第21話 「これは流石に、走馬灯じゃないだろ」

「これで、大体は片付いたか……」


 ベットリと手を染めた赤黒い血を、出所でどころであるパンチの白いジャージでぬぐいながら、誰に言うともなく呟く。


「へぅごっ! はぁうぐっ!」


 俺の独言ひとりごとに、謎めいた奇声が返ってくる。

 何事かと見てみれば、つんいになった木下のシンボリックな部位を、汐璃しおりが背後から蹴り上げていた。

 木下はいつの間にか意識を回復し、コソコソ逃げようとしていたらしい。


 床を這って姿を消そうとしていたのを汐璃が発見し、止めに入ったという感じか。

 にしても、散々ココで怖い目に遭っただろうに、すぐに切り替えてオフェンスに回れるとは、中々にヤバみのある小学生女子だ。

 

「よしよし、そんなモンでいいぞ。後は俺がやる」


 無言でヤクザの金玉を蹴り続ける女児を止め、股間を押さえてもだえる木下の背中にまたがる。

 油っぽい髪を掴んで上体を起こし、チョークスリーパーで頸動脈けいどうみゃくを圧迫。

 十秒足らずで全身から力が抜けるが、追加でもう二十秒ほど絞めておいた。


 そんなことをしている間に、撮影を中断した瑠佳るかが妹に駆け寄る。

 ビデオカメラが変な扉を開けてしまったようだが、撮影が全てに最優先するような黒澤マインドまでは芽生えてないらしい。

 ポケーッとしている汐璃の体をアチコチさすりながら、瑠佳がただす。


「汐璃っ、大丈夫⁉ 痛いとこ、ない?」

「うん、だいじょぶ……だと思う、うん」


 まだ混乱しているようで、汐璃の受け答えはちょっと覚束おぼつかない。

 ともあれ、怪我らしい怪我はしていないようで、とりあえずは一安心だ。

 それはそれとして、平然と子供を傷つけられる連中には反吐へどが出るが。

 カス共の両手の親指を結束バンドで縛りながら、村雨姉妹の様子を眺める。

 そうしている内に、徐々に確信に変わりつつある疑念が不意に漏れた。


「これは流石に、走馬灯じゃないだろ」


 死ぬ前の幻覚にしては、やたらとディティールが細かくて大長編すぎる。

 それに何より、夢かどうかの判断基準にされる痛覚がバッチリあり、嗅覚や聴覚もあまりにリアルだ。

 もしこの状況が現実なら、タイムリープとかそういうSF的な状況になるのか。


 巻き戻った時間がこの先も続くとなると、殺したり燃やしたりといった解決方法は極力避けねばならないが、どうしたものか。

 時間SFのお約束ネタであるタイムパラドックスも気になる……が、それはもう現時点で手遅れっぽいな。

 色々と思い巡らせながら、貞包さだかねが座っていた机を漁っていく。


「おっと、こいつは確実に回収しとかないとな」


 書類やファイルの束の上に、門崎かんざき名義の契約書が無造作に置かれていた。

 細かい字で色々と書かれているが、要約すれば借金のカタとして村雨姉妹とその母親の身柄を引き渡し、一家の所有物の全てを『HST総合管理』に譲渡する、というメチャクチャなものだ。

 当然ながら法的な正当性はないものの、法の外で動いている連中に理屈や常識は通用しない。


 他の書類は何らかの報告書や、どこぞの資産目録などが多い。

 ファイルをめくってみると、契約書や借用書や誓約書の類が挟み込まれていた。

 机の抽斗ひきだしは三つで、一段目には鍵がかかっている。

 二段目を開けると、金属製の手錠や変造テレカの束など、やや物騒なものが。


 他より大きいサイズの三段目には、8ミリのテープがゴチャゴチャと。

 ラベルには女性の名前と年齢と謎の番号が書いてあるだけだが、内容については大体の予想がつく。

 ただ一文字『夜』としか書いてないヤツは、ちょっとばかり気になるが今はスルーだ。

 残るは鍵のかかった一段目だが――


「まぁ、イケるかな」


 パンチのドロップアイテムであるナイフを隙間に差し込み、一気に体重をかける。

 簡単な作りであろう鍵は梃子てこの原理に抵抗できず、抽斗はバキョッと音を立て開いた。

 その破壊音に反応したのか、瑠佳がカメラを手にしてコチラにやって来る。

「無事だったか、プチサメ子は」

「うん……じゃなくて、姉妹揃って変な綽名あだなで固定しようとするのヤメて?」


 チラと汐璃の方を見れば、半開きになっている貞包の口に、どこからか持ってきたヘアスプレーを噴射していた。

 木下へのリベンジぶりでも感じたが、やられたらやりかえさずにいられない心の強さは、将来が楽しみでもあり不安でもある。


 改めて抽斗を確認すると、小型の手帳と赤と青のファイル、5インチのフロッピーが何枚か、そして何種類かの薬剤が大量に。

 カメラを回している瑠佳に、簡単に中身を説明していく。


「これは電話帳。赤ファイルは名刺、青ファイルの中は……免許証とか保険証とか。本物なのか偽造なのかは、パッと見じゃわからんな」

「鍵のかかる場所に入れてるのは、やっぱり大事なものだから?」

「だろうな。このハルシオンとかロプヒノールは、ロクでもない使い道が有名な睡眠薬だ」

「そこの、半透明のヤツは何だろ」

「ガラスパイプだな。こっちのは水牛の角が材料。ニオイからして……マリファナを吸うのに使ってる」


 明らかにヤバい単語を耳にして、瑠佳の表情が険しくなった。

 俺が手にしているパイプに鼻を近づけ、クンクンと嗅いで首を傾げる。


「ヘンなニオイなのはわかるけど……どうして大麻って知ってるの、ケイちゃん」

「それはホラ、人生経験の莫大ばくだいな差が」

「いや、同い年だよね? どこで差がつくの」

「よく言うだろ、水面に優雅に浮いてる白鳥も、水中では必死に足を動かしてるって」

「うん……うん? 今ってそのたとえ話をするタイミングかな?」

「そして、実は浮いてる白鳥は全然努力してなくて、ただ浮いてるだけらしい」

「へぇー……じゃなくて、そういう豆知識はどうでもよくて!」


 適当に煙に巻こうとしたが、流石に誤魔化されてくれなかったようだ。

 なので必殺のフレーズを出して、強引に話を終わらせることにする。


「まぁ、アレだ……色々あったんだよ、中学時代に」

「あー、うー……そっか。そうなんだ……」


 卑怯だとは思いつつも、とりあえずはこれで納得してもらうしかなさそうだ。

 俺がどうしてこんなに動けるのか、とかもこのラインで濁していこう。

 中身は俺で間違いないが、半世紀以上も先の未来の俺だというのを説明して、上手く飲み込ませる自信がない。

 気まずい空気を紛らわせようと、パンチが突入してきたのとは別のドアを開けた。

 

「こっちの部屋は……寝室、なのかな」

「職場のすぐ隣で寝起きとは、中々に勤勉なこった」


 キングサイズのウォーターベッドと、しゃらくさい感じの間接照明、そして開けっ放しのクローゼット。

 そのクローゼットの中に、見過ごせないものが鎮座ちんざしている。

 金属製で中型サイズの金庫――慌ててあの拳銃銀ダラを取り出したせいか、ダイヤル式の扉は開いたままだ。


「ほぅ、これはこれは……」

「うわー、見事にワルモノじゃん、こんなの」


 クローゼットに入っていた革手袋を拝借はいしゃくし、念のため指紋を残さないようにしてから金庫の中身を取り出していく。

 S&Wスミス&ウェッソンのリボルバー、数十発の銃弾、未使用の注射器、小麦粉か何かが入った袋、いくつかのファイル、三本のビデオテープ、サイズがバラバラなネックレスとブレスレットが十数本、そして大量の札束。


「うはー……こんな大金、銀行に預けとかなくていいの?」

「非合法な商売をしてる連中は、金の動きを警察やら税務署やらに把握されるとアウトなんだ。だから、どうしても現金を手元に置くことになる」

「ふーん……このネックレスとかは、換金しやすいようにシンプルなの?」

「正解だ。余計な装飾がないから、ほぼ金地金きんじがねの価値で売り買いされる」


 札束を数え、アクセの重量に見当をつけながら、瑠佳からの質問に答えていく。

 百万の束は十二個、ネックレスは三十グラム前後が五本で五十が三本で百が四本、ブレスレットは五十が二つに二百が一つで大体一キロ、というところか。

 この時代の金価格はグラム千五百円くらいだから、百五十万程度だ。

 

「こいつは……改造銃、だな」

「ピストルを改造してパワーアップ?」

「じゃなくて、オモチャの銃を改造して、本物の弾を撃てるようにしたヤツ」


 昔の金属製モデルガンがベースらしく、本家に負けない重量感がある。

 だが、貞包がこれじゃなく銀ダラを選んだあたり、信頼性はお察しだろう。

 金や銃よりも効果的に使えそうなのは、ドラッグらしき白っぽい粉。

 色からして混ぜ物が多そうで、麻薬としての質は低そうな雰囲気だ。

 しかし、金庫にある現金を超える末端価格になるのは、まず間違いない。


 貞包がただ保管していたのか、密売の元締めだったのかはわからない。

 ともあれ、これだけの量があるならば、だいぶ面白いことになりそうだ。

 ふと気が付けば、瑠佳が胡乱うろんなものを見る目を俺に向けている。

 どうやら、人前でしてはいけないタイプの悪い笑顔が出ていたらしい。


「さて、最後の仕上げといこうか」

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