第35話 「自分の形容に『美』をつけるな」
安全確認と警戒強化という当初の目的も果たせたし、そろそろ引き上げようか。
そんな風に考えながら雑然とした玄関を眺めていると、靴箱の上に置かれたフォトフレームが目に入る。
少し
アホっぽくダブルピースをする姉と、変なステッキを構えキメ顔を作っている妹。
このステッキは確か、子供向けの特撮番組として人気だった――
「ああ、『マジマジ大作戦』だったか」
「ん? あー、汐璃の持ってるオモチャね。懐かしいな……正確には『マジマジ大大大作戦』、略して『マジ
「大が多いな……」
雰囲気が抜本的に変わっていたせいか、まるで気付けなかった。
アレはかつて、
そんな榛井の代表作の一つが、魔法使いの戦いを描いた特撮ドラマ『マジ大』だ。
やけに予算を使っている雰囲気だったが、とことん
しかし、作中で敵の参謀役の天才少年・グンシを演じた榛井は、同年代の子役達とは明らかに別物の技量で、随分と話題になっていた。
「昔の写真、あんまジロジロ見ないでよ」
「五年くらいじゃ、殆ど変わらんだろ。俺の中でにあるサメ子のイメージは、今でも大体こんな感じだ」
「目の前の美少女と小学生が同じに見えるの、かなりヤバくない? それに、十五歳の五年って人生の十五分の五だよ」
「三分の一に約分しろ。あと、自分の形容に『美』をつけるな」
正直なところ、瑠佳のルックスは間違いなく美少女のカテゴリに入る。
でも、それを認めると調子に乗るだろうから言ってやらない。
不満げな視線をコチラに送った後、瑠佳は写真をヒョイと手に取って言う。
「そういや、ネネちゃん先輩が言ってたんだけど」
「誰だよ」
「中学の先輩で、高校でも先輩。映研の部長やってる。で、先輩が言うには一年四組の桐子……だっけかな。いるじゃん? 髪が長くて猫背で、全体的に何だか重い感じの」
「ああ、アイツがどうした」
「その桐子君が、榛井肖なんじゃないか、って言ってたんだよね。ホラ、『マジ大』に出てた、グンシ役の」
「消えた有名人が隣のクラスに、ってのはそれこそドラマみたいだが……件の先輩は、その説を広めてるのか」
「どうだろ……たぶん、身内だけの話じゃないかなぁ」
映画を作ってるだけあって観察眼が鋭いのか、或いは昔ファンだったのか。
何にせよ、桐子の過去については、気付くヤツは気付くようだ。
噂が広まってないのは、ネネちゃん先輩とやらに良識があるから、だろう。
榛井肖が芸能界から消えた原因には、確かロクでもないスキャンダルがあったハズだ。
「一時期は凄い人気だったのに、一瞬で消えちゃったよね」
「芸能界は基本的にやらかしに甘いのに、何故か滅茶苦茶にバッシングされるパターンが時々あるな」
「あー、榛井肖はそんなだったかも。でも、飲酒喫煙の写真が出回って、人気アイドルとか大物芸人とかを毒舌批判、生放送での失言暴言連発もあって、トドメに大作映画の撮影からバックレ、なんてのを次々にやらかしてたら、もうね」
「自殺行為のオンパレードだな」
言われてみると、そんな内容だった気もするけど、だいぶ
瑠佳には数年前の出来事なんで、まだ記憶に新しいようだが。
今の桐子からは想像できないハジケぶりだが、一体何があったのだろうか。
中学に上がる前後は思春期ド真ん中だし、情緒不安定になるのもわかる。
しかし、幼児からプロの役者を続けていたヤツが、ここまで一気に崩れるのも不自然に思える。
子役が成長と共に
いや、ドリュー・バリモアやマコーレー・カルキンの例もあるし、実は子役にはありがちなのかもしれない。
そんな結論に至っていると、瑠佳が写真を靴箱の上に戻しながら言う。
「もし桐子君が榛井肖でも、あんま触れられたくない過去かもだから、スルーしておくのがいいのかな」
「ああ……でもアレだな。今の桐子、ガラの悪い連中とつるんでる雰囲気なんだが、そいつらは知ってんのかね、過去の諸々を」
「あ、それちょっと気になってた。ひょっとすると、昔の貯金とかカツアゲされてんじゃないの、って思ったけど……あのグループの番長的な、三年のヒト」
「
「そうそう、その雪枩先輩、かなりのお金持ちなんだよね」
瑠佳の言葉に、桐子との会話で心に積もった
金があるのに
単純なカネ目当てよりも、段違いに不愉快な
「じゃあアレか、あの連中は桐子をイジメるために、いつも一緒にいんのか」
「どうなんだろ……桐子君があんま楽しそうじゃないのは勿論だけど、他の人たちもそこまで桐子君をイジメてる感じもない、かな。遠目に見ただけの印象だけど」
「よくわからん関係だな……雪枩の家が金持ちってのは、どこ情報だ?」
訊くと、瑠佳は不思議そうな顔で答える。
「有名だけど、知らないの? あの一族は昔からこの辺の大地主で、いくつも会社を経営してる。政治家とのコネも凄い、みたいな噂もあるね」
「地元の有力者ってヤツか。そこの息子がゴリゴリに素行不良ってのも、わかりやすいというか何というか」
「長男じゃないから、色々と甘やかされてんじゃない?」
「なるほど、ねぇ……」
情報量が増えるほどに、桐子を取り巻く環境がわからなくなっていく。
有名人が学校でイジメに遭っていた、といった話は幾つか知っている。
だが、榛井肖の稼ぎがあるなら、治安のいい私立に行くのも余裕だろう。
家族に浪費家がいて貯金を食い潰した、とかそういう可能性もなくはない。
だとしても、今よりマシな日常を送る手段は無数にあるのに、何故にドギツい環境を受け入れているのか……謎は深まるばかりだ。
「入学してまだ一ヶ月なのに、あそこまでターゲットにされてるのも不思議なんだよな。中学からの関係が続いてんのか」
「うーん……でも桐子君は多分、地元がこの辺じゃない気がするんだよね。それか、仕事が忙しくて学校に通ってなかったか」
「昔の売れ方からすると、そういうのもありそうだ。今も現役だったら、芸能人ばっかりの学校とか、行ってたかもな」
この時代でも、芸能活動を支援してくれる高校はいくつかあったハズだ。
「そうだね。本人に色々と確かめてみたいけど、学校だとヤンキー連中がいつも一緒だから無理かなぁ。クラスでも浮いてるみたいで、何か大変そう」
「まぁ、俺らが心配してもしょうがないか……それよりも、警戒心ゼロなサメ子の方が心配だ」
「だから、次からは気を付けるってば! 知らん相手には無言で発砲する勢いで!」
「客あしらいがアメリカンスタイルすぎるだろ……」
本人との短いやりとりだけでも、桐子は良くない状況だと想像できた。
しかし学校生活の様子を聞けば、想像以上にマズそうな気配が漂っている。
できれば何とか改善してやりたいのだが、どうアプローチしたものか。
不意に増えてしまった悩み事を抱えつつ、話を切り上げて団地を後にした。
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