第一章 竜なる者

第一話 追放

「これより、判決を言い渡す!」


「ハイ」


「ヴァンク・アウレン。数々の証拠と証言によると、お前は己の意思とは無関係ではあるものの、竜の心臓を喰らい、飛竜ジルに成り代わった。そして、人の形をした不完全な竜となったお前は、屋敷の者達では飽き足らず、訪れた騎士団の者までを手にかけた。これは竜への冒涜であるというだけではなく、大量殺人という点においても、大いなる罪である!よって竜教を破門とし、アルディラ王国から永久に追放の身とする!」


「……ですよね」


 事件から一週間後。


 ヴァンクは地下牢から竜教の総本山であるアルディラ神殿へと連行され、判決を言い渡された。


 竜教からの破門、そして王国からの永久追放。


 この判決は即ち、王国内全ての共同体からの出入り禁止宣告。

 いつどこで、誰に殺されても文句は言えない、ということを意味する。


「……と、言いたいところだが。大司教様より、直々にお言葉があるそうだ。まずは、それを聞くが良い」


 しかし此度の事件は、そう単純にカタがつく話ではないようであり、竜教のトップである大司教から、始末についての言及がなされることとなった。


「そうですか。それはありがたい」


 カーテンの奥から現れた大司教は、「コホン」と咳払いをして、話を始める。


「初めまして、ヴァンク・アウレン君。私は大司教の『マティル・アンディパス』だ。突然だが、君に頼み事があってね」


「はい、何でしょう」


「君は不本意とはいえ、大きな罪を犯した。失われた飛竜ジルも、民の命も戻ってこない。しかし……その力が、かけがえのないものであるというのもまた事実だ。君……巷で騒ぎになっている、『狂竜』の話を知っているかね?」


「聞き覚えはあります」


 狂竜きょうりゅう


 ここ数年の内に突如として現れては世間を騒がせている、人と竜の特徴を歪に併せ持つ、怪物である。


「奴らは非常に強力でね。正直、訓練された王国の兵士達でさえも手を焼く程だ。そこで、だ。私達は、奴らを根絶やしにすることができるであろう方法を知っている。その儀式を行うために必要なものを君には集めてもらいつつ、出来る限り多くの狂竜をしてもらいたい。勿論、相応の報酬は用意するつもりだ」


「……命が延びるなら、いいですけど。何を集めれば良いんですか?あと、報酬っていうのは?」


「オイ、無礼だぞ!言葉遣いを改めろ!」


 一週間で、人は変わるものである。


 全身に鎖を巻かれた状態で一週間を暗い牢獄で過ごしたヴァンクに、元の快活な少年の面影は無かった。


「いいんだ、ディグ司教。……君が集めるべき物は、君が取り込んだ『飛竜ジル』のものと、私達が保管しているもの以外に五つある『竜の心臓』だ。……つまり君には、その竜の力を以て、我々の信仰対象である竜の内、おそらくこの国に残っているであろう五体を倒してきてもらう必要があるわけだ」


「……キツイですね。やりますけど」


「その返事が改めて聞けて嬉しいよ。報酬についてだが、国王と協議した結果、破門と追放の取り消し……ということになった。さらに、狂竜を倒した成果に応じて、現金なり土地なりで、追加報酬も支払うつもりだよ。どうだろうか、受けてはもらえないかな?」


「……分かりました」


「よろしい。では、本日はこれで……」


 後ろへ向き、カーテンの奥へ戻ろうとする大司教。


「待って下さい、大司教」


「ン?何かな」


 しかし、ヴァンクはそれを呼び止めて言った。


「リリアは……妹のリリアは、大丈夫なんですか!?」


「ああ。リリア君なら、グウィーク家に保護されているよ。君の母が生まれた家だ、分かるだろう?」


「グウィーク家……。そう、ですか」


 その名前を聞いたヴァンクの顔は露骨に曇る。


「ええーと、何か、気になることでもあるのかな?」


「……いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


 しかし、誤魔化すように首を振り、ヴァンクはひとまず騎士団の元へ送られるよう、自らその身を衛兵へ差し出した。


 この日から、一ヶ月間の過酷な特訓が始まった。


 ラヴィルは伯爵の爵位を持つ領主でありながら、優れた戦士であった。

 故に、飛竜ジルにも引けを取らなかったのだろう。


 しかし、ヴァンクは違う。


 父親にも劣らない才能こそあれど、訓練も受けてはいたものの、彼はまだまだ未熟であった。


 そこで一ヶ月、アルディラ王国騎士団選りすぐりのメンバーで構成されたチームによって、ヴァンクは戦士を名乗るに足り得る最低限の知識と動きを叩き込まれた。


「うぁぁ!」


「まだまだッ!そんなものでは、狂竜には手も足も出ねぇぞ!」


 全身が傷だらけになり、至るところから出血しても尚、彼らは手を緩めなかった。

 暫定的にとはいえ、罪人を相手にしているのだ。

 憂さ晴らしの意味もあったのだろう。


「はッ!やッ!それッ!」


「隙アリだッ!角度が甘いんだよ、角度がァ!」


「いいや、これは罠ですよ!それ、突きッ!」


「おおっと!今のは少し良かったぞ!だがまだだッ!」


 しかし、それでもヴァンクは折れなかった。


 日に日に力を増し、技に磨きがかかり、立ち回りを覚えていく。

 若く才能に溢れた身体に、それはさして難しい話ではなかった。


 ヴァンクは、ここで終わる訳にはいかなかったのだ。


 必ず狂竜を全て殺して、自由の身となってリリアを迎えに行く。


 そのために、ヴァンクは努力を惜しまなかった。


 そして一ヶ月後、旅立ちの日。


「じゃあ、行ってきます」


「おう。……気を、つけてな」


「ありがとうございます、団長」


「べ、別に心配なんざしてねぇよ!とっとと行け!」


「はい、それじゃあ」


 王都の裏門から、その少年は旅に出た。


 歪なる竜を殺す旅。


「……寂しくなりますね、団長」


「なんだかんだで、途中から気に入ってたんでしょう?アイツのこと。兄弟みたいでしたよ、団長とアイツ」


「う、うるせぇッ!俺は戦士として、アイツを認めただけだ!人間として認めた訳じゃねぇ!アイツは竜を喰らい、同胞を傷つけた罪人だ!」


「ま、そうですけどねぇ。でも、本人の意思じゃあないんですし、恨めませんよ」


「無事に帰ってくるといいですね、団長。その時には、アイツの席も用意してやりましょうよ」


「……ああ、それもいいかもな」


 彼らはヴァンクの姿が見えなくなるまで、裏門に留まっていた。


 ヴァンクは一度も振り向くこと無く、固い意思を胸に、どんどん小さくなっていく。


 その後ろ姿は夜明けに輝く、明星のようであった。

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