第二章 嫉妬と呪いの境界線
寄り道をして出逢ったもの
「孤独旅って、こういうことを言うんだろうな」
賑やかだった一日を経て、再び孤独ロードをひた走っている伊吹は、やっぱり変わり映えのしない景色に嫌気がさしている。自分から別れを告げたのに、人恋しい……いや、ここは妖魔恋しいなのか、少し抜けている妖魔と口うるさくて生意気なリスもとい眷属ロスに陥っていた。
しかしながら、心配された妖怪ホイホイのきらいがある伊吹だが、妖怪に襲われるという事態には今のところ発展はしていないので、なかなか順調な旅になっている。
そして、ビャク達と別れた翌日に第一チェックポイントの稚内に到着した。有名な『日本最北端の地』と書かれた石碑は、宗谷岬の北緯45度31分22秒の位置にあり、北極星の一角をかたどった三角錐を用いているらしい。とりあえず伊吹も観光客と同じように嬉々として写真を撮ってみた。誰に送る予定もないのは寂しいが、一応思い出としてスマホの中に納めている。
別れる前にビャクと電話番号かメッセージアプリの交換でもしていれば、こういう時に写真を送りあって、位置の確認や無事を確かめあえたのにとも思うも、いまさら後の祭りだ。
フェリーを下りた後、小樽から日本海側をずっと北上をしていたが、今度はオホーツク海側を南下をしている。見られる海が変わったといっても、壮大な大地と海と晴れた日の真っ青な青空はなんら変わらないのだけれど。
今日も今日とて軽快にロードバイクを漕いでいた伊吹だったが、少し先に駐車場らしきものが見えてきた。ちょうど足の張りも感じていたころだし、そこで一時休憩をとろうと思い左へ曲がった。
だだっ広い砂利が敷き詰められた広場のような駐車場にポツンと少し朽ちた木のベンチがあるだけで、殺風景にもほどがある。
「自動販売機もないのか……」
何もないことに少し落胆したが、休憩と決めたからにはロードバイクを止めて降りる。しかも、ちょうど昼時だ。誰もいないから鍵はかけなくていいかと、同じ体勢でずっとペダルを漕いでいた凝り固まった筋肉を解すように伸びをした。
「んんーっ」
両手を組み思いっきり伸びをすると、目の前にはどこまでも続く水平線があった。
海から吹いてくる風は、少しひんやりしていて気持ちが良い。
南の海と違ってコバルトブルーではない、深い青……いや、黒色にも見える海と周りの静けさに少し怖く感じる。けれど、この海には豊富な海産物があると思うと、やっぱり美味しい物を食べたいとすぐ食欲が脳に支配される。とても現金な物だなと思う。
しかも、オホーツク海に来たらホタテ貝はマスト食材だ。それに、時期は外れてしまったが、もう一ヶ月前なら北海しまえびというものが旨みが強くて美味しいらしい。旬の時期は短くてあまり本州ではポピュラーではないらしいが、一度おめにかかってみたい。でも、まずは絶対食べる予定のホタテを貝のまま焼いてバター醤油で食べたら美味いだろうな、と想像をしてみたらつい涎が出た。
危うく涎が口の端から垂れてしまいそうで、急いで口を拭う。食べ物だけではなく、一応観光らしいこともしてみるつもりだ。テレビで気になっていた紋別市にあるという巨大な蟹の爪のオブジェと記念撮影をしてスマホに保存しよう。旅の思い出は大切だ。いつか誰かに見せるかもしれないから。
そうと決めたらいつまでもここにいるわけにはいかない。昼ごはんを食べたら出発しようと考え、木のベンチに座った。
地元のコンビニエンスストアで購入した、たまごサンドとオススメされたご当地ドリンクの乳酸菌飲料のパックを取り出した。サンドイッチを開けていると少し高い鳴声が聞こえた。
眉間にシワをよせ、気のせいか? と思いながら、首をかしげる。けれど、やはり何か鳴き声がするようで、座っているベンチの下を覗き込んだ。
「うわっ!」
驚いた伊吹は、立ち上がってベンチから離れた。
訝しみながらゆっくり歩いてベンチへ近づく。そして、屈んで再びベンチの下を覗き込む。するとそこには、思いがけないものがいた。
「は? なんで、お前ここに」
キョトンとした顔で、伊吹の顔を見つめてくる。
「こないだ、あの小屋で会ったよな? 結局、怯えられたままだったけどさ」
手を伸ばし手のひらを差し出す。すると、トコトコトコと小さい歩みで伊吹の手のひらに乗る。今回は逃げないらしい。本当にかわいらしい妖怪だ。とりあえず、落とさないように慎重にベンチへと戻る。そのまま腰を下ろした伊吹は、ベンチの上に優しく置いた。
「っていうかさ、コロポックル、お前どうやってここまで来たんだ?」
思っていた疑問を投げかける。
不思議そうに首をかしげるコロポックル。
「もしかして、瞬間移動とかできるわけ? 妖怪ってそういう特殊能力とかあるのかよ。全妖怪が持ってるスキルなのか? でも、ビャクはキャンピングカー移動みたいだし、妖魔はそういう部分は妖怪より劣ってるのか?」
頭の中で色々考えていると、コロポックルは伊吹の膝の上に飛び乗って小さい手で洋服を掴んだ。
「あなた様は、ビャク様の知り合いですか?」
「へ?」
ビックリして変な声が出た。
「知り合いもなにも、お前ともこの前あっただろうが。伊吹だよ、伊吹。忘れたのか?」
今度は、コロポックルが驚いているようだった。小さい黒目をこれでもかってくらいに見開いて、伊吹を凝視する。
「仲間にあったことがあるのですか?」
「仲間って、……まさか、コロポックルは一体だけじゃないのか? 妖怪って、複数いるのか?」
「位の高い妖怪は一体しかいませんが、私たちみたいな妖怪はたくさんいます。北海道から出たことがないので、北海道以外には生息してないかもしれませんが」
「へぇー。そうなのか。勉強になるな。っていっても、どこで使う知識かわかんねえけど」
少し落ち着いたら腹が空いてきた。サンドウィッチの包装紙を破きたまごサンドを取り出す。ビャク達も人間の食べ物を食べていたのだから、妖怪も食べるかもしれないとたまごサンドの真ん中の柔らかい部分を少しちぎって差し出した。
「いいのですか?」
「人間の食べ物食べられるか? コンビニのなんだけど、ネットで美味しいって口コミがたくさんあってさ、初めて買ってみたから本当に美味しいかはわかんないけど。口に合わなかったらごめんな」
「いえいえ。ありがとうございます。大切にいただきます」
そういうとコロポックルは、小さい口を開けてたまごサンドを食べた。一口、口に入れると幸せな顔をして、食べ進める。その様子をみた伊吹も、たまごサンドを頬張った。
たまごが濃厚でパンも柔らかくてとても美味しい。口コミに書いていた評価のままだと嬉しくなる。ご当地乳酸菌飲料も少し甘いがすっきりした味わいで、こちらも美味しかった。
1人で食事をすると思っていたから、思いがけない知り合い(知り合いというのか微妙だけれど)と出会って、会話しながら食べるのはやっぱり美味しかった。味気ない食卓だと食が進まないっていうけど、本当だなと思う。
食べながら気になっていたコロポックルの生態を聞くと、穴を掘って蕗の葉を引いた中で生活しているらしい。人や動物に見つからないように葉で身を隠したり、暖をとったりするようだ。だから、この前会ったコロポックルも大事そうに蕗の葉を持ち、身を隠してたのかと合点がいく。
「あのー……、伊吹様はビャク様と知り合いなのでしょうか」
おそるおそる伊吹の顔色を窺うように尋ねてきた。
「ビャクと?」
「はい。呼び捨てで呼んでいらっしゃるようですし、それに……」
「それに?」
俯いたコロポックルは、意を決したように口を開く。
「私は、弱い部類の妖怪なので、ハッキリとわからないのですが、伊吹様から醸し出されてくる気が様々なものが絡み合って出来ていて、妖怪にはとても美味しそうに感じるので特別な人なのかな、と。それに、私のことも見えるようなので」
「美味しい?」
「はい」
コロポックルは力強く頷いた。
ビャクから妬み嫉みなどの淀みだという黒いもやを吸い取って、妖怪のエサになると聞いていたが、善良な妖怪であるコロポックルにもわかるくらいなのだろうか。恐ろしくなってブルッと身震いをする。
「お前も俺の気を吸いたいと思うか?」
伊吹の言葉に驚いたコロポックルは手を思いっきり横に振って否定する。
「滅相もございません。私たちは、大地の恵みから気をいただいています。それに、伊吹様の気は私たちには強くて害になってしまいます。強大な力を得られそうで怖くもあります……」
「怖い……、か」
「あ、伊吹様が怖いとか、そういうことでは……」
焦り出すコロポックルに苦笑いをして伊吹は、人差し指で頭を撫でてやる。
「わかってるって。ビャクは、俺が妖怪に襲われているところを助けてくれたんだよ。それっきりだから、もう会うことはないかもな」
「……そうなんですか」
明らかにガックリと肩を落としたコロポックルは、遠い目をしながら地面を見つめる。少しして立ち上がったコロポックルは、お辞儀をして去ろうとするのを、妙な胸騒ぎがした伊吹は服を引っ張り止める。
「……何か困ったことが起きているのか?」
コロポックルは、口を結び大きな涙の粒を目にためながら伊吹をじっと見つめるのだった。
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