第36話 「いかにもな見張り役、だな」

 五連休が終了し、久しぶりの登校となった。

 この平晟へいせいでは、平成より早く学校の完全週休二日が実施されているので、木・金と学校に行けばまた連休になる。

 それはそうと、個人的な感覚では半世紀ぶりの登校のせいか、何かにつけて違和感が凄まじい。

 学校への道順すら曖昧あいまいなんで、この分だと勉強の方もかなり忘れてそうだ。


「おー、ヤブ。お疲れー」

「んぁ? ああ、おはようさん」


 校門の近くで大柄の生徒を追い抜いたら、背後から声をかけられた。

 身長は俺より二十センチ以上高く、体重はザッと百キロ級だろうか。

 あまりきたえている雰囲気はないが、上背うわぜいがあるのでデブとも違う。

 朝っぽさゼロの挨拶あいさつはさて措いて、このフランクさからすると友人かクラスメイトか、それなりに親しい関係なのだろう。

 しかし残念ながら、コイツが誰だったかまったく思い出せない。


「連休、どんな感じよー」

「どんなってまぁ、サイパンに……」

「おっほー、マジか!」

「行きてぇな、って思ってる内に終了した」

「だー……どうりで焼けてねー」


 ドスドスと、遠慮えんりょなしに肩にパンチを入れてくる。

 そんなに痛みはないが、何せデカいので鬱陶うっとうしさを感じる程度には響く。

 昔はこういう粗雑で粗暴なコミュニケーションが当たり前だったな、と思いつつ強めのデコピンで反撃して連打を停止させた。


「あだっ――」

「そっちはどうだった。このゴールデンな五日間の過ごし方は」

「まー、あれだ。いつも通りとしか言いようがねー」

「ああ、そのへんの畑から盗んだ野菜で糠漬かすづけを作り続けてたのか」

「いや、そんなんしたことねー⁉ ヤブん中で俺の評価どうなってんのー?」

「えぇと……七点くらいかな」

「おーい、それは十点満点だよな? なー?」


 そんなやり取りをしつつ昇降口へと向かい、スニーカーを上履きと交換する。

 下駄箱に貼られた名札で、この大男が奥戸おくとという名だと知った。

 他にも知人らしいのが二人合流し、四人で無駄話をしながら教室へと向かう。

 こいつらは中学時代から奥戸と知り合いらしいが、クラスは違うようだ。

 他の二人が奥戸を「オク」と呼ぶので、俺もそう呼んでおけば問題ないか。


 教科書やら筆箱やらを取り出して机の中に詰め、軽くなった通学鞄を机の脇にあるフックに掛ける。

 そこで、席が斜め前らしい奥戸がコチラを見据えているのに気が付いた。

 その表情からは、俺を怪しんでいる気配がバチバチに伝わってくる。

 俺の中身の変化を察知されたか、と思いつつ質問を投げて様子をうかがう。


「なぁに見てんだコルァ!」

「チンピラかー? いや、ヤブが何つーか……色々とな、変わってねーかって」

「そう感じるのは、ホラ……アレだ。男子三日会わざれば刮目かつもくして見よ、って言うだろ」

「あー、そんなことわざがあった、ような」

「三日でも人は変わるから、五日も会わなかったらそれはもう、性別から変わってる可能性もあるってことだ」

「変わり方ハデすぎねーか⁉ ……ま、いいんだけどさー」


 いいんだけど、と言いつつもわだかまりを残している感じだ。

 これはサッサと解消しておかないと、厄介事のタネになるかもしれない。


「で、変わったってどこがどうだよ、オク」

「それだ、それー」

「だから、どれだっつうの。禅問答ぜんもんどうかな?」

「全然そういうノリじゃなかったろ、お前ー。妙に壁があるっていうか、距離があるっていうか……オクでいいっつーのに、奥戸ってフルアーマーで呼ぶしよー」

「アーマーどっから出てきた? つうか一文字しか略せてねぇし、そこは別にどうでもよくないか」

「いやー、アダ名は大事だろー。大事だよなー?」


 奥戸からの問い掛けに、周囲のクラスメイトが「まぁ……」とか「そうね……」とか言いながら曖昧あいまいに同意する。

 掘り下げられても変な空気が悪化しそうだし、ここは相手に合わせておこう。


「だから、その辺を全部ひっくるめて反省したから、連休明けでさりげなく、距離を詰めようとしたんだよ……察しろ」

「あー、いやー、そっか……済まねー」


 周囲の生温なまぬるい視線が俺に集中し、ちょっとばかりたまれない雰囲気だ。

 いつの間にか登校していた瑠佳るかが、半笑いなのもちょっとムカつく。

 瑠佳を軽くにらんでいると、奥戸が笑いながら俺の背中をバチバチと叩いてくる。

 本人は冗談半分でも、相手によっては本気の泣きが入るレベルの衝撃だ。


「痛ぇんだって、おりゃ」

「んぶっ――」


 いい加減ダルいので、喉元のどもと貫手ぬきてを突き入れる、いわゆる地獄突きで奥戸を止めた。

 本気で突くと大事故になるので、かなり手加減した寸止めに近い一撃だ。

 奥戸は喉を押さえ、俺の机に突っ伏しながらゲホゲホとむせる。


「ぼはっ、ぐぇほ、ぼふぉ、んぐっ……ぁふー、キツいぜー」

「お前の攻撃の方がよっぽどキツいわ。あんま人にやんなよ、そういうの」

「いやー……ヤブならいいだろー?」

「よくねぇよ。次は三割増しで食らわす」


 俺と奥戸のジャレ合いに、周りは少しホッとした様子で笑っている。

 デカくて動きも荒っぽい奥戸は、クラスで浮きつつあったのだろう。

 で、俺が奥戸専用いじられ役みたいな危うい立場になりかけていたのが、このやりとりでリセットされた、という流れを作ることができた。

 ぶっちゃけ適当に対応しただけだが、とりあえずは結果オーライだ。


 そんなドタバタをやっている内に担任がやってきて、短いHR《ホームルーム》と出欠確認が行われる。

 何とも懐かしい光景だな、とノスタルジーに浸る一方で、名前を呼ばれて普通に返事をする瑠佳の声に、柄にもなく感動を覚えたりもした。

 そして授業が始まるが、以前に習った内容の大部分は忘却ぼうきゃくの彼方に消えていて、登校時の懸念けねんは的中する。


「どうしたモンかな、これ……」

 

 四時間目の終わるチャイムを聞きながら、天を仰いで嘆きの声を漏らす。

 昔の自分は優等生ではなかったが、かといって劣等生でもなかったハズだ。

 なのに半世紀という年月の長さが、俺の脳をまったく勉学向きではない構造にカスタマイズしてしまっている。

 仕事で必要だったのもあり、英語と体育については一回目よりもマシだろう。

 だがそれ以外の教科は、我ながら愕然がくぜんとするポンコツ具合になり果てていた。


「おーい、ヤブ。メシ食おうぜー」

「今日は何も持ってきてないから、パンでも買ってくる」

「はいよー」


 大ボリュームの弁当を提げた奥戸を残し、俺は二つ下の階にある購買へと向かう。

 給食はないので、昼飯は持参するか購買で入手するかの二択だ。

 いつもはコンビニで何か買っていたが、そんな日常もすっかり忘れていた。

 菓子パンやら総菜そうざいパンやらを食うのも何年かぶりだな、と思いながら歩いていると、視界のすみに違和感が引っ掛かる。


「いかにもな見張り役、だな」


 小声で呟き、人通りの少ない場所にあるトイレの前に佇む、二人の様子を窺う。

 わかりやすく校則を無視した制服の着崩きくずしと髪型で、自分らのヤンチャぶりをアピールしている男たち。

 上履きの色からすると、どちらも二年生のようだ。


 一人は坊主頭に稲妻のようなラインが入っていて、気怠けだるく壁に寄り掛かっている。

 もう一人は長めの茶髪で、無遠慮ぶえんりょな視線をコチラにねっとりと向けていた。

 トイレの中からは、よく聞き取れないが酷く興奮している感じの怒鳴り声が。


「――――だって――――だろぉ! ――キリコぉ⁉」


 明らかな面倒ごとだし、素通りするつもりだったのに。

 思いがけず、そうもいかない名前が聞こえてしまった。

 ここの購買って、遅めに行ってもパン残ってたっけな、と考えつつ俺はトイレの方に足を向ける。

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