モブキャラ人生が終了したら二周目が始まったんで、今度は主人公になりたい

第9話 「そもそも、女体盛りはエロいのか？」

　店を出て三分ほど歩いた先で、店員は足を停めて四角い車を指差す。

　四角いライトが縦に並んだ、何とも懐かしいタイプのハイエースだ。

　運転席でエンジンをかける店員に続き、俺と瑠佳もドアを開けて乗り込む。

「目的地までは、どのくらいだ」

「混んでなければ、三十分ってところ……です」

　素直になった店員に頷（うなづ）き返し、二列目の運転席の後ろに陣取（じんど）る。

　車内は嫌煙家（けんえんか）が絶叫しそうなヤニ臭さに満ちていて、足元にはタバコの吸殻（すいがら）や空のペットボトルが散乱している。

　隣に座った瑠佳（るか）も、ゴミ溜め状態な車内に辟易（へきえき）している気配だ。

「ん？　……何だこりゃ」

　尻に違和感があるので、何かと思って抓（つま）んで引っ張る。

　すると、グチャグチャに丸められたブラジャーが姿を現した。

「うわぁ……」

　ますますドン引きの瑠佳は、眉間（みけん）に皺（しわ）を寄せながら窓を開けていた。

　三列目は元からないのか改造されたのか、広々とした荷台になった状態。

　そこには薄汚れたマットレスが敷（し）いてあり、鎖で繋がった黒レザーの手枷（てかせ）や、ローションのボトルなどが転がっている。

　どんな用途で荷台が活用されているのか、想像に難（かた）くない。

「コイツはアンタの車か？　えぇと――」

「シマタニ。山のついたシマに、山のつかないタニで嶋谷（しまたに）。俺も店の買い出しとかで借りるけど、持ち主は赤地蔵連合（じぞうれん）の誰か、かと」

「そのジゾーレンっての、そんなに有名な組織なのか」

　気になっていた点を訊いてみると、バックミラーの中の嶋谷が苦笑する。

「これから売り出して行くはずだったんじゃ……ないですかね。今から行くとこの連中と組んで、ヤバい商売（シノギ）に噛み始めてたような感じで、ハイ」

「頭領（てっぺん）は野々村（ののむら）か？」

「そこら辺の詳しい事情は、オレにもどうなのか……すんません」

　色々と雑談を振ってみると、嶋谷は大体のことはペラペラと答えてくれた。

　野々村たちの組んでいる相手は、本職（ヤクザ）との関係も深い危険な連中。

　社長の貞包（さだかね）はまだ二十代なのに、何十人も部下を使って大金を稼いでる。

　そのボディガードの芦名（あしな）は、素手で二人を殴り殺した噂（うわさ）がある巨漢。

　野々村たちは、そんなヤバい組織に頼まれて人を攫（さら）ったり、拷問の真似事をして報酬（ほうしゅう）を貰ったと、あの店で自慢気に語っていた。

　あいつらは『タヌキ狩り』と称する中高年を標的にした強盗と、『キツネ狩り』と称する学生を標的にした強姦を去年から繰り返している。

「オヤジ狩りなら、流行語大賞を狙えたのにな」

「ん？　オヤジギャルがどうかした？」

「ブフッ――」

　懐かしすぎるモノを突然持ち出され、ナチュラルに吹いてしまう。

　不思議そうな顔をしていた瑠佳だが、すぐに膨（ふく）れっ面へと転じた。

「にしても、あいつら……やっぱ、トドメを刺しておくべきだったかな」

「同感だが、まぁ多少は懲（こ）りただろ」

　瑠佳はイライラを抑えきれないようで、足元のペットボトルを何度も踏んでブキベキと喧（やかま）しい音を立てる。

　俺としては、野々村たちのクズっぷりの再確認よりも、これから敵に回すであろう連中の情報が知れたのが有難かった。

「しかしアレだな、サメ子。この件の黒幕がそこまでの危険度だと、ちょっとシャレにならない状況になってた可能性がある」

「えっと……風俗で働かされたり、ＡＶに出させられたり？」

「そのくらいなら軽い方だ」

「じゃあ……ＳＭクラブとか、裏ビデオとか？」

「ヤバさの段階を刻んでくるな」

　そう返しても、瑠佳はアングラな知識に乏しいようで、あごに手を当て小首を傾げながら「動物」「大人数」「西海岸」などの謎めいた自問自答を呟（つぶや）いている。

　最後のは何なんだ、と思っていると何かを閃（ひらめ）いたような表情で言う。

「だったらホラ、あの、女体盛りとか」

「んー、それは……どうなんだ？　キツいはキツいだろうが」

「いやぁ、メッチャ厳しいって。周りが皆ごはん食べてんのに、一人だけ皿じゃん」

「皿だなぁ……でもな、そういう異常な状況で裸になってる女の羞恥心（しゅうちしん）も、一種のスパイスになってるんじゃないか」

「そうなんだ……さすがに、男の子はエッチ情報に詳しいね」

　横目でコチラを見ながら、拳（こぶし）二つ分くらい席の距離を空（あ）ける瑠佳。

　だいぶ冤罪（えんざい）を食らっている気がしながらも、ここで引き下がるのも何か違うように思えて話を続ける。

「そもそも、女体盛りはエロいのか？」

「でもヤラしい目的がなかったら、脱がす意味わかんなくない？」

「それはそうだが……馬鹿な金持ちしかやらなそうな馬鹿な真似をワザワザやる、その馬鹿馬鹿しさにグッとくる馬鹿げた感情があるのかも」

「待って、馬鹿が多すぎて混乱する」

　考えてたこともなかったが、考えてみると女体盛りは相当イカレてる。

　性的な道楽の一種だというのはわかるが、船盛りの数倍はある大量の刺身を用意して、それを人肌で温め続けるのは狂気の沙汰だ。

　もしかすると、皿役の女を氷風呂にでも漬けてから盛り付けるのかもしれないが、それはそれで別方向の狂気が芽生えてしまう。

「まぁ女体盛りはさて措（お）き、場合によっては死んだ方がマシな状況もあり得る」

「まさか、そこまでは」

「実例を出すと、俺の人間性が疑われそうでアレだが……例えば、朝から晩までこの車に乗せられて、日に二十人そこで客を取らされる、となったらどうだ？」

「それは……かなりイヤというか、最悪かも」

　荷台を指しながら問うと、瑠佳は露骨（ろこつ）に顔を顰（しか）める。

「異常な趣味の変態も、当たり前のようにゴロゴロしてる。人間の見た目をグチャグチャに壊したがるヤツ、人に自分の糞を食わせるのが何よりも好きなヤツ、男女を問わず乳幼児にしか欲情しないヤツ、生きたまま女の腹を裂いて内臓を両手で弄（いじ）り回しながら――」

「もういい！　もういいから！」

「そんなのに売り飛ばされる可能性も、そこそこあったと思うぞ」

「さ、流石に嘘っていうか、大袈裟（おおげさ）でしょ……」

　軽く青褪（あおざ）めながら言う瑠佳だが、残念ながら誇張（こちょう）はない。

　むしろ、本格派の狂人のイカレた実例は出していないマイルド版だ。

「あくまで、俺が登場しなかった場合の話だ。今はもう、心配しないでいい」

「うん……頼りにしてるよ、ケイちゃん」

　実際はどう転ぶか不透明なんだが、過去とはかなり展開が変わっているハズだ。

　ここが本当の過去なのか末期（まつご）の妄想なのか、まだハッキリしない。

　とりあえず俺は、自分が最善だと思う方向に状況を捻じ曲げていくだけだ。

「……そろそろ、目的地です」

　コチラの会話に混ざらず、しばらく無言で運転を続けていた嶋谷が告げてきた。

　俺のヒザを掴んできた瑠佳の手を、ポンと叩いて「大丈夫だ」と伝える。

　怪我はないし疲労もないから、もう一暴れくらいなら何とかなるだろう。