第43話 「次に見かけたら、もっと大事な箇所の骨を折る」
木曜の放課後、
とはいえ、校内でのふとした瞬間や、帰宅時の街中などで視線を感じ続けていたので、遠からず何かが起きるのは間違いない。
そして日曜の夕方、俺は黙々と自宅の敷地内であれこれ動き回っている。
「ガキの喧嘩に保護者が出てくるってのは、どうもな」
裏口周辺での作業を一段落させ、タオルで汗を
学校で監視していたのは雪枩の手下だろうが、学外では距離を置いて
本物の探偵か真似事かわからないが、距離の取り方や違和感の消し方は中々だったから、一応はプロと名乗っていい水準だ。
「あの坊ちゃんは、面倒な下調べをするガラでもない……となると指示してるのは、雪枩父か
コチラに仕掛ける前に、情報収集しておこうとの
攻撃前に敵を調べておくのは、
だからといって、素直に調べさせてもやる義理はない。
自宅がバレているのは仕方ないが、この週末は尾行の大部分を撒いてやった。
だから恐らく、俺の買い物内容なども
「まぁ……わかったところで、どうなるモンでもないが」
延々地味な作業を続けていると、どうにも独り言が多くなる。
最低限の仕込みは済ませたし、日も暮れてきたからこの辺で切り上げるとしよう。
家に戻り、腕立て・腹筋・スクワットでもう一汗追加してから、シャワーを浴びてリビングで
今日は――というか、金曜から姉がいないので俺一人だ。
金曜の夜、
まさか雪枩たちに
家から離れてくれるのは好都合だし、俺のことはいいから友達が安全になるまで付き合ってやれ、と返しておいた。
『友達や彼女を呼んでもいいけど、ハメを外さないでね』
そう言われて、つい「どっちもいないから安心してくれ」と言いかけたが、彼女はともかく友達がいないのは姉を不安にさせそうなので、苦笑いでスルーしておいた。
来週末には帰る、とも言っていたので、その間にコチラのトラブルを処理せねば。
友人の厄介事とやらの詳細がわからないのは気になるが、地元の権力者をバックにつけたヤンキー集団との抗争に巻き込むよりは安全だろう。
夕食はカップ麺で済ませるか――と湯を沸かしかけたが、ふと思い立って外に買いに出ることにした。
自転車は使わず、徒歩でコンビニの方へと向かう。
幾つかあるルートの中、今回は人通りの最も少ない道を選んだ。
家とコンビニの中間あたりの曲がり角の先には、何を作っているのか知らない小さな工場がある。
その前を通り過ぎる――フリをして入口付近に潜んでいると、不自然に足音の小さい、パーカーを着た男が歩いてきた。
ここ数日で、何度も聞いた音と目にした顔だ。
「はい、ストップ」
「おっ――ふぉっ――」
フードを引いて
その間にパーカーとペインターパンツのポケットを探り、小型のカメラ、マイクロカセットレコーダー、妙に重い煙草の箱、丸めた軍手などを地面にバラ撒く。
コイツは探偵、もしくは探偵役として俺を監視していた男だ。
年齢は服装の雰囲気よりも高そうで、三十前後といったところか。
「こんだけ色々持ってんのに、財布がないとか不自然だろ」
「なっ、何すんだ……いきなり、こんなっ」
「そういう小芝居はいらん」
フードを握る手を
だが、その声が小さいことで、自分の立場を半ばバラしているのが何とも。
「かか、金なら、ないって」
「嘘つくな。今回の仕事で、たっぷり貰ってんだろ」
「うっ……」
「もう
反論する隙を与えずにポンポン語ると、抵抗は無駄だと悟ったらしい男が肩の力を抜いて
そして俺の方へと向き直り、半笑いで両手を上げて降参ポーズを披露した。
「参ったな、こんな――いや、オレの負けだ。知ってることなら、何でも答える」
こんなガキに、と言いかけて
男の持ち物を拾い集めながら、ポイントを絞っての質問を開始する。
「名前と所属」
「ヤマシタシュウイチ……フリーで調査全般を請け負ってる」
無数にこなしてきた尋問の経験で、こういう状況での言葉の
名前は
「誰からの依頼だ」
「仲介人がいるんで、依頼者はわからん。仲介人とは手紙と電話でしか接触がないから、こちらも正体は知らん」
おっと、これも半端に嘘を吐いている気配だ。
おそらく、普段は謎の仲介人が間に入っているが、今回は雪枩から直接の依頼だったのだろう。
「依頼の内容は」
「オレの担当は、あんたの行動を監視して記録すること。詳しくは聞いてないが、他にも何人か雇われてるハズだ。ただ、そっちの依頼内容は知らん」
この情報は
より細かい情報も引き出せるだろうが、そうなると尋問ではなく拷問が必要になってくる。
「で、調査がバレた探偵さんは、これからどうする気だ?」
「そりゃなぁ……こうなったら、失敗だと先方に伝えて、仕事を降りるしかない。経費として預かった金も返さにゃならんから、タダ働き以下だぜ」
ウンザリした調子で愚痴をこぼす様は、いかにもそれっぽい。
しかし、大ボラだ。
この場でカメラやレコーダーを没収しても、情報は雪枩サイドに伝わるだろう。
それどころか、仕事から降りるつもりもないようだ。
ギャラが破格なのか、或いは断れない立場なのか。
「まぁ、どっちでもいいか」
「は? ――あふっ⁉」
丸まった軍手を、ヤマシタの口へと突っ込む。
それから右手の親指を掴んで、関節の可動域外へと折り畳んだ。
「ふんんんんんんんんんんんんんんぅ!」
「あんたはただ、仕事しただけなんだろうが……コチラとしては、どんな事情があろうと近寄って来る連中は叩き潰す必要がある……わかるだろ?」
顔を寄せながら訊くが、ヤマシタはデタラメに首を振りながら、言葉にならない音を
「なぁ、わからんのか」
「うもぉおおおおおぉおおおおおおっ!」
左手の親指もヘシ折ると、病んだ牛のような声を
ヤマシタのパンツにシミが広がり、アンモニアの臭いが漂い始める。
「次に見かけたら、もっと大事な箇所の骨を折る」
「おおおぉおごっ、おおおごっ、ぁおおおぉおぉ……」
「どう動くのが正解か、ちゃんと考えろよ探偵さん」
聞こえてるのかどうか怪しかったが、たぶん大丈夫だろう。
俺は小便臭い探偵を放置し、コンビニに向かうルートへと戻った。
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