういう疑問を素直に口にしてしまえば、自分の未熟さを晒すことにもなる。

 結局はコイツも素人だな、と評価を下方修正しつつ、次に採るべき一手を探す。


「どうするんだ、オイ。そろそろ二分が過ぎるぞ」

「がぁああっ、クソッ! クソがっ! やれっ! やっちまえノルィオォ!」


 まだヘタりこんだままの高遠がえる。

 呼吸を整えながら構えるノリオは、じりじりと下がりながら体重移動を行っている。

 高遠への反撃で、組んだら危険という印象は与えられたハズ。

 ならば相手が選ぶのは恐らく、体格差を活かしたアウトレンジからの攻撃。

 そんな見当をつけたのとほぼ同時に、ノリオの体がゆらっとブレた。


「フゥッ!」

「いや、バレバレだって」


 小声で呟きながら、頭部に飛んできたハイキックをかがんで素通り。

 そして、起き上がりぎわに右の前腕でノリオの股間をカチ上げた。

 革パンの奥に潜んだ半端な柔らかさが、肌を通して伝わってくる。

 

「んぎっ! ごっ、こっ、あっ――」


 汚ねぇ場所へと綺麗に決まった一撃。

 内股になったノリオは、膝から崩れて悶絶している。

 コイツは今まで、戦闘の大部分を短時間で片づけてきたのだろう。

 そのせいで防御されてから、躱されてからの動きがまるでなってない。

 今日ここで俺と遭遇しなくても、遠からずどこかで惨敗したと思われる。


「おぅふぉおおおおお、おっ、おっ……」

「頭ってのはこう蹴るんだ、よっ!」


 丁度いい高さでプルプル震えているノリオの側頭を、回し蹴りでぎ倒す。

 パンッと大きな破裂音が響くと、白目を剥いて鼻血を噴いた髭面の出来上がり。

 その顔をもう一度蹴り抜いた後、口を半開きにしたアホ面を晒している高遠との距離を詰める。

 高遠は床に尻をつけたままナイフの切先を俺に向け、ズルズルと後退あとずさっていく。


「クソッ、クソがっ! 何でこんな……クソァ!」

「知性派キャラっぽいのに、随分と語彙ごいが貧弱だ」

「うるっせぇ! やってられっか、こんなの! どうして、こんなっ!」

「どうして被害者ぶってんだ……」


 雪枩の御守おもりで、必要性のない喧嘩に駆り出された挙句に怪我をさせられたんじゃ、キレ散らかして文句を言いたくなる気持ちもわからんでもない。

 ただ、キレるにしても文句を言うにしても、優先権は間違いなく俺にある。


「まぁ待てよ、薮上……とりあえず話を聞けって」

「やなこった」

「だから落ち着けって! これはマジで、聞いといた方がいいぞ」

「うるさい黙れ」

「お前の家族、姉貴に関することだっ!」


 姉の存在を持ち出され、思わず足が止まる。

 人質にしているなら、もっと早い段階で持ち出しているだろう――


「――のるぁ!」


 立ち上がれないフリをしていた高遠が、猛然と跳ねてナイフを突き出してくる。

 油断を作ってからの予想外の一撃、という組み立ては見事なものだ。


「だろうな」


 ただ、演技力が足りていない。

 目が死んでないし、武器を持つ手には力が入りすぎ、言葉はハッキリしている。

 そもそも、情報を引き出すなら行動不能にさせてからでも十分だ。

 中々のスピードが乗った刺突だが、来るのがわかっていれば問題ない。

 胸を反らして切先を避けると、右の手首に左の裏拳を叩き込む。


「んぐっ――」

「フッ!」


 ナイフを持った手を弾くと、高遠の上半身が大きく開く。

 そこで一歩踏み込んで、ガラ空きの顔面に右のヒジを衝突させる。

 骨と骨がぶつかるような感触に続いて、高遠が血涎ちよだれを撒き散らしながら吹き飛ぶ。

 踏み込んだ時、ガラスか陶器の破片を踏み潰す感触があった。


「靴のまま上がって、正解だったな……」


 そんなことを呟きながら、仰向けに倒れた高遠の脇腹に爪先を抉り込み、アバラを数本まとめてヘシ折った。

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