第20話 「何って……コイツの拳銃を強奪して、逆に突き付けてるだけだが?」

「おらっ、大人しく、しろっ――このガキッ!」

「いぃいいゃああああぁっ!」 

汐璃しおりっ!」


 足をバタつかせて抵抗する妹の大声に、瑠佳るかの悲鳴が重なる。

 室内に踊り込んできたのは、左手で汐璃をガッシリと抱え、右手には大振りの変形ナイフをげた、白ジャージのパンチパーマ。

 このビルの一階に詰めていた、警備担当であろう凶相(きょうそう)の男だ

 

 三階であれだけ暴れても無反応だったのに、どうしてコイツが現れたのか。

 少し考えた後で、社長用の机に置かれた電話機の存在に思い至る。

 俺らがココに来る前に、貞包さだかねが内線で連絡して色々と指示を出したのだろう。

 

「てっ、テメェ! コラァ! 社長に何してくれてんだっ!」

「何って……コイツの拳銃を強奪して、逆に突き付けてるだけだが?」

「フザケんなよボケェ! コラァ! チャカ寄越せ! このガキ殺すぞっ!」

「フザケてんのはお前だ。その子にカスリ傷でもつけたら……お前もコイツも撃ち殺す」

「なっ! こっ、ぐぬっ……」


 静かな声でもって応じると、パンチは歯噛はがみして黙り込む。

 自分はどうするべきか、頭を回転させている様子だ。

 だが見た目の通り、駆け引きや計算は苦手だったらしい。

 十数秒であきらめて、また大声で怒鳴り散らしてきた。


「オゥラッ! 社長に手を出しやがったら、マジでぶっ殺すぞっ!」

「OK、手は出さない」


 言いながら、床にへたり込んでうめいている貞包の脳天に、右のかかとを素早く落とす。

 この体ではあまり脚が上がらないので、威力は大したことないだろう。

 それでも、軟体動物イカタコめいた挙動で倒れた貞包は、鼻血を噴いて動かなくなった。



「おぅ――お、おまっえ、それっ、そっ、そんなんっ――」

「どうしたパンチ。無抵抗な相手への暴力は、お前らの得意分野だろ」

「クッ、クッソァ! テメェは殺す! 殺すからなぁ! テメェもっ! このガキも! その女も! 全員っ、全員ブッ殺したぁるっ!」


 ナイフをデタラメに振り回し始めたパンチに、若干じゃっかんの危うさを感じる。

 使いこなしが素人でも、グルカナイフやククリとうと呼ばれるあの武器の、殺傷能力だけは本格的だ。

 なのでここは、一旦いったんクールダウンしてもらおう。


 バンッ!


 久々に聴いたトカレフの銃声は、記憶よりも乾いた印象がある。

 銃弾を受けた大型テレビは、地味な破裂音と僅かな火花を発し、画面に大きなヒビ割れを残して壊れた。

 テレビの厚みを貫通した弾丸は、その後ろの壁のどこかで止まったようだ。

 至近距離でクラッカーを鳴らされたような、鼓膜こまくへの違和感を我慢つつ、俺は周囲を見回して言う。


「……落ち着いたか」


 コチラからの問いに、誰からも返事はない。

 パンチはピタリと動きを止め、信じられないものを見る目を向けてきた。

 汐璃はテンパった猫のように、キョロキョロとせわしなく首を動かしている。

 瑠佳はといえば、平然とカメラを回していて、違う意味で不安になってくる。

 貞包は未だ気絶から回復しておらず、頭上で鳴った轟音ごうおんにも無反応だ。


「おっ、いぁっ――バッ、馬鹿かっ⁉ 何撃ってんだよっ⁉」

「銃ですが、何か」

「そういうこと言ってんじゃねぇだろ! こんなとこでピストルを使う意味、わかってんのか⁉」

「知らん……というか、知ったこっちゃないな」


 トリガーガードに指を引っ掛け、銀ダラをクルクル回して応じる。

 実際のところ、不用意な発砲のマズさは百も承知だ。

 一回でも撃って、使用済みになった銃は「仕事」に使いづらい。

 コンクリ壁の屋内では跳弾ちょうだんの危険もある。


 そして、さっき貞包にも言ったが、日本の警察は銃が大好物。

 とにかくデカい手柄になるから、ヤクザに依頼して銃の押収事件を捏造ねつぞうする、みたいな違法行為も多数発生していた。

 指先の回転を止めた俺は、改めて銃把じゅうはを握り直すと、パンチの眉間みけんに狙いを定める。


「あんまりベタな脅迫は好きじゃないが……死にたくなければ、その子を放せ」

「はーなーせーっ! あぁーほぉーっ!」


 余裕が出たのか、ヤケクソになったのか。

 汐璃はさっきまでの悲愴ひそうな雰囲気を捨て、やや素の性格をあらわにしている気がする。


「うううぅうるっせぇっ、んだよ! そっちこそ、そっちこそなぁ! サッサと銃を捨てねぇと、こっ、このガキが死ぬぞぉ!」

「んーっ! んんぅーっ!」


 口をふさがれた汐璃が、ガスガスとパンチの足の甲を踏みつけている。

 相手は素足にサンダル履きなので、地味に効果的な攻撃になっていそうだ。

 顔をしかめるパンチに、俺は冷たく聞こえるよう意識しながら告げる。


「俺はドーラほど優しくないから、十秒しか待たないぞ」

「ハァ⁉ 何を言ってやがる――」

「十……九……八……七……」

「待てよっ、だからっ! おいっ、待てっ――」

「六……五……四……」

「マジでっ、マジで殺んぞっ――」

「三……二……一……」

「わかった! 返してやる、ぜっ!」


 カウントダウンの最後で、でパンチは汐璃の拘束を解いた――

 と思いきや、服の後ろえりを掴んで持ち上げ、汐璃の体を盾にして突進。

 身も心も蛮族すぎるムーブに呆れながらも、この状況で銃は撃てない。


 仕方ないので、背面に手を回して銀ダラをベルトに挟み込む。

 そんな俺の動きで勝ちを確信したらしいパンチは、汐璃を放り捨てる。

 身軽になったパンチは、奇声を発してグルカナイフを振りかぶった。


「ぴゃるぁああああああああああああっ!」


 無警戒に、無防備に、全速力の突撃をカマしてくるパンチ。

 隙だらけにも限度があるので、普通なら何かしらの計略が存在していると疑う。

 だがパンチの推定知能レベルからして、まず問題ないと判断しておく。


「馬鹿が……」


 思わず小声で漏れてしまったが、何といっても相手は馬鹿野郎だ。

 計算はゼロでも、予想外の奇行から不可解なミラクルを起こす危険がある。

 だからまずは、動きを止める――一度その場で軽く跳ねて間合いを調整し、後ろ回し蹴りを放った。


「フンッ」

「ああぅべっ――ふぇ?」


 サンドバッグ相手でなければまず決まらない、絶妙な角度と速度でスニーカーの足裏がパンチの腹をとらえる。

 自分でやっておいて何だが、あまりにも綺麗なカウンターだ。

 その一撃は「突き刺さる」と表現するしかないほど、深い所まで届いていた。

 人体を蹴ったとも思えない、フワフワした感触が右脚に広がっていく。


「ぶっ――ふぅううううううううううううぅ――」


 数瞬の静止の後、パンチが肺の中の空気を全て吐き出す。

 キンッ、と鋭い音を響かせてグルカナイフが床に転がる。

 ゴツッ、とにぶい音を鳴らしてパンチは両膝を床についた。

 そして、理不尽さに抗議するように俺を見上げ、気持ち悪く悶絶もんぜつ


「はぅうううぅ、うっ……はぉうぅぅううぅ……」

「どいつもこいつも……喧嘩に強いってのが、お前らのアイデンティティじゃないのか? 暴力が商売道具なんだろ? おい、なぁ、返事は」

「うぶっ……ふぼっ……かぽぁ……」


 ビンタをしながら問い掛けるが、パンチは血の混じったよだれを吐き散らすばかりで、まともに答えようとはしない。

 そんなんだからヤクザにすらなれないんだよ、と小一時間ほど説教したい気分だ。


 しかし、気合を入れ直して本格派のヤクザに成長されても、それはそれで困る。

 なので説教の代わりに、裏の仕事から足を洗いたくなる経験をしてもらおう。

 そうと決めた俺は、パンチの顔面をアイアンクローの要領で掴むと、意識が飛ぶまで後頭部を何度も何度も何度も何度も、硬い床へと叩き付けた。

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