第13話 「疑問形に疑問形で応じるな」

 数分で全ては片付き、襲ってきた全員を行動不能状態で転がした。

 机の下からい出た瑠佳るかは、死屍累々の惨状をながめて微妙な表情だ。

 森内もりうちに蹴り飛ばされた後、死んだフリをするかのようにジッとしていた嶋谷しまやも、いつの間にか身を起こしていた。

 遠い目になっているのは、今後の身の振り方にでも悩んでいるのだろう。


「ふぁおおぉ、おおおおぉ……」


 不明瞭ふめいりょううめき声が、足元から湧き上がってくる。

 両の鎖骨を折られた森内は、ケツを上げた状態で床にしていた。

 そんな森内の頭を木刀で軽くポコポコ叩きながら、まだ混乱してる感のある瑠佳に話を振る。


「臨機応変な対応、出来てただろ?」

「あー、まー……そう、なのかな?」

「疑問形に疑問形で応じるな」


 苦笑いで言えば、瑠佳が少々引き気味に答える。


「ていうか、ちょっと、理解が追いついてないんだけど……何なの、ケイちゃん」

「何、と言われても……見ての通りだが」

「見てワケわかんないから訊いてんの!」


 落ち着かせるつもりが、混乱を悪化させてしまったようだ。

 どうしたモンかな、と思っているとヨロヨロと歩いてきた嶋谷が、呻吟しんぎんを続けている森内に声をかける。


「森内さん……気付いてるでしょうけど、コイツには逆らっても無駄です。多分、平気で拷問ごうもんとかもするんで……色々と諦めた方がいい、です」

「人聞きの悪いことを言うな。拷問する時は普通に気分が悪いぞ……手や服は血で汚れるし、糞便を漏らしながらの絶叫とか、本当に不愉快だ」


 どうにか顔を上げた森内は、俺と数秒ほど目を合わせて、それから視線をらしてグッタリと項垂うなだれる。

 抵抗しても無駄だと悟って、心が折れたようだ――これなら、素直に質問に答えてくれるだろう。


「何だよ、お前ぇ……何なんだよ……」

「皆して、そればっかりだな。俺はどこにでもいる、ちょっとルックスがいいだけの平凡な学生……おいそこ、首をかしげるな」


 森内の質問に応じつつ、失礼なリアクションをしている瑠佳に警告。

 話が横滑よこすべりしそうな気配を察したのか、嶋谷が俺の代わりに森内に問う。


「上の事務所、詰めてるのは何人くらいです?」

「い、今は……社長と、ショウだけ……うぁ、あとは木下さんと、木下さんについてる、若いの……」

「リュータたちは?」

「あいつらは、はぅ……福島の方の案件に、出てる……ふぅうぅ、戻るのは、明後日以降に、なる……」

 

 痛みで呼吸を乱しながらも、森内は大人しく嶋谷に答える。

 嶋谷が「訊くべきことは訊いた」的な雰囲気を出しているので、イマイチわからない部分を確認しておく。


「えぇと、木下ってのがヤクザで、社長はその手下ってことになるのか?」

「ココは『洪知会こうちかい』の企業舎弟きぎょうしゃてい……フロント企業って呼ぶんですかね、今は。とにかくそんな感じですけど、社長の貞包さだかねさんはさかずきを受けてないんで、表向きは無関係ってことで、ハイ。木下さんは……洪知会の幹部で、ココを含めたいくつかの会社を指導している方、ですね」

「あんたのビリヤード屋も、そんなか」

「いや、ウチは単に、ココに出入りしてる連中の溜まり場だっただけで、まぁ……オレもその絡みで、時々は仕事を手伝ったり、相談を受けたりしたましたが……」


 不良と半端に付き合っている内に、引き返せないところまで踏み込むハメになった、お調子者の馬鹿野郎だな。

 嶋谷をそう分類したものの、それを告げても仕方がないので飲み込んで話を続ける。


「ショウとかリュータってのは、何者だ」

「社長のボディガードの芦名あしな、下の名前がしょう、なんですよ。さっきも言いましたけど、素手で人を殺せるレベルの、見た目からしてヤベェ奴ですね。リュータは暴走族上がりで、何人かの族仲間と一緒に主に荒事あらごとを任されてます。本名は確か……黒川、黒川龍太くろかわりゅうた

「そいつらが、ここの暴力担当か。じゃあ、気を付けるべきは芦名ってのだけ、だな」

「いや、あの、社長もかなりきたえてる感じなんで、ハイ」


 特殊技能もなく、単に筋トレをしてるだけなら問題はないだろう。

 今の俺のスペックだと、腕相撲なんかでは負けるかもしれないが。

 そこで不意に、転がっている誰かが「ゲホッ、ゴホッ」と咳き込んだ。

 ぶっ飛ばして沈めた連中が、そろそろ意識を回復し始めたのか。


「さて、あとはコイツらをどうしたモンかな」

「暴れられても困るよね……やっぱり手足を縛っとく?」

「それが無難だろうな。サメ子、あとおっさんも……ガムテとか針金とか、使えそうなのを探してくれ」


 三人で手分けして探索を始めると、机の引き出しやロッカーの中から、すぐに使えそうな諸々が発見された。

 ガムテープにダクトテープにトラロープ、それとプラ製の結束けっそくバンド。

 ケーブルなんかをまとめるのに使われる結束バンドだが、こいつは簡易的な手錠としても使えるので、以前の俺は常に数本を持ち歩いていたものだ。


 オフィスの隣に倉庫のような部屋があったので、森内とその部下を詰め込む。

 後ろ手に両の親指を結束バンドで縛り、両足首はダクトテープでグルグル巻きだ。

 本当ならこの状態で多摩川にでも捨てたいけれど、残念ながら時間がない。


「さぁて、と。ついでに色々とぶっ壊しておくか!」

「えぇえ……」

「どうしたサメ子。基本的には全部が全部、お前のための殴り込みだぞ」

「いや、あの連中やこの会社がどうなろうと、それは構わないんだけど……ケイちゃんのテンションが高すぎるのが、ちょっと」


 言われてみれば確かに、らしくない行動だろう。

 この時代の俺としても、その後の俺としても、本当にらしくない。

 だけど、楽しい――たのしくて、自然と笑顔になる。

 思うがままに、やりたいように、自信の感情に逆らわずに動く。

 それだけで、こんなにも爽快になれるのか。


 ペンチでバチバチと、各種コードをデタラメに切断する。

 ファックス付きの多機能電話機は、床に叩きつけた後で蹴り壊す。

 5インチのフロッピーを使うPCに、木刀の三連撃を叩き込む。

 そんな作業に没頭する俺に、瑠佳が心配そうに声をかけてきた。


「また超ヤバい感じの笑顔が出てるし……私がいなかった中学時代、どんな荒れ果てた生活してたの」

「中学? 普通……っていうか、地味だったぞ。人を殴ったり蹴ったりするのも、子供の頃のジャレ合いを抜かしたら、今日が初めてだ」

「……はぁ」


 まったく使用していない呆れ顔をした瑠佳が、溜息と相槌あいづちの混合物のようなものを返してくる。

 この時代でも、ジト目と呼ばれるような表情は存在してたんだな……

 ともあれ、嘘はついていないが、本当のことを言ってもしょうがない。


 実は何十年も未来の俺が、今の俺の中には入っている。

 そんな告白をしたら、黄色い救急車とかを呼ばれかねない。

 どうやって呼ぶのかは知らないが。

 一通りの破壊活動を終わらせた頃、嶋谷が困り顔で訊いてきた。


「あのぅ……オレは、どうすれば」

「もう案内もいらんか……帰っていいぞ、と言いたいところだが、そうすると俺らの帰りの足がなくなる。というワケで、今後の身の振り方でも考えながらココで待機だ」


 そう命じた後、バックレないよう車の鍵を没収しておく。

 タコさんウインナーのキーホルダーがついた鍵をコチラに渡しながら、嶋谷が重ねて訊いてくる。


「終わった後は、やっぱり……逃げた方がいい、ですかね?」

「俺があんたの立場なら、今日中に有り金を持って遠くに逃げる」


 嶋谷は、今更ながらに自分の置かれた状況を自覚したらしい。

 胃の辺りをさすりながら、捨て犬感に満ちたすがる目を俺に向けてくる。

 残念ながら、チンピラ共とつるんで悪さをしてきたであろうクソボケに、アドバイス以上の優しさを発揮してやる気分にはなれなかった。

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