第26話 「死ぬ気で安全運転だ」
この状況が続くのならば、かつての俺が無力と無知と無関心で見過ごしてきた物事に、改めて目を向けてみるのもいいかもしれない。
そんなことをボンヤリと考えながら、
防弾仕様ではない、やや
いや、まだミディアムクラスと呼ばれていたんだっけか。
バブルで景気が良かった頃、小金持ちが
「周りに民家も結構あるし……まぁイケるか」
言いながら銀ダラを構え、フロントガラスに向ける。
フッ、と短く息を吐いて、
バンッ――バンッ――バンッ――
デカい風船を破裂させたような大音量が、連続して響き渡る。
耳の痛くなる
弾丸を撃ち尽くした銃は適当に放り捨て、小走りにハイエースの方へと近づく。
こちらが合図するまでもなく、内側からスライドドアが開かれた。
なので俺も発砲については何も言わず、二つのバッグを後ろの荷台に放り投げた。
しかし、空気の読めない
「おいぃ⁉ いいいい、今のっ、あれっ⁉」
「近隣住民に通報される前に、サッサと逃げた方がいい」
「お⁉ おぉ、そっ、そうだな!」
嶋谷はキーを回すが、運転手の
瑠佳は状況に慣れ始めているようで、落ち着いた様子で妹の髪を撫でている。
三度目のトライで無事にエンジンが掛かると、ハイエースは免許取りたての大学生くらいしかやらない急発進で、猛然と車道へ飛び出していく。
嫌な予感しかしないので、運転席の方へと身を乗り出して嶋谷に釘を刺す。
「おい、事故や違反は絶対に避けろ。死ぬ気で安全運転だ」
「わ、わかってる……ます!」
本当にわかっているかどうか怪しいが、とりあえず速度は控えめになって、ハンドル
国道に出て数分ほど走ると、嶋谷は落ち着きのない
もう誰かが通報したかな、などと考えつつ火薬のニオイが染みた手袋を外す。
そんな検討をしていると、何故だか汐璃がジッと見つめてくる。
そういや自己紹介もしてないし、もしかしてコイツにとって俺は不審者なのか。
子供を相手にする時のメソッドを思い出し、笑顔を作って汐璃に話しかけた。
「色々と大変だっただろうが、もう大丈夫だ……俺に助けを求めると決めた、お姉ちゃんの冷静で的確な判断力に感謝するんだな」
「えっと……お兄さんには、ありがとう言わなくていいの?」
「どっちでもいいぞ。俺は自分がやりたいようにやっただけ、だからな。結果的にそっちが助かったとしても、別に礼を言われるほどじゃない」
「うー?」
俺の返事を聞いた汐璃は、疑問符のついた
しばらくそうしてからパッと顔を上げ、少し
「つまり、お兄さんは……普通に感謝されると照れくさい?」
「ぶふっ――」
「笑ってんなコラ、サメ子」
「おい、どうした?」
首を
「だから何事なんだ、この平手打ち連発は」
「思い出したっ! 思い出したんだって! けぇちゃんにぃちゃん!」
「あー、昔はそんな風に呼ばれてたっけ? よく覚えてたな」
「お姉ちゃんのアダ名で思い出したっ! 何なの、超久々じゃんか!」
濃いめの疲労が
伝わってくる感情はやや混乱気味だが、基本的には喜んでいるってことでいいだろう。
引き続き俺の体のアチコチを叩いてくる妹の様子を見ながら、瑠佳は何やら満足そうにケラケラと笑っている。
嶋谷の方を指差してから、その指を唇の前に立てて「シーッ」というジェスチャーを汐璃に見せて言う。
「そういう話は、車を降りた後でな」
「あっ、んっ……そうだね。そうする」
嶋谷に色々と知られたくない俺の意図を察して、汐璃は話を打ち切る。
アホっぽい雰囲気とは裏腹に、中々に
血走った眼で運転している嶋谷の様子からして、コチラがどんな話をしていようが頭に入らない気もするが、用心するに越したことはない。
話を
「なぁ、あの店……『ライクライブ』だっけ? アレは自分の店なのか」
「いえ……立場としては店長ですけど、雇われの身で」
「家族や恋人は?」
「実家は秋田で、嫁も決まった女も今はいません……元嫁は、
このまま別れたら、嶋谷は高確率でロクでもない末路を迎えるハズだ。
カスの一味には違いないが、コイツがいたから突撃から撤収までがスムーズに行った、というのもある。
なので、生き延びるためのヒントくらいは出してやるとしよう。
一から考えるのは面倒だし、半分くらいは
「そうか。だったら今の生活は捨てて、サッサと逃げた方がいい……そして、ほとぼりが冷めるまでコッチに戻ってくるな」
「それって、三ヶ月とか半年とか……そんぐらいでしょうか」
「さぁな。
「二年……二年かぁ……長いですね」
「アンタの人生だから、好きにするがいいさ。行き先で実家や元嫁を頼るのはヤメとけ。友人知人からの紹介も避けろ。なるべく縁が薄い土地を選んで、居場所を誰かに知らせるのは厳禁。本気で追い込みをかけるなら、絶対そういう隙を突いてくる」
親切心からのレクチャーだったが、聞いている嶋谷の顔を土色にしてしまった。
そこからは様々な負の心境が伝わってくるが、主成分は不安と後悔だ。
裏社会の入口付近で遊んでいたつもりが、いつの間にか
能動的に反社連中と関われば、理不尽に巻き込まれるのは日常茶飯事だ。
だがそれも、実際に被害に遭わないと理解するのは難しいのかもしれない。
湿った溜息を繰り返す嶋谷に、瑠佳は何も言わずシラケた視線を送っている。
そこにある感情は、混じりっけなしの
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