第47話 「ウチを心理的瑕疵物件にする気か」

 喫茶店の駐車場から、徒歩五分足らずの道を歩いて自宅へと向かう。

 通りすがりに、タクシーの中から家の様子を確認してみたら、庭に見覚えのあるトゲトゲな頭が姿が見えた。

 体育館裏へと連れて行かれた時、俺を囲んでいた中にいたヤツだ。

 この分だと、家の中にも入り込まれていると考えるべきだろう。


「いきなり放火してくるヤツと、どっちがマシかは知らんが……」


 どちらにせよ、平然と他人の家に侵入できる時点でどうかしている。

 放って置けば家の中を破壊して回るだろうから、早めに戻ってきたのは正しい判断――だったと思いたい。

 既に手遅れなくらい暴れ回っている可能性もあるが、その時はその時だ。

 様々なシミュレートをしながら自宅前へと戻り、壁に隠れて敷地内を観察。


 見張り役として外に出ているのは、おそらくウニ頭のみ。

 周囲を警戒するでもなく、くわえ煙草でウロウロしている。

 いかにも油断している風だが、コイツがおとりで罠がある可能性も捨てきれない。

 次の一手に少し迷った後、罠があっても強行突破する、と決めて行動を開始。

 まずはカバンの中身を取り出し、二度三度と振ってグリップを確かめた。


「ガーッ――プェッ」


 煙草を吸い過ぎているヤツに特有の、汚らしい痰切たんきりの音。

 背を向けて痰を吐き散らすウニ頭に、足音を消した走りでもって急迫。

 あと二歩のところでやっと気付いて、振り返ろうとするウニ頭。

 その右の脇腹に、手にした金槌ハンマーの釘抜きの方を打ち込んだ。


「ほっ、おっ――んぉ⁉」


 衝撃に遅れて痛みが来て、ウニ頭は表情筋を崩壊させる。

 釘抜きが作った傷をえぐってから、金槌を持った手を引く。

 どこをどの程度の力で殴れば死ぬか、は長年の経験で知っている。


 だから、どこをどの程度の力で殴っても死なないか、わかっている。

 叫び声の予備動作として、大きく息を吸うウニ頭。

 そのこめかみを、今度は金槌の打面でね飛ばした。


「ぉぶぃうぅぅうううぅううぅ……」


 絶叫を強制終了させられ、地面にすウニ頭。

 その口からは、奇妙に濁ったうめき声が長々と漏れる。

 金槌は一旦いったんベルトに挟み、ウニ頭の持っていた自転車かバイクのチェーンを拾っておく。

 使ったことはないが、一メートルぐらいのリーチは先制攻撃に役立ってくれるだろう。

 

「さて、と」


 小声で呟いてから、玄関のドアに張り付いて聞き耳を立てた。

 話し声や笑い声は聞こえるが、すぐ近くからではなさそうだ。

 侵入者は五人以上で、おそらくリビングに固まっている。

 鍵はかかっていない――静かに深呼吸して、ゆっくりとドアを開く。


 三和土たたきに靴が見当たらない、てことは全員が土足か。

 蹴りを使うことを考え、俺も靴のまま忍び足で歩を進める。

 そしてリビングからは死角になる、階段の上がり口に身を潜めた。

 気配がないので、二階をウロついてるヤツはいないようだ。


「ヒヒヒヒッ、なわけねぇだろボケがよぉ!」

「いやー、つってもアレだよ。あの女もその気だったって」

「しかし、待ってるだけってのもヒマだ……なっ!」


 馬鹿共のしょうもない会話の合間に「ガシャン」と何かが砕ける音が響く。

 どうやら、だいぶ好き勝手にやってくれてるらしい。

 煙草と酒と醤油と、その他に焦げ臭いニオイが漂ってきた。

 何をやらかしているのか気になるが、考えナシに突入するのは我慢して、どう仕掛けるかを検討する。


「どしたぁ?」

「ションベンだよ、うっせぇな」


 短いやり取りの後に、ドスドスと床が踏み鳴らされる。

 そして開け放したトイレから、勢いのある水音が聞こえてきた。

 とりあえず、もう一人減らしておくとするか――

 小走りでトイレの方へと移動し、鼻歌混じりに放尿している短髪デブを確認。

 殴るか締めるか二瞬ほど迷ってから、後者を選んで首にチェーンをかける。

  

「んぁ? ぷぃっ――」


 デブと背中合わせになり、重い体を背負うような恰好で首を締め上げる。


「かっ――のっ――」


 デブの足がジタバタと空中をく。

 残尿のしずくがビダビダと床に飛び散る。

 両足のもがきがしずまった直後、ビチッと音を立ててチェーンが切れた。

 崩れ落ちたデブは、便器のふちに顎を強打し、尿塗れの床に沈む。


「ふぅ、う……」


 溜息と呻きの混合物が、無意識に漏れ出す。

 小便デブが、散り際に大きな音を出しやがった。

 気付かれたかどうか、トイレから出て耳を澄ます。

 リビングから声が聞こえない――つまり、そういうことだ。

 切れたチェーンをポケットに突っ込み、アチラの出方を待つ。


「客を待たせんなよ……薮上荊斗やぶがみけいとクン」

「お前と違って賢いんで、来客と不審者の区別くらいはつく」

「いいから、サッサと来いってんだよ!」


 雪枩の呼び掛けに廊下から答えると、別の誰かのイキり声が響く。

 続いてガラスのフォトフレームが投げられ、壁に当たって弾けた。


 十年ほど前に撮った、何てことない家族写真。

 だけどもう、二度と撮ることのできない写真。


 これを簡単に壊せる連中に、手加減の必要はないな。

 大きめなガラスの破片を指先に挟み、リビングへと足を踏み入れる。


「やってくれたなぁ、クソボケ共……」


 予想はしていたが、リビングは惨憺さんたんたる有様だった。

 食器棚の中身は殆どが投げて壊され、包丁やフォークは壁に突き立っている。

 大型TVはブラウン管に複数の穴が開き、エアコンは床に叩き落とされていた。

 食卓は脚を二本折られて即席の滑り台と化し、庭に面した窓も割られ放題だ。

 ソースや醤油がアチコチにぶち撒けられ、煙草は床のカーペットで踏み消されている。


「ちょっとしたヒマ潰しだ……フハッ、そう怒んなよ」


 惨状の中、多少なりともまともな状態のソファに腰かけ、雪枩はグラスを傾ける。

 雪枩が飲んでいるのは、父親ののこした古いマッカラン。


『荊斗が二十歳になったら、一緒に飲もうな』


 記憶の彼方に消えかけていた、父親の言葉が脳裏に甦る。

 頭にブワッと血が上るが、ここでブチキレて五人を同時に相手するのはまずい、と理性がブレーキをかけた。

 何かあれば雪枩を守れる立ち位置に、高遠たかとおとガタイのいい口髭の男。

 この髭は初めて見る顔だが、他の二人には見覚えがある。


「ショボい家だから、内装に手を入れてやったぜ……ただ、酒の趣味だけは悪くねぇ。親父に礼を言っとけ」

「そいつは難しい……もう死んでるんでな」


 俺の返事に、雪枩はたのしげに相好そうごうを崩した。

 ムカつく雑言を吐きそうな気がしたので、先回りして封じておく。


「速攻あの世に送ってやるから、お前がちょくで感謝を伝えてこい」

「相変わらず調子こいてやがんなぁ……薮上ぃっ!」


 中身の残ったバカラのグラスが、俺の顔に向かって飛んだ。

 まぁまぁのコントロールだが、スピードが足りてない。

 俺はグラスを空中で掴んで、コトンと床に置いた。

 避けられるまではあっても、キャッチされるのは想定外だったか。

 雪枩も手下共も、普段よりアホっぽさを倍増した顔を晒している。


「もう酔っ払ってんのか、雪枩の坊ちゃん」

「ナメやがって……さらってく予定だったが、やっぱここで殺すしかねぇな」

「ウチを心理的瑕疵物件しんりてきかしぶっけんにする気か」

「チッ――おい、やっちまえ」


 言葉の意味が通じなかったのか、雪枩は舌打ちだけして指示を出す。

 高遠と髭のまとっている気配が、警戒や威嚇いかくから戦闘時のそれへと切り替わっていく。

 他の二人は、変わらず殺気や害意をタレ流したまま、得物えものを手に俺との距離を詰めてくる。


「まったく……芸のない連中だ」


 このリビングの惨状に、血の汚れが追加される予想にゲンナリしながら、俺はベルトに差した金槌へと手を伸ばした。

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