助けてくれた人物の正体
「エサってどういうことだよ。他の人だって黒いもやがあるだろ、俺だけなのかそれ。それって、常時蓄積されるのもなのか? 俺も死ぬのか? いや、殺されるのか?」
ビャクの肩を掴み揺さぶりながら矢継ぎ早に質問を投げかける。せっかく始めた旅の序盤で死ぬなんてまっぴらだ。祈るような気持ちでビャクを見つめる。
「他の人も一緒。でも、伊吹ほど美味しい餌はいない」
(俺ほど、美味しい餌はないだと?)
意味がわからなかった。他の人にも黒いもやはあるし、自分自身妬みや嫉みとは縁遠い。
大雑把……よく言えば、細かいことは気にしない性格だし、なんとかなる精神で色々切り抜けてきた。それなのに、あやかしが好むエサっていう事実が信じられなかった。揺さぶり続けていた手を止め、ゆっくりと目を閉じ再び開いてビャクを見つめる。
「それはどうしてだ?」
自分が思ったより低い声が出てしまった。ビャクの目に不安の色が濃く出る。
「それは、伊吹がいろんな人の淀みの受け皿だから」
「受け皿? だから、俺はあの妖怪に殺されそうになったと?」
ビャクはゆっくり頷く。
伊吹は手を力なく下ろし、大きく深い溜め息を吐いた。
「で、でも! 僕が……」
「ビャク、こいつがこのまま受け皿を続けてるとレイの力がっ!」
「ナギ、黙ってて」
レイという名前を出した途端ビャクは、白いもやを発し威嚇のオーラを放った。伊吹は、ナギを守るように柔らかく手で抱える。
「おい、それ止めろって」
蒸発したように白いもやが霧散し、ビャクも変化する手前で止まった。レイという人物に何かあるのだろうか、と思ったが、これ以上詮索されたくなさそうなビャクを追求することは出来ない。ビャクの威嚇から守っていたナギをそっと床の上に降ろす。
「なんで、たまたまお前たちとすれ違っただけで、そんなことになるんだよ」
「わからない……。でも、もともと素質あったのが、僕たちと出会って活性化したとしか」
そう言うとビャクは肩を落とした。
「で、あの襲った女も妖怪、コロポックルも妖怪、ならお前たちも妖怪なのか? ビャクはツノが生えてたから、鬼……」
「ビャクは、鬼ではない! あんな、あんな……野蛮な、自分の力を過信して己のためにしか動かないのと一緒にするな!」
毛を逆立てて、ナギが抗議する。
それなら何だというのだ。陰陽師から教えて貰ったという式を操り、妖怪を消し去る、そしてツノとあの白いもや。人間とはかけ離れた力を持っている。
「僕は、妖魔なんだ」
「妖魔?」
眉間にしわをよせ、難しい顔でビャクを見つめると、静かにビャクが頷いた。
伊吹は自分の知識を総動員しても妖魔のことは一つもわからなかった。首をかしげ、口を開く。
「その……、妖魔とはなんだ?」
意を決して正体を告げたであろうビャクは目を丸くし、ナギの尻尾はこれでもかって暗いに膨らみ毛を逆立てた。
「貴様! 妖魔を知らんとは、日本国民ではないな!」
ナギが伊吹に怒りをぶつける。妖魔を知らないことで日本人ではないというレッテルを貼られてしまい苦笑いするしかなかった。でも、怒るくらいなのだから、そんなにポピュラーな種族(?)なんだろうかと疑問が浮かぶ。
「ごめん、俺の知識不足。で、妖魔って?」
「妖魔とはな……」
短い腕を組みふんぞり返りながら話し始めたナギの言葉を要約すると、こうだった。
下層妖怪の上に中層妖怪、そして上層妖怪。コロポックルは、下層妖怪の位置らしい。その上に妖魔や鬼神らが連なるらしい。ビャクは妖魔力を使い、変化しながら悪に手を染め、人々を苦しめる妖怪を秘密裏の浄化する仕事を請け負っているらしい。しかも、ビャクはあの地獄の大王、閻魔大王の長男らしいのだ。それがなにより一番驚いた。
「なんでそんなことをするんだ?」
伊吹の質問にビャクは少し憂いの表情を見せ、口ごもる。
「お前、ビャクを困らせるな。由緒正しい血族のビャクと話せるだけでも恐れ多いんだぞ」
「っていうか、そんな言葉遣いしているナギは、ビャクより偉いわけ?」
細い目で訝しげにナギを見る。すると、腰に手をあてふんぞり返りながらナギが言う。
「俺は、ビャクの眷属だからな」
じとーっという目で見ながら首をかしげる。
「リスが眷属? 弱くねぇ?」
「き、貴様! 侮辱したな!」
ナギは右手を掲げ力を込めていく。するとみるみるうちに光りの球が大きくなっていく。そこにパンッと手を打つ音が聞こえた。
「ナギ、それ止めて。小屋が消し飛ぶでしょ!」
ビャクの言葉に目を丸くし、ハッと息を飲む。止められたナギは、右手を下ろし力を抜くと光りの球がすっと消える。
「ナギは大事な眷属なんだ。僕の我が儘であやかしたちを浄化する仕事についたのに、それを嫌とも言わずにいろんなところへ着いてきてくれて、助けてくれているんだ。僕、浄化するための妖力を使い切っちゃうことが多くて、倒れているところを近くの妖怪を呼んできてくれて運んで貰ったりね。まぁ、僕にたくさんの妖力がストックできたら良いんだけど……」
ナギをモフりながら優しく微笑みかける。
「その妖力ってなんだ?」
「気。食べ物や大地から体に気を取り込んで、増幅させているんだ。だから、浄化するとお腹が空いちゃって力が出なくって」
だからあの豪快な腹の音だったのか、と合点がいった。でも、一つ疑問が浮かぶ。
「カップラーメンだけ食べていて、気を取り込むことが出来るのか?」
ビャクは、すーっと伊吹から目を反らした。
「伊吹、もっと言ってやれ。大地の恵みの野菜や、獣の生命を取り込む肉、他にも気を多く含んだ食べ物がふんだんにあるにも関わらず、いつだってあの棚の中のラーメンをその日の気分で味を変えて食べている。あれには、微々たる気しか宿ってないのに、だ」
「いや、でも美味しいよ? それに、生野菜は苦くて好きじゃないし。生肉は雑菌とかあってお腹壊したことあるし……。好きな物こそ活力になるっていうか、ね?」
「妖魔なのに腹弱っ!」
「だから、すぐ妖力が底をつくんだろうが」
ナギに責められ、どんどん小さくなっていくビャク。それを慰めるように、コロポックルがビャクのひざをポンポンと叩いている。
「しかたねぇな。俺がうまいもん食わせてやるよ」
「え? もしかして、北海道ラーメンの美味しい店?」
「ちげぇよ。 俺の手料理!」
ビャクは絶望的な顔をし、ナギは「うげぇー」っと、上唇を下唇で覆い、肩をすくめた。
腕によりをかけて、こいつらが俺を崇め立てる姿を拝んでやるからな、と1妖魔と1匹それぞれに力強く指を突きつけた。
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