第22話 「アンタの選べる道は三つしかない」

 仕上げに入って三十分ほどで、そろそろ終わりが見えてきた。

 あまりモタモタしていたら、想定外のトラブルが追加されるかもしれない。

 そんな不安もぬぐえなかったので、最低限の処理でヨシとしておく精神で、瑠佳るか汐璃しおりにも手伝ってもらい作業を進めている。


 回収すべきモノは、バッグ二つ分に粗方あらかた詰め込んだ。

 二人に貞包さだかねの私室の方で色々やらせている内に、俺が門崎かんざきの処理を終わらせよう。


「あいつらには、ちょいと酷だろうからな」


 ポケットのふくらみをポンと叩いてから、応接室へと戻る。

 うつぶせで動かない門崎を引き起こし、至近距離から小声で語りかける。


「おい、おっさん。起きてんだろ? これから大事な話、するからな。よく聞けよ」

「う……うぁい……」

 

 門崎は前歯の数本欠けた、血塗ちまみれの口をモゴモゴと動かして答える。

 自分がどうなるかを案じる不安が、強張こわばった表情から色濃く伝わってきた。


「貞包も、芦名あしなも、木下も、その他のチンピラ連中も、全員を半殺しに……いや、もしかすると一人か二人は死んでるかも」

「ぼっ、ぼひゅのことっ、もっ……きょ、きょろしゅ、のかっ?」

「俺がやるまでもない。何つっても、今日ココで、この惨状が発生した原因は、全部アンタにあるんだからな」

「なっ……なぁんで、しょんなっ?」


 口の中がズタズタらしい門崎は、発音が全体的に怪しい。


「何で、もクソもないだろ。アンタが自分の借金を元家族に背負わせようとしなけりゃ、そもそも起きなかったトラブルなんだよ」

「れもっ、しょれは……」

「やったのは俺だ、と言いたそうだな。その言い訳が通じるかどうか、試してみたらどうだ。ヤクザ相手に道理を説く無意味さは、アンタもよくわかってるハズだ」


 門崎に浮かんでいた不安の表情は、ジワジワと恐怖に塗り替わっていく。


「う……あ、あぁ」

「娘を売ったって、もう助かりゃしない。カネで解決……は可能かもしれんが、億単位が必要になるだろうな。となると、アンタの選べる道は三つしかない」


 本当はもっと沢山あるが、門崎の思考を誘導するため、選択肢をせばめる。

 恐怖のせいなのか、はたまた苦痛のせいなのか、門崎は全身を小刻みに震わせ、すがるような視線を向けてくる。


「第一のルートは、自殺。これは一番ラクなんでオススメだ。何か月もかけて拷問されたり、生きたまま虫や豚に食われる最期を迎えずに済む」

「ひょ……ひょかにぃ、は」

「第二のルートは、逮捕。コレでそこらに転がってる連中のどれかを撃って、すぐに自首する。日本の刑務所は治安いいから、ヒットマンにも狙われず五年くらいは安全に暮らせるぞ。殺すまでやれば十年は入ってられる」

 

 銀ダラを見せながら言うと、門崎は激しくかぶりを振って、断固拒否の態度を伝えてきた。

 仕方ないので、最後の方法を提案してやる。


「第三のルートは、逃亡。大都市から離れ、裏社会に関わらないようにしとけば、そうそう見つからん。洪知会こうちかいが賞金でも懸けて手配すりゃ話は変わるが、面子で生きてるヤクザは、自分らの恥を表沙汰にはしたがらない

「ひょう、かな……ひょうかも……」

「今くらい顔が変わってれば、写真が出回っててもバレないだろ。何なら、永久に変えるために整形するって手もある……逃げるなら、こいつを使え」


 門崎の前に百万円の束を置くと、「どうして」と言いたげにジッと見据えてくる。

 俺は福沢のデコを指でトントン叩きながら、更に声を低くして言う。


「これはまぁ、瑠佳からの手切れ金だ。アンタみたいなのでも一応は父親ってことになるし、死んで妹が悲しむのもイヤだから、とにかく消えて二度とそのツラ見せんなクソボケ……だとさ」

「るひゃ、が……」

「最後に一言、とかは考えるな。第三を選ぶなら、それ持ってサッサと行け」


 そう告げてから、門崎の親指を縛っていた結束バンドをナイフで切る。

 両手が自由になった門崎は、乱れた髪をゆっくりとでつけ、二回続けて大きな溜息を吐いてから、床の札束に手を伸ばした。

 それから数秒、娘たちの声が漏れてくる隣の部屋を眺めた後で、札束をふところに入れてフラつきながら立ち上がる。


住処ヤサがバレてるなら、戻るなよ。恋人だの愛人だのに別れを告げに行く、なんてのもナシだ。可能な限り、全速力で東京近辺から離れろ。知り合いと連絡を取るのもダメだ。とにかく、透明人間になるつもりで姿を消すんだ……わかったな?」


 しつこいくらいに念を押すが、門崎はその全てにうなづいて応じた。

 瑠佳と俺が衝撃を与えたことで、腐ったアタマが多少なりともまともに動くようになったのかもしれない。

 門崎はもう一度、隣の部屋に視線を留めてから、覚束おぼつかない足取りで部屋を出ていった。

 その背中を見送った後、応接室にまとめておいた連中の様子を再確認する。


 芦名あしなは何度か回復しかけたが、その度に締め落としていたらグッタリして動かなくなった。

 背中が微かに上下しているから、とりあえず生きてはいるだろう。

 木下とスギは、死なない程度の追加攻撃を加えた後、裂いたクッションを頭にかぶせて情報を遮断しゃだんしておいた。

 パンチは覚醒する様子がないので、拘束だけして放置してある。


 残る貞包は、意識を回復してからは騒ぐでも暴れるでもなく、うつろな表情でジッとしている。

 伝わってくる感情は主に諦念ていねん――今の自分が詰んでいるのを悟り、何をしても無駄だと判断して、流れに身を任せているのだろう。

 まぁ、これから更なる濁流だくりゅうに放り込んでやるワケなのだが。

 そこで、一仕事を終えた雰囲気の瑠佳が戻ってきた。


「サメ子、準備は終わったか」

「終わってる……けど、ホントにいいの?」

「問題ない。じゃあ、フィナーレをキメてくるか……情操じょうそう教育によくないから、妹を連れてビリヤード屋と合流して、下の車で待っててくれ」

「えっ、でも……ううん、わかった」


 自分の問題なんだから、最後まで付き合いたい。

 そう言いたげな瑠佳だったが、短い逡巡しゅんじゅんを経て受け入れた。

 貞包の恨みを自分に集中させるには、村雨姉妹を退場させておくべきだろう。

 そんな俺の意図をんでくれたのかどうかは、正直わからない。

 だが、ブレーキの必要がなくなるので、単独の方がラクなのは確実だ。


「そんなに時間はかからないだろうが……二十分待っても俺が戻らなければ、この場を離れてくれ」

「ん、二十分ね。あっ、このビデオカメラは、どうしたらいい?」

「迷惑料として貰っとけ」

「ははっ、そうだね。確かに、このくらいは貰ってもいいかも……じゃあケイちゃん、無理はしないで……無茶もしないで。なるべく」

「大丈夫だ。ここまでずっと、俺に任せとけば大丈夫だったろ?」


 わざとらしいキメ顔で応じると、瑠佳は苦笑しながら俺の胸を手の甲でパシッと叩く。

 この頃からもうツッコミの動きは一般的だったっけか――などと思っている内に、瑠佳はきびすを返して妹の元へと向かった。

 二人の気配が消えるのを待って、気持ちを切り替えていく。

 ここからは、子供には見せられない時間の始まりだ。

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