黒いもやの結末

 大荒れの翌日は、雲一つない晴天だった。

 しかし、道には水たまりやどこからか飛んできた草が張り付いていたりと昨夜の痕跡が色濃く残っていた。特に店の裏口は日影だから大きな水たまりがあり、それを避けるようにしてドアの近くに行き、いつもように十四時過ぎにドアを開ける。


「あれ?」


 何度ドアノブをまわしても開かない。鍵を開けるのを忘れているのだろうか。ドアを叩いて呼びかけるも中からの反応がなかった。


「ったく、まだ来てないのか? 昨日飲み過ぎたのかな」


 ジーンズのポケットからスマートフォンを取り出し、大将へ電話をかける。コール音が鳴らずツーツーツーとすぐ話中音になった。首をかしげ、スマホをポケットにしまう。ドアにもたれかかり、大将を待つ。けれど、待てど暮らせど大将は来ない。もう一度、電話を掛けてみたが、すぐに話中音が流れた。背中に冷たいものが走る。


 ずっと電話中ってことがあるか?

 寡黙で無口な大将が?


 考えればすぐおかしな状況だと気づくのに、しまった。昨日の黒いもやの正体は今日のことだったのか。ドアをぶち破るか? いや待てよ、取り越し苦労かもしれない。表から店の中を覗いてみるかと、伊吹は表へ回る。

 引き戸を見て愕然とした。


『閉店しました』の6文字。


「へ、閉店?」


 寝耳に水だった。昨日まで普通に営業してたし、大将との別れ際も「明日もよろしく頼む」と、いつもの言葉で送り出してくれた。礼儀にうるさい人が、雇っている伊吹への解雇宣告もなく勝手に閉店するとは思えない。ガラス戸にへばりついて、目を細め店の様子を見た。


「ん?」


 大きな影が見えた。


「大将~! いるんっすか?」


 右手で拳を握りしめ、ガラス戸を叩く。ガタガタと大きな音をしても中の反応はない。なんか嫌な予感がすると思った伊吹は、スマホを取り出して物件を管理している不動産会社に連絡を取った。店を閉める件で事前に売却の相談は無かったと言って、鍵を持ってすぐ向かうと言ってくれた。不動産会社の人が到着するまでひたすら長い時間で、不安となんともいえない心のざわめきとで落ち着かない伊吹は、店の周りをぐるぐると歩き、中を見てまた歩くを繰り返していた。


「遅くなってごめんね」


 不動産会社の恰幅の良い人の良さそうなおじさんがハンカチで汗を拭きながらあらわれた。


「いいえ」

「俺からも連絡してみたんだけど、やっぱり連絡取れなくてね。売却するっていう話も聞いてないし、家賃も昨日振り込まれてたし、なんにもないといいんだけど」


 話をしながら2人で裏口へと回る。

 鍵を開け「はい、どうぞ」と、中へ入る許可を貰い、店に足を踏み入れる。

「大将~! 大将ってば、いないんっす……か……」

 バックヤードにいないことを確認し、店内を確認しようとドアを開けた伊吹は、目の前に映った光景に絶句した。


「藤原さん、店主いました? やっぱり、逃げちゃったのかなぁ、契約はまだ残ってるのに……」

「け、警察・……を」


 伊吹は、左胸を押さえて、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す。人間って驚くと絶句するっていうけど、驚きすぎると動悸が激しくなるんだ、なんて思いながら苦しい胸を押さえた。

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