買い物は、とても大変でした

 「う、嘘だろ……、はぁ、はぁ、す、スーパーって、こ、ふぅ、こんなに遠いのかっ。ようやく着いたー!」


 漕いでも漕いでも目的地が見えてこず、道しるべの看板があらわれる度に伊吹をぬか喜びさせた。


(5Km先右折とか、5キロ走って右折したら目的地だと思うだろーが)


 心の中で悪態をつきながらようやく着いたときの所要時間は、林の小屋を出てから1時間と少し。途中、坂道もあって広大な大地に文句も言いたくなる。ロードバイクから降りて、タオルで汗を拭く。ずっと胸ポケットに入っていたコロポックルに視線を落とす。心なしかコロポックルも赤い顔しながら、荒い呼吸をしながらぐったりとしていた。


「おい、大丈夫か?」


 ポケットの中からつまんで外に出す。虚ろな目で伊吹を見つめている。

 これは、ヤバイんじゃないか? 熱中症とか脱水症状とか、そんな類いのやつでは。そもそも妖怪も脱水症状とかあるのだろうか。リュックを背負い、急いでスーパーの中に入る。自動ドアから店内に入った途端、エアコンが効いていて涼しかった。外との気温差がすごいが、熱を持っていた体からは汗が引いていくのを感じた。とりあえず、店内の座れるところを目指す。途中自動販売機で、スポーツドリンクを購入し、人目のつかない場所に腰を下ろした。

 ベンチにコロポックルを座らせ、ペットボトルを開ける。蓋にスポーツドリンクを少し注ぎ、コロポックルに渡す。


「熱かっただろ? とりあえず、水分補給」

「ん……」


 小さく頷いた後、両手で大事そうにペットボトルの蓋を持ち、ゴクゴクと飲む。一気に飲み干したのを見届けて、「もう一杯いるか?」と声を掛けると、両手で伊吹に蓋を戻す。なみなみと注ぎ、再び蓋を渡した。結局、5杯飲んだ後、口元から少し垂れたスポーツドリンクを拳で拭っていた。


「ぷはぁー、生き返ったぁ」

「もういらないか?」

「大丈夫です。これ以上飲んだら逆流しそうです。でも、これすごいですね、飲むと体に染みこむみたいな」

「企業努力ってやつじゃね? でもさ、俺の体温も直に伝わるし、俺よりもコロポックルの方が暑かったよな、ごめん」

「いえいえ」


 手を横に振り、ニコッと笑う。


「体が落ち着いたらさ、目的のものを買おうぜ」

「穴を掘るものですね」

「穴を掘るものって……、スコップな」


 少し休んだ後、再びコロポックルを胸ポケットの中へ戻し立ち上がった。上りエスカレーターの前にあった館内図を確認すると、百円均一がある。エスカレーターを上がり、目的の店へと向かう。園芸用品にあるだろうか、と上に掲げてある看板を頼りに、時々俯いてコロポックルに小声で話しかけながら園芸コーナーを目指す。

 前から歩いてきた人と伊吹の肩がぶつかる。


「すんませ……ん」


 伊吹が謝る前に、ぶつかった女がチッと舌打ちをした。舌打ちに面をくらってしまい、口を開いたまま次の言葉が出ずに反応が遅れる。


「鈍くさいわね。気をつけなさいよ!」


 不機嫌さを隠さず、攻撃的な言葉を伊吹に浴びせる。


(怖っ!)


 こっちも反論すると拗れると接客業の勘から、下手に出る。


「すみません。少し下向いてたもので。気をつけます」

「ふんっ。謝ればなんでも済むと思わないでよね」


 女はそう言うと、肩で風を切るように早足で歩いていく。

 後ろを振り返り、小声で「怖い女だな、あんな女と付き合うと大変な目に合いそうだ」と、呟く。その呟きを肯定するようにコロポックルは小さく頷いた。

 あの女のせいで気分が悪くなったが、目的の物を購入しに来たんだ、と気持ちを入れ替えていた伊吹は、目をしばたく。


「は?」


 目を凝らすようにしながら、さっきの女を見やる。


(黒いモヤ?)


 すれ違った時には見えなかった黒いモヤが、今は彼女を覆っている。一瞬のうちに人がモヤに覆い尽くされることがあるのだろうか。今までそんな人を見たことがなかった。急にモヤはが発生したのだろうか、でもなぜだ? と、次々疑問が浮かぶ。


「なぁ、あの女の人……」


 コロポックルにも伝え、変なところがないか確認してもらう。


「あっ……」

「なんかわかるのか?」

「わかんないけど、なんか嫌な感じしますね」

「……だよなぁー。ビャクの言うところの淀みか。あの人に俺は絶対近づかないぞ」


 たくさんの淀みに触れるとまたあの時のようになってしまう。人が多いところはなるべく避けた方がいいかもしれないと思った。


 急いで目的のスコップと軍手を購入して、店を出る。時計を見ると、すでに4時を過ぎていた。ここからあの場所に戻ることを考えると6時近くなるな、と帰りの所要時間を考え、ため息を吐く。ポケットの中の同行者に、「提案があるんだけど」と、話しはじめた。



 伊吹の提案を快諾してくれたコロポックルは、自分の穴ぐら近くまで伊吹を招き入れてくれた。

 土だけの部分と葉が敷き詰められた場所がある。コロポックルは、葉が敷き詰められたところに隠すように穴を掘り、上から葉で蓋をしているとのことだった。ちょっと待っていてと言われ、近くにあった木の切れ端の上に座って空を見上げた。

 さっきの出来事を思い出していた。急にモヤが発生するなんて。気ままな一人旅で、人に積極的に触れあうことはしていなかったが、スーパーでぶつかった女のように、いつ黒いもやが出ている人と出会うのかわからない。でも、あのくらいの接触であれば、ビャクがいう淀みの受け皿だとしても大したことはないだろう。いつ受け皿が満タンになるのだろうか。

 出来るだけ街の中を走らずに人を避けるか、と考えるが、それは寂しいかと思い直す。

 項垂れた伊吹は、深く長いため息を吐いているとコロポックルから声を掛けられた。


「お待たせしました」

「おう」


 顔を上げて声の先を見て目を見開いた。

 同じ顔、同じ背丈のコロポックルが3体いた。かろうじて、伊吹に話しかけているのが今まで一緒にいたコロポックルだとわかるが、両隣のコロポックルは丁寧にお辞儀をして伊吹の顔を凝視していた。


「えっと、これは一体?」

「一緒の穴で暮らしてる仲間です」

「……あ、そう。つーか、コロポックル」

「「「はい」」」


 3体同時に返事をした。


「私に話しかけたんですよ? 二人が返事するとややこしくなるでしょう?」


 真ん中の伊吹の知り合いのコロポックルが、両隣に注意すると、口々に「すまない」と謝る。


「いや、俺も悪かった。俺は、伊吹。俺と一緒にいたコロポックルもだけど、みんな名前なんていうんだ?」


 伊吹の質問にきょとんとした顔して、3体とも首をかしげる。怪訝な顔をしながら伊吹は口を開く。


「いやいや、名前あるでしょうがー。君たち、なんて呼び合ってるのさ」

「右の、左の」


 真ん中のコロポックルが代表して答える。


「はぁ? それは、立ってる位置だろ? 俺は人間だけど人間って呼ばれないで伊吹って名前あるぞ。お前たちも……」


 コロポックルたちが額を付き合わせ、こそこそと内緒話をしている。話がまとまったのか、また横並びに整列する。


「「「ないです」」」

「ないのかよぉー」


 額に手をあて天を仰いだ。


「しかたないな、俺が混乱するから、右から「ナツ、アキ、フユ」な。4人いると、春夏秋冬でちょうど良かったんだけどさ」


 簡単に名前を決めた伊吹は、人差し指を1人ずつに差し出し軽く握手する。


「で、アキ、2人連れて来たのはなんで?」


 今まで一緒にいたアキに話しかける。


「私たち二人より、他の人の意見も参考になるかな、って。それに……」


 アキはロードバイクを見つめる。アキの視線を辿り、再びアキを見るとニヤッとしただらしない顔をしていた。伊吹の視線に気づいて、ハッとしたアキは、口の端からこぼれ落ちそうになったのを急いで拭った。


「あぁー、アキはあれのこと言ってるのか?」


 考えていることを読み取った伊吹は、ニヤニヤしながらアキを見る。


「飯か」

「だって、スポーツドリンクもお昼にいただいたタマゴサンドも、ものすごく美味しかったのですよ。私だけそんな美味しい思いをしてしまったら、他のナツやフユに申し訳なくて。一緒に食べさせて貰えたらな、って。あ、私たち小さいので、そんな量もいらないですし……。あの、いいでしょうか」


 伊吹がなにも言っていないのに、一気に話したアキに笑いがこみ上げる。


「そんなのいいに決まってるだろ。俺ら、もう友達だろ?」


 伊吹の言葉に見開いた目が潤んでキラキラさせるアキ。


「よし、うまい飯、食わせてやるよ」


 伊吹の言葉に、3体のコロポックルはおのおの全身で喜びをあらわしていたのだった。

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