第33話 「俺の視界に入った時点で、もう無関係じゃないから」

「えーと……僕は隣のクラス、四組の桐子……桐子晶きりこあきら

「キリコね。いや、何となく見覚えあるなって程度なんだけど、ちょっと追い込まれてる雰囲気だったから」

「うん……ありがとう、普通に助かった」


 ぎこちなく笑って言う桐子は、さっきよりだいぶ取っ付きやすい印象がある。

 話し方もだが、もっと意外性があったのは 長髪の下にある容貌の整い方。

 モサモサな髪で半ば以上が隠された桐子の顔は、二度見するほど整っていた。

 小綺麗にして背筋を伸ばして明るいキャラでも作れば、中性的な美少年として校内有数の人気者間違いナシのポテンシャルだ。

 だが、いきなり顔の良さを褒めるのもどうかと思うので、別の切り口を探す。

 

「それで、これ買ってくるように言ったの、本当は誰なんだ?」

「いや、それは……」

「自分用にしちゃ、煙草やビールの銘柄めいがらがバラバラすぎる。ワイルドターキー十二年も、高校生がたわむれに飲むには高すぎる」

「そもそも未成年はダメなんじゃ……」

「わかってるなら、どうして買った」


 質問と詰問きつもんの中間くらいの調子で訊けば、桐子はうつむき加減に目をらす。

 その表情から伝わってくるのは、困惑や不安ではなく「逡巡しゅんじゅん」だった。

 俺に話してしまうべきかどうか、まだ迷っている雰囲気だ。

 学校で見かける桐子は、不良ぶった上級生グループに雑用係して使われ、居心地悪そうにしている印象しかない。

 となるとコレも、そいつらに買ってくるよう命令された、ってあたりか。


「カバンを用意せず、袋のままなのも不自然だ……そうしろ、と命令されたか」


 俺の言葉に、桐子は思わず反応した感じに顔をハネ上げ、すぐにまた俯く。

 もしかすると、警官と遭遇するのも盛り込んだ、罰ゲーム的な行為なのか。

 パシらされた挙句に自腹を切らさせられているのも、想像に難くない。

 桐子の態度からは、そういう自分の立場を恥じているのではなく、自分の問題に俺を巻き込むのを避けたがっているような、そういう配慮が窺えた。


「や、薮上やぶがみ君には……関係、ないから」

「そうは言うけどな、俺の視界に入った時点で、もう無関係じゃないから」

「そんな、無茶苦茶な」

「お前が普段つるんでる連中にしても、どう考えても一緒にいて得がないだろ。ワザワザ不幸になりに行ってるみたいで見ててキツい、ってのが正直なとこだ」


 桐子は反論か否定をしたそうな気配だったが、その途中で小さくかぶりを振って口を閉ざした。

 どんな理屈を繰り出そうとも、俺が片っ端から蹴散らすつもりだというのが、態度から伝わったのかもしれない。


「あー……まぁ、いいや。本気で急いでるなら、二人乗りで送ってくけど」

「それは助かる、けど……早く戻りすぎても、それはそれで文句言われるから」

「面倒臭ぇな! つっても、はなからイヤガラセでやってんなら、どんな理不尽な難癖なんくせでもつけてくるか」

「はは……そうだね、そういうこと」


 力なく笑う桐子からは、色々なものを諦めている気配が漂う。

 この時代のイジメのえげつなさや、ヤンキー連中の幅の利かせ方に、異常なものがあったのは確かだ。

 それにしても、桐子の置かれた状況は少しばかり特殊ではなかろうか。

 腕力で勝てなくても、逆らえない事情があっても、逃げることはできる。


「だったら、荷物をカゴに載せるくらいはいいだろ」

「それも助かる、けど……僕に付き合ってくれなくても」

「重すぎて、指先が真っ白になってるじゃねえか。無理すんなよ」

「……うん、ごめん。じゃあ、お願いできるかな」


 結構な量の酒が詰まったビニール袋が、桐子から手渡される。

 受け取ってみると、現在の筋力では長時間持つのは厳しい重さだった。

 俺より華奢きゃしゃな桐子では、この荷物を運ぶのは拷問に等しいだろう。 


「さて、行くか……って、どこに行くんだ?」

「とりあえず、この先の踏切を渡って、しばらく直進」


 疲れた様子がないと、やっぱり文句を言われるというので、桐子は小走りだ。

 それに合わせたスピードでゆっくり自転車をぎながら、世間話がてら桐子の状況についての探りを入れてみる。


「あいつら、どこに溜まってんだ? お前ん家か」

「特に決まっては、ないけど……皆が、騒ぎたい時は、大体が、雪枩ゆきまつ先輩の、とこかな」

「コレはその、ユキマツってヤツの家に届けるのか」

「そう、なんだ。持たされてる、ポケベルに、連絡来て。折り返し、電話かけたら……酒と煙草、買ってこいって」


 パシリのためにポケベルを持たされてる、ってのも中々に難儀な話だ。

 連休中に呼ばれてシッカリ対応してるってことは、遠出することも不可能なんじゃなかろうか。

 そこまで便利に使い倒されて、そんな環境を受け入れている理由は何だ。

 訊くにしても、どう斬り込んだものかな、と考えていると桐子が話を振ってくる。


「この連休、薮上君は、何してたの」

「イベントらしいイベントもなく、ずっと図書館通い」

「毎日は、凄いね……中間テスト、対策?」

「そんなこともないけど、ちょっと調べものがあってな」


 それっぽい嘘も思い付かなかったので、実際の行動を告げておく。

 読書は苦にならないたちだが、ひたすらに情報を詰め込むような読み方は辛い。

 新聞の縮刷版を延々チェックするよりも、テスト勉強の方が三十倍くらいラクだ。


「今日も、図書館の帰り、なのかな」

「いや、今日はホームセンターで、防犯用品とかの買い物」

「防犯……カメラとか、警報とか?」

「そうそう、そういうのが欲しかったんだけど、置いてなくてさ。しょうがないから、踏むとデカい音が鳴る砂利、トンで注文してきた」

「いや、多すぎる、でしょ」


 やっと苦笑や作り笑いではない、桐子の素の笑顔が見られた気がする。

 ただ、その笑いは半秒ほどで消えてしまう。

 桐子は小走りを続けながら、真剣な目で足元をにらんでいるようだ。

 どうかしたのかよ、と声をかけようとしたのだが、その前に俺の方へと向き直りながら訊いてきた。


「薮上君……セキュリティ、気にしてるのは、具体的な、理由が?」

「んー、特に何があったってのもないけど、ウチに姉さんが一人でいることも多いから、念のためだな」

「予算は、どのくらい?」

「常識的な範囲なら、まぁ」


 俺が曖昧な返事をすると、桐子が不意に立ち止まった。

 何事かとブレーキをかけると、桐子はポケットから財布を取り出す。

 そして、中に入っていたカードを一枚抜くと、俺の方へ差し出してくる。

 名刺サイズのそれは、ショップカードと呼ばれるもの、のようだ。

 受け取ってみれば、中央に店名らしい『御護屋GOGOYA』の文字が記され、千代田区外神田の住所と電話番号が載っている。

 

「この住所だと、秋葉原か」

「そう。アキバの駅近くの、ゴチャゴチャした、裏通りの奥にある、防犯グッズとか、護身用アイテムとかの、専門店。店は狭いけど、品揃えはいいはず、だよ」

「おまもりや、じゃなくゴゴヤね……あのヤンキー連中が、警棒でも買ったのか」


 少し意地悪く訊いてみるが、息切れした桐子は素のテンションで返してくる。


「いや、昔からの、友達が、色々と。何軒も、見て回ったけど、値段は、ここが一番、良心的、だったかな。接客態度は、ちょっと……だけど」

「へぇ。専門店、ってのは興味あるんで、今度行ってみるわ。ありがとな」

「いやぁ、思ってたのと、違う感じ、だったら、ゴメンね」


 カードを財布の中に入れると、桐子は照れ笑いを返してくる。

 店の情報も有難いが、桐子にまともな友人もいそうなのは、何だかホッとする情報だ。

 そして雪枩の家が近づいてくるまで、桐子の見てきた御護屋のギリギリな商品についての話で軽く盛り上がった。


 ジャケットのボタンに擬態ぎたいした小型カメラ。

 ぬいぐるみに内蔵されたICレコーダー。

 コードレス電話の通話を傍受ぼうじゅする受信機。

 電圧は低いけど威力は非人道的なスタンガン。

 至近距離で噴射されたら即入院の催涙ガス。


「防犯って言いながら、どれもこれも何らかの法に触れてないか」

「たぶん、そこらへんは、上手く、躱してるか、誤魔化してるか……っと、そろそろ、着くね」

「ん、そうか。ホラ、これ」


 カゴから袋を持ち上げて渡すと、桐子は重たそうにげる。


「ふぅ。今日は色々と助かったよ、薮上君」

「大きなお世話かもしれんが、その……雪枩とか、ああいう連中には深入りしない方が、いいんじゃねえかな」

「そう、なんだけどね……何ていうか、まぁ、うん」


 面倒で特殊な、個人的事情が透けて見える、濃厚極まりない憂鬱なかげり。

 桐子が俺に向ける表情は、あの日に見た瑠佳と、イヤになる程よく似ていた。


「じゃあ……僕は行くから」

「おう。また、な」


 荷物の重さでかたむいた桐子の背中が遠ざかるのを、俺は何とも言えないモヤつきを抱えながら見送った。

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