第32話 「ガチのアル中、略してガル中なんで」

 家を出て自転車を走らせた俺は、第一の目的地である駅近くの大型ホームセンターへと向かう。

 売り場を一通り見て回ったが、世間の防犯意識がまだまだ低いのか、監視カメラは取り扱っていないらしい。

 セキュリティ向上をうたうフェンスやシャッターなども、性能的にイマイチ本気度が足りてない印象だ。


 店員にあれこれ訊いてみても、どうにも頼りない返答しか戻ってこない。

 明らかに学生な自分を冷やかしと判断し、塩対応をしている可能性もある。

 だが、そもそも商品のスペックを理解してない疑惑も濃厚だ。

 店員から情報を引き出すのは諦め、どんな商品があるかをチェックするのを主目的に切り替えた。

 ガーデニング用品を見ていると、ヒマそうな女性店員が話しかけてくる。


「本日は、どういったものをお探しですか?」

「えぇと、庭とか玄関回りとかの屋外に設置するタイプで、人が近づくと自動で点灯するような、そんなライトありますか」

「製品としてはある、のですけど当店では扱ってませんね……」

「そうですかー。種類とか、値段とか、どんなモンでしょう」


 売上につながらないのに、三十過ぎくらいの店員は色々と解説してくれた。

 電源をコンセントからとるか、電池を使うかによって設置の難しさが変わるとか、本体価格や設置工事費用の目安とか、そういったことをスラスラと教えてくれる。

 レクチャーは助かったが、この時代の電化製品はだいぶ頼りない性能だと再認識させられるばかりだ。


 LEDを使ったソーラー給電式で、買って設置すれば即座に使える――そんなイメージからはけ離れた面倒臭さと判明し、ちょっと気が重い。

 もしかすると、白色のLEDもまだ開発されてない頃なのか。

 まぁ、照明については後回しでいいか、と保留しておく。


「――といった感じですね。防犯用や、夜間の危険防止用にもオススメです」

「なるほど……ありがとうございます。防犯といえば、上を歩くと大きな音が出るような砂利じゃりとか、売ってますか」

「ございます! それですと、こちらになりますね、ハイ」


 裏の家とウチの境界は壁が低く、中途半端な隙間が存在していて、屋内からだと死角になる箇所が多い。

 自分が侵入者ならここを狙う、と断言できる明らかな弱点なので、ここに防犯対策をしておきたいのだ。

 店員はまた、材質による効果の違いや価格の差、設置する前の注意などを丁寧に説明してくれた。

 それぞれのメリットだけでなく、デメリットも告げてくるのは好感度高い。


 価格は高いのか安いのかよくわからないが、貞包の事務所から回収してきた金があるので、予算は心配する必要がない。

 元の千二百万から、村雨姉妹に四百万、クソ親父に百万、燃やしたのが二百万で、残りの五百万と金のアクセは、ファイトマネーとして俺が頂いている。

 広さをザッと計算して必要な量を弾き出してみたら、自転車で持ち帰るのが無理な重さになってしまったので、自宅への配達を頼んでおいた。


 ついでに、手頃な長さのバールのようなもの、絶妙な重さのモンキーレンチ、投擲とうてきにも使えそうな手斧などの工具凶器も購入し、砂利と一緒に届けて貰うことに。

 監視カメラや防犯ライトはどこで買えそうかな、と考えながら店を出て自転車を走らせていると、二人組の警官が職務質問をしている光景が目に入った。

 何だか素通りできなくて、ペダルをぐ速度を落として状況を観察する。


「キミィ、どう見ても未成年なのに、これは拙いなぁ」

「いや、あのぅ……これは、僕のじゃ……」

「ああ? ちょっと交番まで来て、話を聞かせてもらうよ」

「あの、でも……急いで、急いでるんで」

「うんうん、すぐ終わるから、な。ちゃんと話してくれれば、すぐだ」


 中年と若手の警官コンビが、モサッとした長髪の少年を挟んで、高圧的にやいのやいの言っている。

 横にデカい中年と縦にデカい若手に詰め寄られ、全体的に細い少年は委縮いしゅくしているようだ。

 その表情には怯えの色が滲んでいたが、それは目の前の警官たちではなく、何か違うものに向いている気がした。


 少年が提げたビニール袋からは、ウィスキーやビールや煙草が透けている。

 禁制品を買うならもっと頭を使って隠せ、と説教したくなる無防備ノーガードぶり。

 連休でテンションの上がった中高生が、最後の最後でやらかしたんだろうか。

 苦笑しながら通り過ぎようとしたが、どうも見覚えがある――

 たぶんコイツは、神楠こうなん高校の別クラスの同級生だ。

 見殺しにするのも後味悪いし、フォローに入ってやるとしよう。


「おいおい、また親父さんの酒、買いに行かされてんの」

「えっ? あっ、はい?」

「いくら休みでもさぁ、昼から飲んでんのはヤバいよなぁ、まったく」

「なっ、何だね、キミィ? この子の知り合いかぁ?」


 唐突に割って入った俺に、中年の警官がいぶかしげに訊いてくる。

 若い方は何も言わないけれど、コチラに濃いめのマイナス感情を向けてきた。

 恐らく、弱者をいたぶる「お楽しみ」を邪魔されたのが不愉快なのだろう。

 正義の味方の適性はないが、警察官にはおあつらえ向きな性格の悪さだ。


「いやぁオマワリさん、コイツの親父はマジでヤバくて、近所じゃ有名なんですよ。仕事中と睡眠中以外はずっと飲んでるガチのアル中、略してガル中なんで。な?」

「そっ、そう……そんな、感じ」


 話を振ると、モサモサな同級生はちゃんと合わせてきた。

 極端にオドオドしているが、頭は普通に回っているようだ。


「しかしだな、未成年者の酒や煙草の購入は――」

「親に頼まれたなら、おつかいでセーフでしょ。それに、コイツの親父は酒が切れると、凄い勢いでブチキレるんですよ。暴力とかはないけど、とにかく物を壊す。だよな?」

「あ、うん……先週、自転車を壊されたから、今日は歩きで……」

「有名なんですよ、ホント。どうにかなりませんか、オマワリさん」


 話の流れで当事者の枠組みに入れられた警官たちは、明らかに困惑している。

 中年は戸惑っている雰囲気だが、若いのは明らかに迷惑そうだ。

 一応は警官らしい仕事をする気なのか、中年は困り顔のままで言う。


「身体的な暴力があれば、介入できるんだが……」

「今のところ、殴られたり蹴られたりは、ないんだよな?」

「それは、大丈夫……」

「でも、酒がないとすげぇ荒れるんで。TVとか炊飯器とか、平気で壊すんで」

 

 俺が言うと、モサ同級生はコクコクと首を縦に振る。

 若い警官が、中年の方に何事かを耳打ちした。

 声は聞こえないが唇は読める――「面倒ですし、行かせましょう」だ。

 意識の低いヤツは、こういうところで素直だから助かる。

 囁きに頷き返した中年ポリスは、犬を追い払うような手付きで大声を出す。


「わかった、わかった! もう行っていいが、今後は気を付けるように!」

「はーい、ご苦労様でーす」


 わざとらしい笑顔を作り、俺は警官二人に頭を下げる。

 数秒で頭を上げると、ポカンとしている同級生の肩を叩きながら訊いた。


「いやぁ、お疲れさん……で、誰だっけ? 俺は三組の薮上やぶがみだけど」

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