意気揚々と現地偵察へ

「いや、待って下さい。もし、何かあったらどうするんです?」


 今にも出発しそうな勢いの伊吹を、すんでの所で止める。


「でも、コロポックルは毎日見張りに行ってるんだろ?」

「行ってますけど、離れたところからこっそりですよ。今にも掘り返しそうな勢いじゃないですか」

「アホか。そこまで俺は無鉄砲じゃねぇーわ」

「本当に本当ですか?」


 じとーっとした目で訝しみながら伊吹の顔を見てくるコロポックル。その視線に少し気まずそうに目を反らした。そんな伊吹の様子にすかさず突っ込みを入れてくる。


「あっ! 今、目を反らしましたね。やっぱり掘り返そうって思ってたんじゃないですか!」

「……やんねぇよ」

「今の間も怪しいです!」


 ギャーギャーと喚くコロポックルを鷲づかみにし、胸のポケットに押し込んだ。ポケットの中でジタバタしながら暴れているコロポックルを無視して伊吹はベンチから立ち上がる。そして、リュックを背負い、近くに止めていたロードバイクに跨がった。ポケットの中のコロポックルの頭を一撫でする。


「ほら、行くぞ。道案内よろしく」

「はぁー。しかたがないですね」

 コロポックルがため息混じりに、この人間には抵抗してもどうにもならないと思ったのか、諦めた口調で言った。


「よし、相棒出発だ」


 伊吹は、ニヤリと笑って足を掛けていたペダルに力をいれ漕ぎだした。



 5分くらい自転車を走らせると、コロポックルが「この先、左に曲がると林の入り口です」というナビさながらのかわいらしい声が聞こえてきた。


「OK、左な」


 言われた通り、左に曲がる。舗装されておらず、車も1台しか通れないような一本道が伸びていた。反対側から車が来たら、譲るのも一苦労だなと思う。そもそもこの道がどこかに抜ける抜け道だったりするのだろうか。


「ここって車よく通るのか?」

「明るいときにあんまり出かけないですけど、夜見かけたのはあの車だけで」

「ふーん。じゃあ、今も車に合うこと無いかもな」

「……たぶん」


 道が悪く、何度も轍に前輪がハマり、ハンドルが取られそうになる。ガタガタと揺れながら少し進むと、「ここを右です」と声が聞こえた。

 右に曲がると古い木造の小屋が見えた。小屋の周りは雑草が生い茂り、そこだけ陽があたらず暗い。近くまで行こうかと思いペダルを漕ぐとコロポックルが必至に胸ポケットの内側から叩いて来た。ブレーキをかけ、止まる。


「どうした?」

「どうしてあなたは、もうちょっと慎重に行かないんですか。ここから先、危険かもしれないんですよ?」

「はぁ~?」


 コロポックルの主張に素っ頓狂な声が出る。

 あの広場を出るときに行くぞ、と言ったのだから行くのは当たり前だ。ここから観察するだけでは、コロポックルが言っていた空気が重く感じる嫌な感じということも感じ取れない。そもそも自分に妖怪のような察知能力があるかはわからないが。

 こっそり遠くから観察していたというくらいなのだから、少しずつ近づいていくのは許してくれるかもしれないと思い、ロードバイクから降りた。


「わかったよ。歩いて少しずつ近づこう。で、なんか変な感じしたら教えてくれよ?」

「はい。本当に少しずつですよ? 急に走り出したら怒りますからね」

「はいはい。わかりましたよ」


 苦笑いしながら少しずつ小屋に近づいていく。


 遠くから見たときに感じたようにやはり雑草のせいで小屋の周りだけ薄暗い。じめじめした雰囲気で、心なしか空気が淀んでいる。もしかしたら、このことをコロポックルが感じ取ったのかもしれないな、と思った。


「なぁ、日陰だからじゃないか?」

「違います。日陰なら、私たちも穴の中で暮らしてますし、慣れてます。違うんです。感じませんか?」

「んー……。わかんないな。もっと近づいてみるか」


 小屋の前まで歩みを進めた伊吹は、ドアの前で立ち止まる。誰かの所有物なら、開けて入ったら不法侵入だよな、と思い、小屋の周りを歩く。小さな窓を見つけて中を覗くも、クワやスコップなどの農耕具だけで人が住んでいる気配はなさそうだった。小屋の周りを一周し、ドアの前まで戻る。


「やっぱりわからねぇな。なぁ、お前はなんか嫌な感じするか?」

「今はわからないです」

「そっか……」


 伊吹は呻きながら頭の中でこれからどうしようかと考える。やっぱり気のせいじゃないか、と言うのは簡単だけど、あんな切羽詰まった顔をしていたコロポックルを捨て置けない。せっかく自分に話しかけてくれたのだ。悩みの種を解消してあげるのが、人助け……もとい、妖怪助けになるはずだ。

 拳をギュッと握った伊吹は、決意したように真剣な顔をしながらポケットの中のコロポックルに話しかけた。


「よし! 掘るか」

「……」


 コロポックルは、上を見上げて目を見開き伊吹を凝視した。


「ん? 聞こえなかったか? 掘るぞ」

「き、聞こえなかったんじゃありません。な、なにを言ってるんですか。あなた、正気ですか?」

「正気だよ。 あっちはクワで掘ってたんだろ? 小屋の中にクワあったけどさ、拝借するのは窃盗罪に問われるかもだから、どれくらい深く掘ったかわからねぇし、手で掘ると時間がかかる。んー、近くに店あるかな、とりあえず掘る物調達に行こうぜ」

「ば、バカですか」

「あはははは。バカで結構」


 豪快に笑うと、再びロードバイクに跨がり軽快にペダルを漕ぎ出すのだった。

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