竜聖 -Dragons Legion-

最上 虎々

プロローグ

竜殺しの子

 アルディラ王国、建国より九百年余り。


 王位が先代のソルマ・サートゥスから、息子のキルト・サートゥスへ渡って九年後。


 アウレン伯爵家にて、事件は起こる。


「父さん、外を見て!」


「大変なんだよ、パパ!」


 領主の子供である少年少女、兄の「ヴァンク」と妹の「リリア」は、真っ青な顔を引っ提げて執務室へ飛び込んだ。


「何だ、どうした。ひとまず落ち着いて、冷静に話してみなさい」


 二人を宥めようと近付く領主、「ラヴィル」。


 しかし、ヴァンクとリリアはラヴィルの袖を引き、口をそろえて言う。


「竜が出た」


 と。


 すぐさま剣を手に取り、ラヴィルは二人が指差した外へ出る。


「……これは」


 この国には、竜の伝説がある。


 その昔。


 この地には竜があった。


 竜は増え、しかし戦いの中で数を減らし、それはいつしか誕生した人類にとって畏怖の対象になった。


 そして人が増えていく中で、人前へ姿を現す竜は「邪竜」として恐れられ、かつて崇拝されていた人間達によってその命を絶たれることとなった。


 アルディラ王国の成り立ちは、竜の滅びの歴史である。


 この国に名を轟かせた戦士、「竜殺しのレグ」。


 彼は千年前に多くの竜を殺し、アルディラを建国へと大きく前進させた英雄である。


 それから間もなく建国されたアルディラ王国は国教を「竜教」とし、竜殺しのレグでさえ手を出すことの無かった名のある七つの竜を崇め、安寧の象徴とした。


 それから時は流れ、竜を見た者が死に絶えて久しい時代。


 アウレン伯爵領へ、突如として訪れたのである。


 それは七つの竜が一つ、「飛竜ジル」。


 目撃情報が少なく、しかし驚くべき速さで飛び回る姿が目撃されたそれは、いつしか「飛竜」として崇められるようになった。


 そんな竜が今、目の前にいる。


「どうしよう、父さん……!」


「兵士達には今、準備をさせている!それまで俺が時間を稼ぐから、二人は隠れていなさい!」


 しかし、ジルは眼前で剣を構えているラヴィルには目もくれず、その奥に隠れているヴァンクを見つめている。


「グゥゥ……」


「どうした!私の子供達はやらんぞ!」


「ヴヴヴ……ヴァァァァァァァ!!!」


「来い、飛竜ジル!!!」


 ラヴィルは自身の胴体よりも大きい剣を構え直し、飛び上がった。


「カァァァ……」


 口を大きく開いたジルはブレスの構えをとる。


 ラヴィルは飛んだ勢いを殺さず、宙を舞ってジルの背後へ。


 しかしジルは大きく翼をはためかせ、ラヴィルを吹き飛ばしてしまった。


「ぬおおッ!?」


「ヴヴヴ!」


 そしてラヴィルの着地に合わせて、ジルはその尾を振るう。


 ラヴィルはその尾を剣で防ぎ、しかし威力までは殺し切ることができなかったのか、そのまま吹き飛ばされてしまった。


「パパ!」


「ぼ、ぼくも戦わなきゃ……」


「あんたが行っても意味無いわよ、バカ兄貴!」


「何だと!ぼくだって訓練は受けてるんだ!父さんを助けないと!」


「邪魔になるから行くなって言ってんのよ!それに、パパはアタシ達を守るために戦ってるんでしょ!」


「でも!」


「……アタシもアンタも、弱って死んだママが遺したものってのは、知ってるでしょ。パパにとってアタシ達を守ることは、死んじゃったママが遺したものを守ることだって、何回もパパに言われたじゃない!」


「……くそっ!」


「もどかしいのは分かるわよ。バカ兄貴の気持ちなんか解りたくないけど、それでも……アタシ達は死んじゃダメなの」


 妹のリリアに引き留められ、ヴァンクは台所からかすめ取ってきたナイフを引っ込める。


 もどかしさに震えるヴァンクは、リリアに押し込まれるように屋敷の奥へと連れられていった。


 一方、吹き飛ばされたラヴィルは受け身をとり、剣を構えて力を溜める。


 そして、再び迫るジルの懐へ潜り込み。


「るぉぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 一刀のもとに、腹部を真っ二つに斬り裂いた。


「ギャアアアアアアアアアアア!!!」


 瞳孔を開き、ラヴィルは深く息をする。


 兵士達を待つ間もなく、極めて短い時間に勝負は決した。


「……勝った。勝った、のか……?……うん、勝ったな、勝ったよな。よし!!!勝ったぞ、皆ー!!!」


 伝説にしか語られることの無かった飛竜ジルは、ラヴィル・アウレン伯爵の刃に屈したのである。


「やった、の……!?」


「やったー!父さんの勝ちだぁぁぁぁぁ!!!」


 その様はあっけなく、死骸から摘出された竜の心臓はひとまず屋敷で保管されることとなった。


 しかし、ラヴィル伯爵だけは、その手ごたえに妙な違和感を感じていたらしく。


 その晩、夕食の際に彼は二人の幼子に口を開いた。


「なあ、変なこと言うようで悪いんだけどね。あの竜……妙だったんだよ」


「どうしたの、パパ?」


「妙って?」


「……いや、あの竜……何か、本気じゃなかったというのかな。わざと、僕に殺されにきたような……そんな気がするんだ」


「ええ?何で?」


「意味が分からないよな。僕にも訳が分からないよ。……神話の飛竜様が何で、屋敷を襲ってきたのかは分からないけど……何か、考えがあったのかも知れないと思ってね」


「うーん……?」


「不幸の前兆かしら?」


「そうかも、しれないね。……ごめんね、二人とも。変な話をしてしまったね。さあ、早くご飯を食べてしまって、今日はもう寝よう!」


「そうね!でも、とにかく無事でよかったわ、パパ!」


「父さん、すごくかっこよかったよ!」


「照れるじゃないかぁ。あっははははははは!」


 数日後には、王国の騎士や竜教の司教達が、飛竜ジルを一目見ようと大勢やってくる予定だ。


 その準備を始めるため、明日に備えて早く寝ようと、急ぐように夕食へ手を付ける。


 しかし、メインディッシュのグリルを食べ進めた三人に、早くも異変が起こった。


「……ぐ、ぼく、の、身体が……!」


「何なの、こ、れ……!?」


「お、ぐはぁっ!」


 三人は食堂に倒れ伏し、中でもラヴィルは、口から大量に血を吐いて悶え始める。


「父、さん……!」


「パパ、大丈、夫……!?」


「ご、あ、がぁっ!!き、貴様、料理に、何を入れた……!!!」


 ラヴィルは、テーブルの側でほくそ笑む料理人を睨む。


 毒でも入れられたのだろうか。

 しかし、毒見は異変を感じていないようであった。


「いーやいや、毒の類は何も入れておりませんよ。ただ、食材には少し秘密がございましてね。毒見は上手く誤魔化しておきましたぁ」


「な、何、だと……!」


「ああ、言い忘れておりました。本日のメインディッシュは……『飛竜ジルの心臓のグリル』でございます。お三方が違和感を抱かぬよう、きちんとカットしてご提供しておりますので……なぁぁぁんにも!気付かなかったでしょう!」


 料理人は高笑いを始め、テーブルを蹴り倒す。


「な、何だと……!!!?う、ごばぁっ」


 大量に血を吐いたラヴィルは、体内から突き出る竜の鱗に全身を裂かれ始める。


「父さん!」


「うーん……。どうやら、ラヴィル様はダメそうですかぁ。一方で、ヴァンク様とリリア様は……おかしいですねぇ。竜の心臓を喰らっておいて、ここまで平気なものでしょうかぁ?」


「う、ううぁ……!だ、誰の、差し金……だ……!」


「それは言えませんよぉ。ただ……ちょっと、カネを積まれまして」


「愚劣、な……げばぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「パパァァァァァァァァァッッッ!!!」


 断末魔のような叫び声をあげるリリア。


「うるさいですよッ!」


「きゃぁっ!!!」


「ガキの大声は不愉快ですッ!」


「ぁぁぁ、ぁ……」


 料理人はそんなリリアの顔を蹴り飛ばし、さらに足へ体重をかけて踏みにじった。


「父さん、リリアッ!!!クソ、クソ……クソオオオオオオオオオオオッッッ……!」


「フン。そうです。大人くし、始末されておけば良いのですよ。公には、この件は事故として処理してもらいます。そうすれば、私は……ハハ……ハハハハハ……」


 ヴァンクは嘆き、声にもならない叫びを喉で抑え込む。


 しかし、自らの身体に起きた異変とともに、それは間もなく爆発することとなった。


「………………ヴ、ヴヴヴ」


「な、何が……?ま、まさか、これは……!?」


「あ、兄貴……?」


「ヴアアアアアアアアアアア!!!」


 倒れていた少年は、いつの間にか料理人とリリアの視界から消失している。


「ひ、ひぃぃぃ……」


 代わりにそこへ立っていたのは、全身に鱗を纏い、手足に鉤爪が現れ、飛竜ジルに瓜二つな顔をもつ人間。


「ヴァァ!!!」


「ぎゃああああああああっ!」


 ……ここで、ヴァンクの記憶は途切れている。


 隙を見て屋敷を逃げ出したリリアが言うには、父ラヴィルが死んだ直後に現れた「人の形をした竜」が、一夜にして屋敷の人間を皆殺しにしたのだという。


「グヴヴ……ヴアアアアアアアアア!!カァァァッ!!」


「な、何だコイツは!?」


「まだ竜がいたなんて聞いてないぞ!」


「屋敷も消失している!」


「何だと!?ラヴィル伯爵はどこへいるのだ!」


 そして、それから数日後に王国騎士団と竜教の幹部達が到着するまで、文字通り三日三晩、その「人の形をした竜」は屋敷周辺を暴れまわっていたそうである。


 多数の死傷者を出した謎の竜は、仮称を「人竜ジル」とされ、確保及び拘束された後に王都へと送られた。


 一方で残された娘のリリアは、故ラヴィル伯爵の妻が生まれたグウィーク子爵のもとへ預けられ、自体の全容が明かされるまで保護されることとなった。


 アウレン伯爵家が一晩にして潰れたという話は、瞬く間に王国中へ広まり、そして故ラヴィル伯爵の息子であるヴァンクが行方不明となっている件についても、疑念が深まるとの声もまた、たちまち広まった。


 そんな中、渦中のヴァンク・アウレンは。


「……アー。どうしようかな、これ」


 王都ティルフィアの竜教本部、その地下にある秘密の牢にて、全身を拘束されていた。

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