第14話 「セキュリティはガバければガバいほど助かる」

 ドタバタと破壊活動を繰り広げたが、誰かが様子を見に来ることもなかった。

 問題ありそうな訪問者は入口ではじいているので、建物内でトラブルが発生するのを想定してないのだろう。

 油断しているというか「自分たちは常に攻撃側オフェンス」みたいな意識はありそうだ。


「セキュリティはガバければガバいほど助かる、けどな」

「うん? ガバ?」


 この頃には使われない言い回しだったのか、瑠佳るかが訊き返してくる。


「守りが甘いって話だ。人からうらまれる仕事をしてるのに、襲撃に対する備えが薄すぎる」

「起こるかもしれないけど、確率がゼロに近いことは気にしないんでしょ、たぶん」

「それもそうだな……じゃあ、もっと確率を上げに行くか」


 事務所とやらがある四階を指差しながら言えば、瑠佳が真面目まじめな顔でうなづく。

 木刀をげていくのはまずい気がして、道具類はポケットに入るものだけ。

 小型のドライバーにオイルライター、金属製文鎮ペーパーウェイト結束けっそくバンド。

 使うかどうかはさていて、あれば便利そうなものを選んでおいた。


 どこにつながるかわからないので、エレベーターではなく階段を使う。

 後ろを歩く瑠佳の足取りが、そこはかとなく重いように感じられる。

 やはり、この状況で女子高生が平常心をたもつのは難しいか。


嶋谷しまやのオッサンと一緒に、下で待っててもよかったんだぞ」

「うん……でも、汐璃が怖がってるかもしれないから。あと、あのクソ親父を一発くらいはぱたいときたい」

「それはいいな。絶縁するのは当然として、親子の触れ合いも必要だ」


 俺の言葉に、瑠佳が妙な崩れ方の変顔へんがおを見せた。

 笑おうとしても、表情筋が強張こわばって上手く笑えていない、そんな雰囲気だ。

 気休めの言葉は意味がないように思えたので、黙って残りの段数を消化する。


 階段を上り切った先には、無骨ぶこつという表現がシックリくる、頑丈そうな鈍色にびいろのドアがあった。

 見張りはおらず、看板なども出ていないし、呼び鈴やノッカーも見当たらない。

 オマケにドアノブもないので、初めて来たヤツは困惑するだろう。

 現に俺が困惑している――が、よく見れば天井に監視カメラらしきものがある。

 なるほど、これで来訪者の確認を行っているのか。


「じゃあ行くぞ、サメ子」

「ん……色々とありがとね、ケイちゃん」

「そういうのは、終わった後でな。このタイミングでの感謝は縁起えんぎが――」


 悪い、と言いかけたところでドアが開かれた。

 開いた先にいるのは、ドアがなくても入口をガッチリとふさぎそうな巨漢。

 相撲取りがちゃんこを控えめにして筋トレにはげんだような、そんな体格だ。


 コイツが、嶋谷の言っていた芦屋あしやという用心棒だろう。

 今日遭遇した反社共の中でも、際立って危険なニオイを漂わせている。

 俺は下っ端っぽいチンピラキャラを作り、それらしい話を切り出した。


「あっ、えと、自分は野々村ののむらさんとこの新入りなんスけど、この女を送り届けろって言われて」

「……一人か」

「いえ、嶋谷さんも一緒っス。でも何か相談事があるとかで、今は下で森内さんと」

「そうか。ご苦労さん」


 そう言うと、芦名は俺を帰らせようとする気配を出してきた。

 瑠佳るかだけを残すのも、ここで一暴れするのも、選択肢としてはハズレだ。

 なので、俺もこの場に残れる理由をテキトーに捻り出す。


「えぇと……できれば社長に御挨拶ごあいさつ、しておきたいんスけど」

「ダメだ」

「まぁそう言わず、お願いしますよぉ。自分、貞包さだかねさんに憧れてるんスよ」

「社長は忙しい」


 取り付く島もない、見事なまでの塩対応だ。

 護衛としては正しい反応だが、それじゃ困るので搦手からめてを使わせてもらう。

 俺はわざとらしい弱り顔を作ると、少し声を落として芦名に告げる。


「実はですね……野々村さんの下で仕事してると、ちょいちょいヤバそうなこと、あるんスよ。回収した金から結構な額を抜いてたり、ココの名前を出して悪さしたり」

「新入りのお前でも気付くレベルか」

「そうなんスよ。先輩たちも一緒になってる感じで。そんなんだと、いずれまとめてシメられそうじゃないスか。だから、コッチで雇ってくれないかなって」

「……その件、詳しく話せるか?」


 掛かったなアホが! と言いたくなるのを我慢し、コクコクと首を縦に振る。


「わかった、お前も来い」


 野々村が上の意向に逆らっているとの情報に、まんまと食い付いてくれた。

 ゴミクズはどれだけ悪用しても、まったく心が痛まないので気が楽だ。

 実際問題、ロクでもないことをしているのも間違いないのだし。


 下の階とは構造が違い、ドアの先では廊下が部屋をグルッと取り囲んでいた。

 壁はかなりの厚さで、防音や防弾などを考えて工事してあるのかもしれない。

 内側の壁にはドアが二つあり、手前の方を開けた芦名はジェスチャーで俺たちに先に行くよううながしてくる。


「えっ、あの……」

「いいから」


 戸惑った様子で俺を見る瑠佳の背中をグイッと押し、まずは室内に入れてしまう。

 瑠佳に続いて進むと、いかにも応接室といったレイアウトの部屋があった。

 壁際にスチールの本棚が二台あり、主張の弱い観葉植物がコーナーを飾る。

 入口の向かいの壁には、隣につながっているらしい大きい両開きのドア。

 そして、クリスタルガラスの灰皿の置かれた低いテーブルを挟んで、三人掛けサイズのソファが向かい合わせに並んでいる。


 右手には顔色の悪い中年男と、首筋や手首にカラフルな模様がハミ出した若い男。

 どちらも、無作為むさくいに選んだ百人に印象を訊いたら九十五人は「ヤクザ」と答えそうな、やさぐれていて不穏ふおんな雰囲気だ。

 コイツらは、ヤクザの木下きのしたとそのボディガードか――闖入者ちんにゅうしゃである俺たちを確認する視線は、揃ってえとしている。


 左手には職業不詳で年齢不詳な、くたびれ感のある優男やさおとこと、既視感きしかんのある顔立ちの小学生女児が座っている。

 俺たちに気付いたその子は、バッと立ち上がって駆け出すと、既視感の原因である瑠佳に半ば体当たりする勢いで抱きついた。


「おっ、お姉ちゃんっ!」

汐璃しおり! 大丈夫だった⁉ もう安心だから、ね?」


 そんな言葉を聞きながら、汐璃はツインテールにまとめた頭を、姉の胸にグリグリと押し付けている。

 明らかに普通ではない場所に連れて来られて、ずっと怖くて心細いのを我慢していたのだろう。

 半泣き状態で耐えられただけでも、かなり心が強いと言っていい。


 今回の騒動の元凶であろう、瑠佳たちの父親らしき男を軽くにらむ。

 だが、つまらなそうに姉妹の再会を眺めているだけで、感情の揺らぎは僅かだ。

 コイツの表情からは、強めの倦怠けんたいと退屈くらいしか読み取れない。

 この状況でそこまで落ち着いているとは、実はかなりの大物なのか。


 警戒心を高めるも、すぐに「感性が擦り切れて鈍麻どんましているだけ」という判断に落ち着いたので、コイツはあまり気にしないことに決める。

 そもそも、そんなにデキる人間だったなら、金に困った末に娘を売り飛ばすような窮地きゅうちに追い込まれる、無様な零落れいらくぶりはさらさないだろう。


「あー、門崎かんざきさん……それがアンタの言ってた娘か」

「ええ。今年で高一なったんで、注文内容にもピッタリですよ」

「父親のために尽くすだなんて、イマドキ泣かせる孝行娘じゃねぇの……うぶっ、ぷっ、ぶはははははははははっ!」


 ゲラゲラと笑う木下に、門崎――瑠佳たちのクソ親父は曖昧あいまいな表情で応じる。

 木下がテーブルの上のセブンスターから一本取り出すと、隣の若い衆が金ピカな趣味の悪いガスライターで火を点けた。

 それに合わせるように、門崎もパーラメントをくわえて吸い始める。

 こっちは百円ライターを使ってのセルフ点火で、紫煙しえんと一緒に乾いたせきも時々吐き出している。


 この時代はとにかく喫煙率が高いな、と辟易へきえきしている自分がいる。

 喫煙者が絶滅危惧種な環境に慣れ過ぎたせいか、ケムさとクサさが若干しんどい。

 気を抜くと人相が悪くなりそうなので、どうにか真剣な表情を作って緊張している小僧感を演出し、状況が動くのを待つ。

 妹がある程度は落ち着いたと判断したのか、瑠佳が怒気どきにじませながら、いつもより低い声で父親に問い掛ける。

 

「養育費すら払ってないクセに、何が父親だっての! 馬鹿じゃないの⁉」

「おいおい、そんな寂しいこと言わないでくれよ、瑠佳ちゃん。金なんかより大事なものは世の中にいくらでもある、って教えてやっただろ?」

「少なくとも、アンタは大事なものの中に入ってないんだよ!」

「ふぅ……でもなぁ、家族の危機には皆で協力しないと。どう、しおちゃん? 汐ちゃんは、困ってるパパを助けてくれるよね?」


 訊かれた汐璃は、答えられずに泣きそうな顔でうつむいてしまう。

 そんな妹の頭をやんわりと抱きながら、瑠佳は火花の散るような憎悪の視線を父親へと向ける。


「アンタはっ! そうやって、テキトーなこと言って汐璃に近づいてっ! 騙してっ!」

「何も騙しちゃいないさ。これまでは父親らしいことは出来なかったけど、これからは家族で――」

「全部捨てて、逃げたお前がっ! 家族、なんて言葉を……口にするなぁ!」

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