第48話 「もうお前が死ぬか、俺が死ぬかしかないぞ」

 向かって右が、金属バットを肩に担いだ茶髪パーマ。

 地味な顔と派手な髪形が、中々の勢いでミスマッチを発生させている。

 向かって左は、アイスピックを握っている中分けロン毛。

 何に似ているかと言われたら「ジャガイモ」と即答するルックスなので、コイツも壮絶なチグハグ感をまとっていた。


「まぁ、そうカタくなんな。痛ぇのは最初だけで、すぐにどうでもよくなる」


 手の中でアイスピックをクルクル回しながら、不細工ロン毛が言う。

 使い慣れているようだが、学生なのに武器を使って喧嘩するのに躊躇ちゅうちょがないのは、普段どういう生活をしているのか。


「ブハハハハッ! おめぇもすぐ、この家ん中と同じくらいっ――グチャグチャにしてやっからよぉ!」


 テンションがおかしくなっている地味パーマは、バットでアチコチを殴りながら向かってくる。

 床が殴られ、壁が殴られ、チェストの上に置いてあった物が吹き飛ぶ。

 小学生の頃に工作の授業で作り、母親にプレゼントした小物入れも砕け散った。

 この腐れパーマは、三途の川の手前くらいまでは行ってもらうこと決定だ。


「おい、刺されんのは、どこがいい……肩か? 腿か? あぁ⁉」


 このポテトヘッドは、一体何を言っているんだろうか。

 アイスピックや千枚通しで致命傷を与えるなら、狙うのは目か心臓。

 でなければ、口の中に突っ込んで描き回し、脳幹を壊す。

 僅かな困惑の後、コイツに人を殺す度胸はない、と判断する。

 手足を狙ってくるだけなら、対処は簡単だ。


「刺される前にっ、俺が麻酔してやんよっ、ガツンとなぁ!」


 ブンブンとバットを素振りし、パーマは汚らしく笑う。

 フォームからしてかつては野球少年だった気配があるが、まぁどうでもいい。

 数分もすれば、コイツはもう二度とバッターボックスに立てない体になる。

 この二人との戦端はそろそろ開かれそうだが、高遠たかとおと髭野郎は相変わらず動く気配がないし、雪枩ゆきまつもソファに踏ん反り返ってニヤニヤしている。


「何を考えてる……」


 ロン毛とパーマの動きを目で追いながら、口の中で呟く。

 どうにかさばけはするだろうが、五人を同時に相手するならば、かなり面倒なことになっただろう。

 いくら雪枩たちがアホでも、数の暴力の有効性はわかっているはず。

 なのに戦力を小出しにするのは、確実に俺を倒せる勝算があるのか、或いは――


「オラァッ!」


 大声を出して踏み込んできたロン毛が、アイスピックを猛然と突き出してくる。

 とはいえ、動きは直線的でスピードとしても大したことない。

 勢いと気迫は漂わせているが、そこらへんを全部ひっくるめてハリボテ。

 狙っているのは右肩の下、利き手を潰そうとする選択自体はそう悪くない。

 だがそれも、キッチリと刺せたらばの話だ。


「おっ、と」


 上体を反らして先端をかわし、手首を掴んで伸びきった腕を捻る。


「ぅあぐっ――」


 呻き声を発したロン毛は、軽々とアイスピックを手放した。

 肘と肩からミリミリ、ブチブチと不吉な音が鳴っているが、当然ながら締め付けは緩めない。

 

「んぉおおおおおぉおおおおおっ!」

「ふんっ」

「あああああああああああああっ!」


 苦し紛れに足をバタつかせ、コチラを蹴ろうとしてくるロン毛の左足の甲を、渾身こんしんの力を込めて踏み潰す。

 仲間の絶叫で我に返ったのか、ボサッと見ているだけだったパーマがコチラとの距離を一気に詰め、バットを大きく振り被った。


「放せっ、コルァ!」

「んびっ――」


 パーマの一撃は、ものの見事に脳天をカチ割った。

 俺――に腕を極められている、不細工ロン毛の脳天を。

 位置関係を考えたら、俺がコイツを盾にするのは間違いないだろうに、このパーマは何を考えているのか。

 いや、何も考えてないんだろうな、きっと。


「ヘイパスッ!」


 白目を剥いて鼻血を噴くロン毛の首とベルトを掴むと、パーマに向けて体全体を押し出してぶつける。


「ふぁ⁉ おっふうっ?」


 意識を飛ばしたロン毛を避けも受け止めもせず、バランスを崩したパーマは仰向けになって床に引っくり返った。

 何なんだコイツらは……まるで素人じゃないか。

 状況を把握できず、仲間に潰されてオタオタしているパーマの顔面に、体重を乗せた膝を落とす。


「ばっは――あっ、かっ」


 パーマの鼻と前歯を破壊してから、奴がドロップした金属バットを拾い、ロン毛の腰を狙って三連撃を叩き込む。

 気絶したままのロン毛からは反応がないが、二発目でまともに歩けないレベルのダメージを与えた手応はあった。

 そろそろ高遠あたりが動くだろう、とチラ見して様子を窺ったが、止めに入ってくる気配はない。


「どうした、ん?」

「えぶゅっ!」

「手下は見殺し、か?」

「あぅっ! ぅん……ぺぁぃ」


 疑問を投げるタイミングで、右手に持ったバットをパーマの顔面に振り下ろす。

 血涎ちよだれや歯の欠片かけらが飛び散り、地味顔に華々しい改造手術が施される。

 殴る度に反応が鈍くなっているが、雪枩たちの反応はもっと鈍い。

 というか、動かずに固まっているのだが、本当に何を考えているのか。


「おい、雑魚共はおネムの時間みたいだが、次はどいつだ?」

 

 もしや、コチラを足止めして狙撃するつもりじゃないだろうな。

 そんな疑念が脳裏のうりかすめたので、まずないだろうとは思いつつ窓から姿が見えない位置へと移動する。

 俺のそんな行動に対しても、三人は無言で見つめてくるばかりだ。

 まさかとは思うが、これはひょっとすると、ロクでもない展開が待っているのでは。

 それを確かめるために、俺は朱に染まったバットの先を雪枩に向ける。


「おい……ここまでやって、落とし所はどうするつもりなんだ。もうお前が死ぬか、俺が死ぬかしかないぞ」

「なっ、はっ……ハァ⁉ テメェの、だぁっ! テメェをブッ殺すに、決まってんだろうがっ、あぁ⁉ だよなぁ! そうだろ、オイっ!」


 雪枩が、左右に控えた髭野郎と高遠に問う。


「おう」

「まぁ……そうだな」


 髭はシッカリと頷き返したが、高遠は曖昧あいまいな表情と声音だ。

 高遠が御守おもり役だとすれば、雪枩が殺人や誘拐の実行犯になるなんてのは、絶対に避けたいハズ。

 なのに雪枩が暴走し、ノープランでウチまで突撃してしまった、というのが現状なのだろう。

 

 ウンザリしているが焦ってはいない高遠の様子からして、雪枩の派手なやらかしは以前にも何度かあったと思われる。

 なのに、ポリス沙汰になったとの噂がないのは、後始末をする連中がいるから。

 こいつらが余裕ぶっこいているのは、その増援が間もなく来るってことか。

 嫌な予感が的中していた場合、屋内で十人ぐらいを相手にすることになりそうだが――


「で? どうやってブッ殺すつもりなんだよ……こないだ俺にボロ負けして、泣きながらバックレた大輔だいすけ坊ちゃんは」

「うるっせぇ! 負けてねぇよクソがっ! コイツが止めてなきゃな、テメェはあの場で終わってんだよっ!」

「ぐっ――」


 相変わらず煽り耐性のない雪枩は、傍らの高遠の背中を殴りつつ反論してきた。

 わかりやすいバカ殿とのぶりに、ついついニヤついてしまいそうだ。

 唇を噛んで表情を引き締めると、情報を引き出すために話を続ける。


「どうせまた、馬鹿の一つ覚えで大量の仲間を呼ぶんだろ、坊ちゃん。おっと、馬鹿だから連絡する前に電話をブッ壊したか?」

「黙ってろボケが……もう呼んであんだよ。すぐに車で来っから、楽しみにしとけ」


 やはり、そういう段取りになっていたか。

 車ってことは雪枩の取り巻きじゃなくて、親父が送り込んでくる尻拭しりぬぐい要員だな。

 だとすると、むしろ交渉は通じなくもない気がする。

 では、交渉材料になってもらうために、雪枩はボコった後で拘束しておくか。


「フハッ、やっぱりタイマンもできねぇクソザコ弱虫ちゃんなのか」

「っ! んだとゴルァッ!」


 文字通り顔を真っ赤にして、コチラに向かって来ようとする雪枩。

 だが高遠がその肩を掴み、やや乱暴にソファに強制着席させた。

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