第27話 「今日から何もかもが始まる」
赤信号を自然体で無視しようとする、通りがかった白バイに必要以上にビビる、など運転手の問題はあったが、ハイエースはどうにか事故らずに駅周辺まで戻ってきた。
ビルに向かうパトカー集団とすれ違うのを予想していたが、それがなかったのはまだ通報されていないのか、もしくはあっても本気にされていないのか。
ダメ押しで通報するべきか考えていると、運転席の
「どうします?
「いや、駅前のロータリー……じゃなくて、あそこでいい」
俺や
駅前で降りると、学校の連中に目撃される危険がある。
そんなワケで、駅まで徒歩五分程度の場所にある、コンビニの駐車場を指定した。
「じゃあ、えーと……お疲れ様、でした?」
降りようとする俺たちに、嶋谷は少し迷った末にトンチキな挨拶をしてくる。
どうにも頼りない感じなので、瑠佳と
「いいか、なるべく早くココを離れろ。モタモタしてると、終わるぞ」
「うゎ、わかってる……二年、ですね」
「ああ。可能なら、今日中にバックレた方がいい」
「どっ、努力しもっ、します……」
プレッシャーに負けつつあるのか、舌を
色々とダメそうな予感もあるが、これ以上の世話は焼いてられない。
走り去るハイエースを見送っていると、小さい手で背中をパシパシと叩かれた。
振り返れば、汐璃がフニャッと崩れた笑顔を向けてくる。
「ありがとね、けぇちゃんにぃちゃん」
「おう……前も思ってたけど、呼びづらくないのか、それ」
「じゃあ、略して『ちゃんちゃん』で」
「俺の要素が一ミリも残ってないが?」
「だったら、『けぇにぃ』でもいいよ」
「何でちょっと
そんな会話をしていると、瑠佳もやっぱり小さい――とはいえ、妹よりは二回りぐらいは大きな手で、俺の背中をパタパタ叩いてくる。
「ホントに助かったよ、ケイちゃん……もう、本当に……本当に今日で何もかもが終わりになるって、覚悟してたんだけど」
「でも、そうはならなかった。だから、今日から何もかもが始まる、くらいに切り替えていくべきだな」
「そうだね……それがいい、かもね。今日から全部、やりなおしかぁ」
「新装開店だよ、お姉ちゃん」
「じゃあ、俺からの新装開店のお祝いだ」
汐璃の発言に乗っかると、瑠佳が不思議そうに小首を
俺はあのビルから持ち出したバッグを漁り、百万の束を二つ掴んで差し出す。
瑠佳はその金を見て、俺の顔を見て、また金を見てから
「んんんんんん? いや、あの……これは?」
「金庫にあったやつの燃え残りだ。どうせ犯罪で稼いだ金だろうし、被害者に返還されることもないから、有効活用した方がいい」
「だけど、私がこれを受け取る理由が……」
「ある。今回の騒動はサメ子のクソ親父が原因だし、どうせ養育費なんてビタ一文払ってないだろ。だから、そこらへんもコミコミで貰っとけ」
「うーん……でも、そんなの……」
瑠佳がまだ迷う素振りを見せていると、汐璃が呆れ気味に割って入る。
「けぇにぃ、あたしも貰う権利があるっぽいから、代わりに貰う」
「ん……そっちにも渡すつもりだったから、まとめて受け取れ」
もう二つ足して、かなり分厚くなった札束を汐璃に手渡した。
汐璃は姉のカバンを素早く開けると、有無を言わせずその金を突っ込んだ。
「ちょっ――汐璃っ!」
「こんな道端で大金出してるの、人に見られたらマズいじゃん」
「それは……そう、だろうけど」
「さっきも言ったが、アホ親父からの遅すぎる養育費として貰っとけ。そのカネがなくて大変だったのは、もう一人いるだろ」
コチラの言葉に、瑠佳は「誰?」と訊きたそうな雰囲気を出してくる。
だが、すぐに正解に気付くと小さく
二人の母親である
「そう……だね。でも、何て言ってママに渡せば」
「あんまり大ボラでも何だしな……色々あって海外に逃げるハメになったクソ親父が、罪滅ぼしのつもりで押し付けてきた、ってのはどうだ」
「んー……アイツの株が上がるのはちょいムカつくけど、そういう感じが無難かなぁ」
納得いかない様子で
前の世界での彼女に、どんな未来が待っていたのかはわからない。
しかし、娘たちと共に姿を消した後、幸せな生活を送った確率は限りなく低いだろう。
そうなってくると、この半日で瑠佳だけではなく、妹と母親の運命まで変えてしまったことになるが――
「まぁ、いいか」
小声の
何でもない、と言う代わりに髪を掻き混ぜるように頭を
「うぁー、のぉー」
グラグラと頭を揺らす妹を見て、瑠佳が笑っている。
瑠佳の家族だけじゃなく、門崎も貞包も木下もその手下連中も、嶋谷もビリヤード屋のチンピラ共も、大幅に運命が変わったことだろう。
そして俺自身も、前回とはまったく違う人生を歩むことになるハズだ。
何はともあれ――瑠佳が救われたのなら、それでいい。
きっと「やり直し」は今、ここで、成功している。
もし次の瞬間に走馬灯が終わって意識が消失しても、死に損なって目が覚めてトラバーチンの天井と再会しても、それはそれで構わないような気がした。
あらゆることが不自由な人生だったが、最後の最後で自分の思うがまま自由に暴れ回って心残りを解消できたなら、悪くない
「ケイちゃん」
「けぇにぃ!」
考え込んで黙ってしまった俺を、瑠佳と汐璃が呼んでくる。
どちらも、今日見た中で一番いい笑顔だ。
そんな二人に、俺もこの場面に相応しいであろう表情で応じた。
「じゃあ、家まで送ってく」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます