第二話 旅立ち

 罪人ヴァンク・アウレンの旅立ちから三日後。


 彼は一先ず、補給も兼ねて狂竜の目撃情報が寄せられた「リンダルト村」を訪ねることにした。


 リンダルト村は王都から南へ百二〇キロメートル。


 竜教からは最低限の荷物しか渡されず、しかし騎士団の誰かがこっそりと仕込んでいたのか、追加で入っていた水と食料も、衛兵を誤魔化すことができる程度の量が限界であったのか、そう多くはなかったのである。


 しかし不思議なことに、少ない水と食料で歩き続けていても尚、ヴァンクが疲れを感じることは無かった。


 身体の異変に不安を覚えつつ、ヴァンクはリンダルト村へと足を踏み入れる。


「いらっしゃい、旅のお方。お名前は何と言うんですかな?」


 すると親切な村の老人が、ただの旅人であると勘違いしたのか、ヴァンクを迎えた。


 しかし、罪人ヴァンク・アウレンの名は国中へ広まってしまっている。


「えっと……。僕は『ヴァーニア・ケルン』と言います。数日、ここに留まらせて頂きたくて」


 そこで、ヴァンクは偽名を使うことにした。


「それはそれは、お疲れのことでしょう。私は村長の『アラフ・リーバー』と申します。よろしければ、私の家へ泊って行って下さい。ささ、こちらへどうぞ」


 老人は、ヴァーニアと名乗るヴァンクを自宅へ案内する。


 この時世にしては親切な老人に関心しつつ、ヴァンクは老人へついて行くことにした。


「大変な時なのに、ありがとうございます」


「大変?大変とは、何がですかな?」


「狂竜ですよ。目撃情報があったって聞いたんです」


「はて。キョウリュウ、とな……。確かに、若い者から何やら妙なものを見たという話は聞きましたが、私には何のことかさっぱりですな」


「そうですか……」


 小さな共同体の老人、それも村長といえば、情報通なイメージがあるというのは、万国共通である。


 しかし、その村長が何も知らないとなると、子供が肝試しのネタとして流したデマか、或いは竜教に嵌められたか……。


 思考を巡らせるヴァンクだったが、これ以上に何もヒントが無い以上、旅人として身分を誤魔化すことができている間に、聞き込みを続けて正体を突き止めるしか無いと悟った。


「さあ、着きました。ここが私の家です。狭いですが、入って入って」


「ありがとうございます」


 家の中は、至って普通の装飾だった。

 レンガの壁に木のイスやテーブルがいくつか並んでおり、壁沿いに棚が並べられている、シンプルな造り。

 村長の家にしては小ぢんまりとした平家である。


「まずはお食事を用意しますね。それからお風呂と寝床も用意しましょう。折角の客人だ、もてなさなくては」


「あ、あんまり気を遣わなくてもいいのに」


「いやあ。……息子が生きていれば、ちょうど貴方くらいの孫がいたハズだったものですから。つい張り切ってしまって」


 そう言われてしまっては、断るのも逆に居心地が悪いものである。

 ヴァンクは促されるままに食事をとり、入浴し、ベッドに寝転んだ。


「……これからどうしよう」


 すっかり日も暮れ、しかし焦りによるものか、ヴァンクは寝つくことができない。


 窓の外は、星一つ見えない曇り空。

 そんな中、「ギィ、ギィ」という音が、扉の向こうから聞こえてくる。


 ヴァンクは耳を澄ませた。


 その音はやけに重く、引きずるような足音に聞こえる。

 この家に住んでいる村長のものとは、とてもではないが思えないものだ。


「……何だ、この足音は……!?村長のものじゃあない!重く、大きく、そして……不安定だ……何があった!?」


 ヴァンクは急いで飛び起き、寝室の扉を蹴破るように開けてリビングルームへ。


 するとそこには、


「……クゥゥゥゥゥ」


 一人、否、一体の狂竜。


 顔と胴体、そして左腕は人間のそれだが、右腕と両脚は、俺がどうやら「そうなっていた」らしい、おおかた人と同じ形で、しかし三本指の竜のものである。

 そう、ヴァンクは確信した。


 そしてかろうじて人間の形を残している部分のそれは、俺を丁寧にもてなしてくれた村長のものであると。


 ヴァンクは思った。

 そして、叫んだ。


「……クソ、この嘘つきジジイがァァァァァァァァッ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る