襲われた原因
確かにビャクもナギもこの世の物とは思っていなかったが、でも自分を襲っていたのは妖怪だとは想像していなかった。妖怪なんてアニメや小説や漫画など創作物の世界の作り物だと思っていたし、そういう存在を目の当たりにすることもなかった。
「妖怪って、あの妖怪? ほら、あの一つ目小僧だったり、ぬらりひょんだったり。でも、そのアイヌカイセイって初めて聞くんだけど」
それにビャクから聞いた妖怪にも心当たりはないし、襲われるいわれもない伊吹は、怪訝な顔を向ける。
「まぁ、同じ部類だけど、有名どころではないねぇ」
苦笑いしながらビャクは、話し続ける。
「古い家とかに出るんだけど、ちょっといたずらして首絞めたり胸を圧迫するくらいの可愛い部類の妖怪なんだけど、今回はちょっと……」
「可愛い部類? 人間を苦しめるのに?」
伊吹の問いかけは正しい。何もしていない人間を苦しめるのに可愛いもへったくれもありはしないのだ。伊吹の言葉に、シュンッと肩を落としてうなだれる。すると、勢いよくモフモフの尻尾でペシペシと手の甲を叩かれた。くすぐったい感触に自分の手を見るとナギが尻尾で伊吹の手を叩いていた。
「お前と違ってビャクは繊細なんだ。もう少し言葉を選べ」
「いやいや、今の俺の発言のどこが悪いのさ」
「全部。確かに首を絞めたりするが、妖怪の中でもさほど問題ないんだよ。殺すまで至ってないからな」
「俺、殺されそうになりましたけど?」
人差し指で自分を指し示し、眉毛を下げる。すると、ナギは鼻をフンッと鳴らした。
「それは、お前が悪い」
「はぁ~?」
原因はお前だというナギの言葉に納得いかない伊吹は、信じられないというような声が出た。
「ちょ、ちょっと。ナギ、言葉が足りないよ」
「足りなくないだろう。すべては、コイツが原因なのに変わりは無い」
「俺が原因ってどういうことだ?」
言い争っている一人と一匹に割って入る。
「いや、兆候はあったんだよ。北海道の妖怪たちが騒いでてね。ね、コロポックル」
急にビャクから振られたコロポックルは小さい頭で頷く。
(ん、んんん??)
「よ、妖怪って言ったか? 今」
驚愕の表情でコロポックルを指さす。何を当たり前のことを聞いているのだと、ビャクは呆れた顔を伊吹に向けた。そこのかわいらしい子は妖精ではなく、妖怪だというのか。禍々しいオーラなんて一つも無いのだが。
「この子妖怪だよ? 今までなんだと思ってたのさ」
「妖精?」
ビャクとナギは鼻で笑う。
「妖精なんかいるわけなかろう。バカか、お前」
「バカはないよー。ぷっ、でも妖精って」
「そっか、座敷童とかも幸福をもたらす妖怪だもんな。コロポックルも妖怪なのも当たり前なのか……」
長年思い込んでたものとは全然違う結果だが、かわいいのには変わりはない。愛でてみようかと、手を伸ばしたらビャクの後ろに隠れてしまった。仲良くなるのはもう少し時間がかかりそうだ。相手にしてもらえなかったので、話を戻す。
「で、俺が原因って?」
「初めて会った船で伊吹は僕に白い物に包まれてたって言ってたよね。それに黒じゃなくて良かったとも」
あの時、確かに言った。黒のもやに囲まれる人を見ると良くないことが度々起こっていたのだ。大将のことだってそうだ。だから、はじめて見た白いもやに驚いて、つい声に出して言ってしまったんだっけ、と思い出す。
「黒いもやの正体って何かわかる?」
「……なんだろう。良くないことが起こるとしか……」
「淀みだよ」
「淀み……」
ビャクの言葉を繰り返す。けれど、その淀みがなんなのか見当がつかなかった。達観したような顔でビャクが続ける。
「人間の黒く荒んだ心、例えば妬み嫉みが溜まり、やがてドロドロの汚泥のようなものが溜まっていってその人を包む。乱暴になったり、人を殺めたり、もちろん自分を殺めることもある」
「それが黒いもやの正体なのか?」
ビャクは深く頷いた。
だから大将は、自分を殺めてしまったのだろうか。本当に自分に救えることはなかったのだろうか。自分の不甲斐なさに伊吹は、心臓がギュッと鷲づかみされるような感覚になり、動悸が速くなる。そんな伊吹の様子にビャクは優しく微笑む。
「伊吹、君は優しいね」
顔を上げビャクを見る。
「だから君は、少し黒いもやを吸い取りその人を楽にしていた。僕と違う方法だけど、浄化してたんだ。でも……」
ビャクは伊吹と目を反らし遠くをみる。そして、悲しい顔を向けた。
「僕たちと出会って、なぜだか黒いもやを吸い込む速度が速くなった。君自身で浄化出来ないほどにね」
「それって、どういう……」
「僕もよくわからない。でもこれだけは言える」
真剣な表情に息をするのも忘れ、ビャクの次の言葉を待つ。
「浄化しきれない今の君は、負の感情を持ったあやかしたちのエサみたいなものなんだ」
伊吹には到底信じることが出来ない現実を突きつけられたのだった。
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