伊吹、妖怪の相談にのる

「おい。困ってることは、ちゃんと言わないとわからないぞ」


 散々どうかしたのかと尋ねてみても、コロポックルは口を割らない。聞く度に耐えるような素振りを見せながら、伊吹の洋服を掴んで俯いたままだ。

 こんな時、ビャクがいたなら素直に助けを求めたのかもしれないな、と、人間と妖怪との溝を感じずにいられなかった。

 いつまでたってもこのままじゃ埒があかないと思った伊吹は、ため息混じりに口を開いた。


「あのな、人間の俺じゃ頼りにならないかもしれないけどさ。話を聞くことは出来るし、一人で考えるより俺も一緒に考えた方が解決の糸口だって見つかるかもしんねえよ?」


 ゆっくりと語りかける口調に、俯いていたコロポックルは不安そうに顔を上げる。


「それとも、人間に話すのはやっぱり嫌か?」

「い、嫌じゃないです。嫌じゃ無いですけど巻き込むのは……。それに」


 首を振り違うと否定をして、おどおどしながらコロポックルが話し始める。


「ビャク様に手紙を書いて土の中に埋めたから、きっと来てくれるはずです。仕事がたくさんあるみたいだけど、約束は守ってくれるってみんな言ってるので」

「は? 土に?」


 手紙を土に埋めたという衝撃事実に、目を丸くしながらあんぐりと口を開けた。


「はい。土に」

「手紙、届かなくね?」 


 土に埋めただけでは、ビャクに届かないのではないのだろうか。それにビャクは、キャンピングカーで移動中だ。人間の世界の郵便配達も、住所を書かないことには始まらない。

 どういう原理なんだ? と、疑問が浮かび問いかけると、当たり前のような口調でコロポックルが話す。


「届きますよ? 知らないんですか?」

「知らねぇよ。人間が手紙だしたら、車や飛行機とか乗り物で運ぶし」

「へぇー。土に埋めると地脈を通じて手紙が届くようになってるんです」

「地脈? でもさ、ビャクは移動してるぞ? それに道路ってアスファルトだったり、土ばかりじゃねぇだろ」

「大丈夫ですよ。ビャク様の気を辿って届けてくれるし、アスファルトってやつでもなぜか手元に届くので、心配いらないです。埋めるときだけはちゃんと土じゃないとだめですけど」

「すげぇな。それって、どこの土でもいいのか?」

「一応」


 えへへ、と得意げにコロポックルは笑う。


「その手紙が届いたとして、ビャクが助けてくれるのはいつだ?」


 首をかしげ、「んー」と唸る姿を見て、ガシガシと頭を掻く。


「わかんねぇのか」


 悲しそうな目を伊吹に向けながら、頷いた。


「だよなぁー。いつ来るかわからない奴を待つより、目の前の俺だろ。せっかく出逢った縁だ。話くらい聞かせろって」

「……いいんですか?」

「いいも悪いも、俺が聞かせろって言ってるんだからさ」

「ありがとうございます。でも、無理なら無理って言って下さいね」


 コロポックルはベンチに座り直し、その日の出来事を思い出すように時々上を向きながら話し出した。


 ここから少し先の林に蕗が生えている場所があるそうで、そこから少しずつ葉を集めているコロポックルは、蕗の群生地の穴場スポットを荒らされていないかを度々チェックをしていた。


 1週間と少し前、前日まで雨が降っていたから数日ぶりに人間に見つからないように、夜中にねぐらの穴を出て蕗の様子をチェックするために散歩に出かけた。

 人間も蕗をとって料理して食べると聞いていたから、誰にも見つかってませんようにと思いながら歩いていた。すると、コロポックルの横を車が通っていった。

 こんな夜中に人間も行動しているのか、もしかしたら自分が見つけた蕗を横取りされるかもしれないと焦りだす。車に追いつけはしなかったけれど、前日までの雨のおかげでタイヤの跡はあった。その跡をを辿って車が向かった方へ歩く。

 そうやって車を見つけた。車が止まっていた場所は、コロポックルのお気に入りの蕗の群生地ではなく、ポツンと小屋があるだけだった。

 

 ホッとして、お目当ての場所の確認へ行こうと来た道を戻ろうとしたとき、小屋のドアが開いた。急いで生い茂っていた草に隠れたコロポックルは、息をひそめながら小屋から出てきた人を見やる。

 暗くて顔はよく見えなかったけれど、近くの地面をクワみたいなもので掘っていた。こんな夜中になにをしてるんだろう、と首をかしげながら、目はその人に釘付けだった。

 

 少し土を掘った後、ブツブツと独り言を言って何かわからないが地面に埋めていた。それが終わると小屋に入り、すぐ車に乗って走り去ってしまった。妖怪の自分が言うのもおかしいが、少し不気味だった。

 何度も振り返り戻ってこないことを確認して土を掘り起こしてた場所に行ってみたら、身震いをするほど嫌な気持ちになった。


 掘り起こすのも怖いし、原因はわからないけど嫌な予感がすると思ったコロポックルは、毎日のようにその場所に行って確認をしている。あの車はあの日以来、見かけてないし、今のところ大変な事態には陥っていないが、日に日に埋めた土を中心にして小屋の周りの空気が重くなっている気がする。

 けれど、掘り返す勇気はコロポックルにはなかった。

 だから、困ったら必ず助けてくれる、あやかし達の希望の星であるビャクへ手紙を書いた。今は、早く来てくれないかな、と指折り数えて待っているという状況らしい。


 コロポックルから聞いた内容で、自分に出来ることはあるのか、と考えながら伊吹は、腕を組みながら空を見上げた。


「空気が重く感じるってだけじゃ、わからないですよね……」


 チラチラと伊吹の顔色を窺いながら、深いため息を吐く。

 組んでいた腕を解き、伊吹は太ももをパンッと叩いた。


「よし! 行くぞ!」

「え? どこにです?」

「百聞は一見にしかずっていうだろ? 行こうぜ! その小屋にさ」

「えぇぇぇーー!」

 急な伊吹の提案にコロポックルは、甲高い悲鳴を上げた。


 














 



 






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