手料理を召し上がれ!
包丁で野菜を刻んでいた手を止めてゆっくりと呼吸をした後、振り向く。すると、背中にピッタリとくっつきそうなくらい近くにいるビャクと、そのビャクの肩に乗ったナギが目を爛々とさせ、伊吹の手元を覗き込んでいた。
「あのな、包丁を持ってるときは危ないって言っただろ?」
「えー、でも何作ってるか見たいし、ダメ?」
目をうるうるさせながら首をかしげる姿は、あざとすぎる犬みたいで、これ以上強く言えなかった。なんか負けたような気すらしてくる。けれど、もう一匹の方は平常運転のようで、伊吹のすること1つ1つにケチをつけてくる。
「監視してないと、ビャクの害になるものを入れそうだからな」
それなら食べなければいいと言うと、毒味役は必要だと言ってくる。結局食べたいのかよ、と苦笑いしながら調理に戻る、というのを先ほどから幾度となく繰り返している。でも、包丁を使っている時は、怪我させてしまう恐れもあるし、出来れば近づいて欲しくない。どうしたものか、と思っていると、良い案が閃いた。
「そうだ。ビャク、手伝ってくれないか? とりあえず、そこのテーブルをこれで拭いて座って待ってろ。すぐ用意が終わるから」
水で濡らしたふきんをビャクに渡す。嬉しそうに頷いた後、テーブルを念入りに拭いていた。それも、何度も何度も。
その間に伊吹は、キャベツとニラの粗みじん切りを始めた。横目でビャクの様子を見ると、すでに拭き終わって行儀良く座っていた。そろそろ次の仕事を与えてやらないと近づいてくるかもしれないと、ボウルに豚挽肉と塩こしょうを振りかける。
「ビャク、手洗ったか?」
「うん、机拭いた後に洗ったよ」
それなら、とテーブルの上に濡れふきんを置き、その上に豚挽肉が入っているボウルを置いた。
「これを捏ねて欲しいんだけど、出来るか?」
「捏ねるって?」
「その豚挽肉を片手で練ってくんだよ。少し粘り気が出てくるはずだから」
「わかった」
ビャクは右手で豚挽肉を捏ねていく。「冷たい」とか、「ベタベタする」とか、騒ぎながらも言われた仕事を全うしているようだった。伊吹の方も、刻んでいたキャベツとニラが出来上がったので、まな板に載せたそれを持ってテーブルへ行き、ボウルを覗き込む。
少し白みがかって、粘りもでてきていることを確認し、ビャクにもういいよと伝えた。
まな板の上の野菜をボウルに入れ、水で戻していたホタテの貝柱も解して入れたら再び捏ねるように伝える。良い感じに混ざり合った頃合いを見て、再びストップをかける。
「ビャク達は、ニンニクやショウガは大丈夫か?」
「うん。大丈夫。ナギも平気だよね?」
ナギは頷く。それなら大丈夫か、と、ショウガとニンニクのすりおろし、砂糖、醤油、オイスターソース、ごま油の調味料も入れて、再び捏ねてもらった。良い感じにタネが出来上がったら、ビャクの指についた挽肉を取って貰い、手を洗って来るように伝えた。
その間に伊吹は、スーパーで買ってきた餃子の皮を準備する。いつもカップラーメンしか食べてないビャクに、餃子を食べさせたかったのだ。野菜嫌いと言っていたが、細かく刻んで肉と一緒の餃子なら食べられるはずだ。
それに北海道にいるんだからと良いダシの出る、ホタテの干し貝柱も入れた。餃子を焼いている間に、戻した汁でスープも作ろうと考えている。
手を洗って戻ってきたビャクに餃子の包み方をレクチャーする。最初はうまくいかずに、タネを欲張っていれるものだから肉がはみ出してしまったが、要領を掴んでからは、餃子作りマシーンのように量産している。
「これ楽しい! 早く食べたいー」
嬉しそうな顔をしているビャクを見て、自然と笑みがこぼれる。
ビャクが包んでいる間に伊吹はフライパンを熱して、出来上がった餃子から焼き始めた。車内だとどうしてもガスの取り扱いは怖いからIHクッキングヒーターがあって助かった。ガスと違い少し火力が弱いが、きちんと羽根つき餃子にしてあげようと思いながら焼く。
餃子を包み終わったビャクに箸と皿を用意するように伝えた。焼き上がった餃子を大皿に載せ、テーブルに置く。干し貝柱の戻し汁を使ったかき玉スープもあっという間に作ってテーブルに置いた。そして、醤油と酢とラー油も準備して餃子のタレも作った。
ニンニクの良い香りにつられ、ビャクとナギは餃子を凝視している姿に笑いがこみ上げてくる。
「待たせてごめんな、ほらこれにつけて食べるんだぞ」
作った餃子のタレが入った皿を目の前に置いてあげた。
「ナギは、どうやって食べるんだ?」
「餃子を皿に1コ入れてくれたら、それを抱えながらかじりつく予定だ」
「ワイルドだな」
まさかの餃子1つ抱えて食べる発言に衝撃をうける。そんな食べ方したら自慢の毛皮が油でベタベタだろうに。追い打ちを掛けるように、少しタレを掛けて欲しいといってきた。なんでもアリだな、と嘆息する。
手を合わせてみんなで「いただきます」をしてから、餃子を箸で摘まんでタレにつけて口に運んだ。ひさびさに自分で作った餃子を食べたが、鼻に抜けるニンニクとショウガの香りと口の中に溢れる肉汁が美味しい。隠し味の干し貝柱もいいアクセントになっている。
目の前を見るとビャクもナギも夢中になってむさぼり食べている。案の定、ナギの体はベタベタだ。こんなに喜んで食べているのを見ると、やっぱり誰かに料理を振る舞いたいと思ってしまう。料理ってやっぱりいいもんだな、と思っていると、大皿に入っていた餃子が最後の1個になっていた。それに気づいたビャクから寂しそうな声が聞こえてきた。
「もうおしまいだね。これ……」
「いいぞ食べて」
ぱぁっと明るい表情になったビャクは、最後の1個に手を伸ばす。そして口の中にいれて噛みしめるように咀嚼していた。最後まで幸せそうなビャクの姿に嬉しさがこみ上げる。一緒に作るのも楽しかったし、こんなに喜んでもらえるなら本望だよな、と思う。
食べ終わったビャクとナギは、お腹をさすりながら「美味しかった」と呟いた。
「それは良かった。最初は俺が料理作るなんて信じられないって顔してたけどな」
「ごめんね。僕だってカップラーメンは得意だけど、料理はダメだし。それに、食べられないもの出されたらどうしようって思って」
「で、結局どうだった?」
「美味しかった! もう最高だった!」
「ナギは?」
「……まあまあだった」
小さい体のどこに入るのかわからないが、餃子5個も食べていたくせに、と思ったけれど、ナギのプライドを傷つけるかもしれないから黙っておいた。
食べ終わった後、食器や調理器具を洗って片付ける。時計を見ると、ちょうどお昼を過ぎたあたりだ。
稚内には到着しないかもしれないが、少しでも旅をすすめないと、と思い、伊吹は声をかける。
「助けて貰ってありがとうな。俺は旅を続けないといけないし、ビャク達も色々あるんだろ? だから、ここでお別れだな」
「えっ……」
ビャクが一瞬言葉に詰まったが、慌てて口を開く。
「一人だと危ないよ? また妖怪に襲われるかもしれないし」
「そんな頻繁に妖怪に襲われるなんてねぇよ。気ままな一人旅だし、人の妬み嫉みに触れる機会も少ないだろ。平気、平気!」
「いや、でも……」
不安そうな顔をするビャクに「平気だって、心配性だな」と言う。
そのままキャンピングカーを降りた伊吹は、ロードバイクに荷物を積み込み、跨がった。
「じゃあ、本当にありがとうな。またどこかで会ったら、一緒に飯を食おうぜ」
そう告げた伊吹はペダルに足をかけ、次の目的地に向かって出発したのだった。
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