第16話 「で……アンタらはどうする?」
たった数歩、二秒もあれば簡単に届く距離。
それを移動する間に、強烈な殺意を撒き散らしているスギ。
大した
「死ねクソがぁあああああああっ!」
絶叫しながらの突進は、まるで東映ヤクザ映画の一シーンのようだ。
俺が逃げもせずにストン、と床に腰を落とすとスギがニチャッと
ビビッて腰が抜けたとでも思い、勝利を確信したのだろうが――
「ヌルい」
映画と実戦の違いは、狙われた相手は普通に避け、反撃もしてくるって点だ。
急迫するスギが刃を握った右手を引くと同時に、俺は両手を後ろにつける。
その姿はきっと、
「おぅるぁあああああああああっ!」
案の定、スギは無警戒に突進してきた。
あまりにチョロくて、申し訳なさにも似た謎の感情が湧いてくる。
だが、それはそれとして退場はしてもらわねば。
まずは身を
「あっ――ぐひぃっ⁉」
狙い澄ました
何が起きたのかを
そして拳を固めると、無防備な後頭部に連続して
「うっ! んぶっ! げぱぅ……」
五発ほどで反応がなくなったので、転がっている
その刃先を
「で……アンタらはどうする?」
門崎は首を勢いよく左右に振っていて、あからさまに怯えている様子だ。
芦名は貞包を守るような位置取りをしているが、どうリアクションするべきかは判断できないのか、その表情に困惑を貼り付けている。
残る貞包は、芦名と似たような困惑を感じているようだが、一方で俺に対する興味のようなものが滲んでいた。
ヤクザの手下とはいえ、若くして会社を経営するようなヤツは、どうやら神経の太さも一味違っているらしい。
その貞包が、笑顔の俺に対抗するような薄笑いで訊いてくる。
「どうするもこうするも……大体だな、テメェの目的は何なんだ?」
「簡単な話だ。そこの姉妹とそこのバカの縁を切る。それで借金がどうとかの、下らない用件に二度と関わらせない」
「そんなん言われて、コッチが『ハイそうですか、気を付けてお帰りください』って応じると思うか?」
「そこまで夢見がちじゃない。だから、こうやって一人一人、丁寧に説得してる」
「フハッ! 中々に強めの説得力じゃねぇの。その若さで、そのイカレぶり……ブッ殺すにはちょいと
ということはつまり、惜しいけどもブッ殺す、との意思表示だろう。
完全に降伏して詫びを入れれば、半殺しにされた後で部下として登用される、そんなルートもあるのかも。
だけど、誰かに使われ続ける人生をまた選ぶほど
表情を引き締めた俺は、村雨姉妹を指しながら言う。
「巻き込みたくないから、あの二人は部屋の外で待たせていいか」
「あー……チビの方はいいが、姉はダメだ。おいチビガキ、一人で逃げたら姉ちゃんと親父が死ぬからな? 大人しく待ってろ」
貞包の返事に、
「社長、
「チッ! 放っとけ、と言いたいがそうもいかねぇな。隣にでも運んどけ……騒ぐと面倒くせぇから、起こさなくていい」
姉に促されて汐璃はノロノロと部屋を出て、芦名に両脇を抱えられた木下は隣の部屋へと消えていく。
退散する機会を失った門崎は、予期せぬ処刑宣告に
オタオタする姿を見せられ、ついつい笑いの発作が起きかけるが、ギリギリのところで
「再確認するが……アンタらはどうする? オススメはコッチは諦めて、そこのオッサンを変態に売ったり、バラしてパーツ取ったりで金に換えるコースだ」
「残念ながら、ウチにはそのコースは用意されてねぇ……てぇか、その娘を御指名で予約が入ってるんで、キャンセル不可能なんだわ」
「なるほど、ねぇ……想像以上に複雑な舞台裏があるらしいな」
瑠佳を買おうとしているヤツも、正体を調べておく必要があるな。
そんなことを考えていると、貞包が芦名の肩を妙なリズムで叩いて、耳元でもって何事かを
その瞬間、芦名の表情に劇的な変化が生じ、粗暴な圧力が
芦名のやつ、凶暴そうな見た目に反して血の気が乏しいキャラと思いきや、スイッチを他人に預けてるタイプだったのか。
こういう二重人格的なヤツには、以前にも何度か遭遇したことがある。
能力はピンキリだが、高確率でブレーキがついてないのが厄介なんだ。
「へぇ……結構な仕上がりじゃないか。どうやったんだ……薬物? 調教?」
「こいつはナチュラルだ。イジメられっ子だった小学生の頃、飼っていたハムスターを殺されて犯人共を病院送りにした後、色々あってこうなった」
「タイソンのパクリじゃねえか」
「フン……芦名には蹴りもあるから、タイソンより
マイク・タイソンが飼っていたハトを殺されてブチキレ覚醒した、なんてのは今となっては誰も覚えてないエピソードだが、この時代ならそれなりに有名だ。
にしても、芦名の戦闘スタイルを事前に教えてくれるとは、どうにも貞包は口が軽すぎるな。
自分を大物だと思っているからこその
「ふーっ、ぷふーっ、ふーっ、ふぅーっ、ふーっ」
「すげぇ過呼吸だな。そのまま変身でもしそうな勢いだ」
コチラの
ゴングを待つボクサーに似た気配を漂わせ、ただ無言で見据えてくる。
短刀の刃先を向けているのに、まるで動じた様子がない。
表情から伝わってくるのは、純粋な破壊衝動だけだ。
武器を持った相手との戦闘にも、ある程度は慣れているのかも。
どこまで効くかわからないが、多少は
いくつか方法を考えた末、短刀を床に放り捨ててから、呆けている瑠佳に声をかける。
「おい、サメ子!」
「んぇっ⁉ な、何ですのっ?」
「どこのお嬢様だよ。そんなことより、そこに転がってるカメラあるだろ」
「えっ……あっ、うん!」
「それでな、俺がコイツらをブチのめすシーン、撮影してくれ」
瑠佳は言われた通りにカメラを手にするが、俺に向ける視線には不安と心配が山盛りに含有されていた。
ここまでの戦闘を見てきた後でも、芦名の
そんな俺たちのやりとりに、貞包が薄ら笑いを崩さないまま口を挟んでくる。
「ブチのめされんのかよ、おっかねぇ。しかしまぁ、アレだ。学生にしちゃ腕も度胸もあるようだが……ウチらみたいなのを敵に回す意味、本当にわかってんのか?」
「ボランティアで害虫退治をする
「はぁ? どういうフカシだよ……おい」
「大マジだ。
嶋谷や森内の名前を出したことで
だが、数秒で「そんな馬鹿なことがあるわけない」と全否定するのに成功したようで、再び余裕の表情に『
「クックックッ……まぁ、そのビデオはいい記念品になるかもな。顔の
「ホントに品がなくてつまらんセンスだな……まぁそういうのが好みなら、アンタの号泣全裸脱糞土下座はキッチリ収録して、親類縁者に無料配布してやるよ」
俺の返答に薄笑いを引っ込めた貞包は、芦名の耳元で再び何かを囁く。
それからすぐに離れると、「パンッ」と一つ
乾いた音が響くと同時に、芦名は大きく息を吸いながら向かってきた。
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