閑話 そのあとのビャクとナギ

そのあとのビャクとナギ

「僕をどうして置いていくんだよぉぉぉぉー」


 膝をつき地面に手を付けながら項垂れたビャクは、泣き叫んでいた。

 いい年をしているくせに伊吹が出発してからは、ずっとこの調子だ。肩に乗っていたナギは呆れたようにため息を吐き、髪の毛を引っ張る。


「行っちゃったものは、しかたねぇだろ」


 いささか冷たいというか、薄情なナギの言葉にキッと睨みつける。


「――っ、冷たい。雪女のごとく冷たい!」

「そんなこと言ったって、あいつにもあいつなりの都合ってもんが……」

「でもでも、伊吹は黒いもやを惹きつけて危険な目に合うかもしれないんだよ」

「自転車で一人旅してるんだ。人間の憎悪にそうそう触れる機会ねぇーよ」

「それはそうかもだけど……」


 ナギの言葉に一理あるとは思うが、心配なのだ。

 人のことわざにもあるではないか、「二度あることは三度ある」。

 まだ一度しか妖怪に襲われていないらしいが、きっと二度三度と同じ目に合う可能性が高い。人の憎悪という淀みをなぜか集めてしまう特異体質。

 少ない憎悪なら伊吹自身で浄化をしてしまえるが、それが強い憎悪やたくさんの憎悪が重なり合ったら伊吹だけでは対処出来ない。

 だから、今回のアイヌカイセイに襲われるという目にあったのだ。

 

 危険を察知して、一瞬で伊吹の元に飛んで行けたらいいが、そのような能力はビャクにはない。せいぜい妖怪ネットワークで善良な妖怪がビャクに教えてくれるくらいだ。

 そこからキャンピングカーで出発して現場に向かうだけだが、それだと間に合うかどうか定かではない。だから余計心配なのだ。それに――。

 

 手を握ったり開いたりしながら手のひらを見つめる。

 伊吹に餃子というものをご馳走になってから、体の中がぽかぽかしている。全身の血流が巡る不思議な感じだ。


「……ごはん美味しかったし。また食べたい」

「はぁ?」


 伊吹の言葉にナギは、呆れた表情を向ける。


「ごはんだと?」

「え? ナギも美味しそうに食べてたでしょ。僕、カップラーメン以外にあんなに美味しいの初めて食べたよ?」

「そりゃあ、旨かったけどよ」

「でしょー?」


 嬉しそうにニコニコしているビャク。

 カップラーメンを知ったときの衝撃以来、全国津々浦々のご当地カップラーメンを食べ続けていたが、伊吹のごはんは、それにも勝る衝撃だったのだ。

 あたたかくて、美味しくて、いつまでも口の中に入れておきたくて。皿の中に餃子が1個も無くなったとき、とても悲しかった。また食べたいって思っても、伊吹がいないなら作って貰うことも出来ない。

 ビャクは立ち上がり、膝に付いた土を払う。


「ねぇ、ナギ」

「ん?」

「車で尾行したら嫌がられるかな?」

「はぁ?」


 なにを言ってるんだ、という顔でナギは、くりっとした丸い目をこれでもかというくらい開いてビャクを見た。


「いやいや、それはダメだろう。次の依頼も入ってるんだろ?」

「依頼はあるけど、それよりもごはん」

「つーか、お前の目的……」


 ナギの言葉に、ビャクが眉間にしわを寄せ苦々しい表情になる。


「……あっ」


 思い出したように止まったビャクは、深く長い息を吐く。


「……そうだね。僕にはやらないといけないことがあるもの」


 ビャクは、ゆっくりとキャンピングカーへ戻り運転席のドアを開けて乗り込む。

 エンジンを掛けた後、ナギが重要度が高い順番に並べてくれている次の依頼の紙を開き、目的地をカーナビに入れた。


「辛気くさい顔してんなよー。俺たちの使命は淀みの浄化だ。ほら、出発しようぜ!」


 ダッシュボードの上に乗ったナギの号令と共にビャクは、後ろ髪引かれる思いを断ち切るように短くも深い溜め息を1つ吐き、アクセルを踏むのだった。

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