第7話 涙の理由②

 後ろからは、庭園でアデレイドを遠巻きに見ていた男たちが、馬三頭分ほど離れてぞろぞろと付いてきていた。

 こんなにお伴を引き連れているということは、彼女は王族の中でもかなりの身分なのだろうか。

 気にはなったが、『あなたはどんなお立場の方なのですか?』とは、聞けるはずもない。そんな女性が何故自分なんかと友達になりたいと言うのか、エレイナにはさっぱりわからなかった。

「さあ、着いたわ」

 アデレイドは部屋の入り口に着くと護衛たちを下げた。そこを持ち場にしていた鎖帷子の衛士が、一礼ののち扉を開ける。

 部屋の中はホールや廊下と違って、シンプルに白一色で統一されていた。もっとも、ここは客間という話だから、どんな客人にも対応できるよう装飾は抑えているのかもしれない。ただし、置いてある調度品からは、抑えがたい高級感が滲み出ている。

「どうぞ、ここにかけて」

 背もたれのついた長椅子まで連れていかれ、エレイナは押されるようにして座らされた。

 アデレイドは最初こそふらついてエレイナに寄りかかっていたが、最後の方はむしろ大柄な彼女にエレイナの方がぶら下がるような格好になっていた。あんなに辛そうにしていたのに、とエレイナは戸惑うばかりだ。

「あの、アデレイド様。お加減はもうよろしいのですか?」

「あなたのお陰でだいぶ良くなったわ。……いやだわ、アデルと呼んでと言ったのに」

 アデレイドは向かい側にあるひとり掛けの椅子ではなく、エレイナの隣に腰を下ろして言った。

 少し首を傾げて、しなをつくって、なんだか誘いかけるようだ。エレイナは急にどぎまぎして、長椅子の上で身じろぎする。

 アデレイドがサイドテーブルの上に置かれた呼び鈴を鳴らすと、すぐにお仕着せ姿の小間使いがやってきた。

「何かご用でしょうか」

「お茶をお願い。それから、二時間後にふたり分の昼食を」

「はい、かしこまりました」

 えっ、とエレイナは声を上げる。

「今日初めてお会いしたのに、食事まで御馳走になってしまっては――」

「いいのよ。あなたがいなかったら、どうなることかと思ったくらいなんだもの」

「そんなこと……でも、戻らないと父が心配しますので」

「それなら問題ないわ。あなたの馬車の御者に手紙を持たせましょう」

 そう言ってアデレイドは、先ほどとは別の呼び鈴を振った。すぐさま扉がノックされ、年配の男性が現れる。

「クロナージュ伯爵宛てに、急いで手紙を書いてちょうだい。それを御者に持たせるように」

「かしこまりました」

 お辞儀をした男性が顔を上げたとき、エレイナと一瞬だけ目が合った。

 白髪まじりの男性は、長めの口ひげを生やし、一重瞼の重たい目つきをしている。どことなく見覚えのある顔だが、どこかで会っただろうか。

 エレイナは記憶を手繰るが、アデレイドが話しかけてきたのですぐに中断された。

 予想していた通り、彼女はやはり様々なことに知識も豊富で、頭の回転の速い女性だ。中でも、国政や地方の状況にまで明るいのは、さすが王族といったところだろうか。この大陸の歴史についても当然詳しくて、王の宰相だった父に逐一教え込まれてきたエレイナでも、ついていくのがやっとだ。

 しばらくして、先ほどの小間使いがお茶を持って戻ってきた。一緒に入ってきた男性が毒見をして問題がないことを確認すると、お茶を給仕してまた出ていく。

「さあ、お召し上がりなさいな」

「ありがとうございます」

 アデレイドが差し出したティーカップを、エレイナは口元に近づけた。

 作法通りに、まずは香りを楽しむ。フルーツ系の甘みのある香りに内包された、薔薇のような華やかな香りが素晴らしい。

「ん……とてもいい香り」

「でしょう? 南洋のリシャス地方から海を越えて運ばれてきたのよ」

「リシャスというと、まさかあの、幻のお茶と呼ばれている……?」

「そうよ。あなたは特別なお客様だから、特別なお茶でもてなすの」

 にっこり微笑まれて、エレイナは頬を赤らめた。ほんの少し前に知り合ったばかりだというのに、すっかりアデルのことが好きになってしまったらしい。

 彼女が笑うと、まるで大輪の花が綻ぶように華やかな気持ちになった。艶めいた姿に、美しい所作、優雅な身のこなしは憧れの対象だ。それでいて自分を飾らず、屈託なく楽しい話を披露してくれる。

 そんな彼女を、好きにならないわけがなかった。母親を早くに亡くし、男兄弟の中で育ったエレイナにとっては、特に。

 アデルはお茶菓子のガレットを自ら切り分けて、エレイナの前に置いた。そしてひと口、上品な手つきでお茶を啜る。

「ところでエレイナ。先ほどはどうして泣いていたの?」

 突然そんなことを尋ねられて、エレイナの心臓はどきっと跳ねた。彼女との出会いが衝撃的で、泣いていたことをすっかり忘れていたのだ。

「それは――」

 エレイナは俯いて、落ち着きなくカップの持ち手を弄った。

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