再び、死にかける
「うっ、うぅ~ん……」
眉間にしわを寄せ、苦しそうに襟ぐりを引っ張った。喉元をリズミカルに締め上げられ、あの悪夢がよみがえる。このまま眠っていたら殺されると焦った伊吹は、寝袋のまま起き上がった。目を開けてあたりを見渡し床に視線を落とすと、仰向けで腹を見せたまま気を失っているナギがいた。
「おい、大丈夫か?」
ナギを掴み自分の顔の前まで持ってきて、目線を合わせる。けれど、返事はなかった。頭を木の床に強く打ち付けてしまっただろうか。頬をつっついてみたが反応がないので、大きな声で叫んだ。
「ビャクーッ、ビャクー!!!」
ゆっくりと戸を開けてのっそりとビャクが入ってきた。のっそりとあらわれたビャクは、髪に鳥でも飼ってるかって具合の鳥の巣状態で、目が開いてるのかわからないほどの細目。しまいには猫背であくびをしながらやってきた。
「なぁに?」
少し面倒くさそうに腰をボリボリと掻きながら言うビャクに苦笑いする。
「ナギが目ぇ覚まさねえ」
「ナギが?」
「そうだよ。ほら」
グテっとなっているナギをビャクに見せようとしたその時。小さい足の蹴りが伊吹の頬にヒットする。
「いってぇーーー」
掴んでいたナギを放り出し痛む頬をさすっていると、短い腕で腕組みしながら憤怒の表情で伊吹を睨みつけていた。
「痛いのはこっちなわけ。お前、俺様に何をしたのかわかってるのか?」
全く心当たりのない言いがかりに首をひねる。そんな態度が余計にナギの怒りに火をつけた。
「お前の上に乗ってた俺を力強く掴んで床に叩きつけたんだぞ! どういうつもりだ?」
「俺が、ナギを?」
そうだ、と頬に空気をいっぱい詰め込みプイッと横を向くナギ。首が苦しくて寝苦しくて、あの悪夢の再来かと思ってよくわからず苦しい原因を掴んだあの時か、と合点がいく。ということは、なぜナギは俺の首元に乗っていたのだろうか。ビャクは、伊吹が呼ぶまで起きてこなかったのだから、ビャクがナギを連れてきたという訳ではないだろう。
「あ、あのね。ナギ様がこの人の首の上で足踏みしてたの」
オドオドした様子の高い声が聞こえて、声が聞こえた場所へ目を向ける。ぼやけた揺らぎの中に小さい人間のようなものがいた。大事そうに蕗の葉を抱え恥ずかしそうに葉っぱで顔を隠すと、ナギから舌打ちが聞こえた。
「コロポックルめが、身分もわきまえずしゃしゃり出てくるな」
「ナギ!」
ビャクは、ナギを厳しい声でいさめた。
「しかし、コロポックルか。珍しいなぁ。お前たちは人間の前に姿をあらわさないのではなかったか?」
「ビャク様の気を感じたから穴から出てきてみたら、ナギ様がこの人間の上で踊ってたからなんかあるのかなって」
「踊り?」
ビャクはナギをジトっとチベッドキツネみたいな細い目で見る。ナギはブルッと体を震わせ伊吹の首の後ろに飛び乗り隠れた。
「そうなのー。あの人間の首あたりで足踏みしながら踊ってて、ビャク様どこかなぁーって思ってね」
「首? 俺が苦しんでたのはお前のせいか!」
伊吹は、自分の首の後ろで隠れていたナギの首の後ろの皮をつかみ目の前に持ってくると、バツの悪い顔をしていた。
しかし、コロポックルって言ってたが、この子がそうなののだろうか。コロポックルは、有名な北海道の精霊かなんかだったはずだ。ナギを摘まみながら、床に這つくばりコロポックルと目線を合わせる。葉の隙間から伊吹を窺うように見て、目が合うと再びサッと葉で顔を隠した。
(か、かわいい〜)
この子は髪の毛も長いし可愛らしい顔立ちをしているので女の子だろうか。それとも精霊には性別なんてないのだろうか。そう考えながら自然と鼻の下が自然と伸びていると、ゴホッゴホッと咳払いが聞こえた。しまったという顔をしながら、咳払いをしたビャクを見た。
「ナギ、伊吹の首元を踏みつけていたってどういうこと? 説明して」
低い声で怒っているというのがピリピリと伝わる。
「……それはな、俺らのこと知られちゃ不味いだろ? だから、抹殺を……」
最後の方の声がが小さく尻つぼみになったが、確実に抹殺って言った! 昨日助けられて、すぐ殺されるとかあり得ないだろとビックリしてナギを見やる。
「ちょ、抹殺ってどういう」
「そうだよ。なんでアイヌカイセイから助けた伊吹を殺さないといけないわけ?」
「アイヌカイセイ? なんだそれ。北海道の先住民族ってたしかアイヌ民族だったよな? それと関係あるのか? もしかして、北海道でいま話題になってる首絞められる怪奇事件ってそいつの仕業とかか?」
「あぁー、あの子世間騒がせてたんだよな。んー、でもなぁー……」
立っていたビャクは、鳥の巣のような絡まった髪の毛を手ぐしで解しながら伊吹の近くに座った。眉間にしわを寄せ唸りながら考えている様子に、どこまで伊吹に話そうか悩んでるようだった。
昨日の夜から今まで鬼のようなツノから、よくわからない怖い女にリスもどき、そしてコロポックルまで出てきた。何を聞かされても少しは耐性が出来ているはずだ。伊吹は、悩んでいるビャクの背中をそっと押す。
「もうここまで来たら、なんでも受け入れる」
伊吹はみの虫のように半分だけ入っていた寝袋を脱ぎ捨て、あぐらを掻いてビャクに向き直る。上目使いで伊吹を窺うようなビャクに、話の先を促す。
「君を襲っていたのは妖怪なんだ」
ビャクの言葉に伊吹は、生唾を飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます