第40話

 守衛室は中に入ると広く、人数もかなりいる。ここに十人、城の中に三十人ほど、城の周りに十六人、城の外にもいるがそれらは今回呼ばれた兵士達がほとんどらしい。

 しかも守衛は常に二人組で動く上、組み合わせもその日その日で変えているそうだ。これは誰かがなにかを企んでも容易に動けなくするための古代からある対策らしい。

 人数も集め、対策もしている。私からすればかなりよくやっているように思えた。

 しかしそれでも殺人は起き、犯人と思われる少佐を逃してしまったのは事実だ。守衛達は総じて落ち込んでいるように思えた。私と同じく将来を案じているのかもしれない。

「事件当日、なにか変わったことはなかった?」

 シャロンの問いにローレンスの部下である真面目そうなマイロ少尉が答えた。

「いえ、これといって変わったことはありませんでした……」

「そう。じゃあ事件が起きる前には? 数日前、一週間前でもいいわ」

「思い出せません。なにぶん人の出入りが多かったので……」

 マイロ少尉の表情からは情けなさが滲んでいた。

「どんな人が来たの?」

 シャロンは守衛室を眺めながら尋ねた。

「五日ほど前からですがクリーニング屋や庭師、掃除のためにも大勢来ました。広い城ですし、手は掛かりますから」

「そう。ルイスとかいう男が来た時、様子はどうだったの?」

「それが……」

 マイロ少尉は気まずそうに仲間と顔を見合わせた。

「城の警備を視察すると各方面からお偉方が集まったせいで人が多く、一人一人厳しくチェックはしてませんでした……。誰が来たのかはリストに記入していただいたので分かりますが、どういった人物かまでは……」

「まあ、よっぽど目立たない限りはそうよね。警護対象である魔法使い達もまだいなかったわけだし」

 シャロンは気にするそぶりもなく質問を続ける。

「彼はいつ帰ったの?」

「えっと」マイロ少尉はリストを手にとって慌ててめくった。「深夜の十二時二十分となってます」

「そう。来たのは?」

「えっと……前日の昼の二時六分となってます」

「それ、見てもいい?」

 マイロ少尉はローレンスの方を向いた。

 ローレンスが頷くとマイロ中尉はシャロンにリストを渡した。

 シャロンはリストをじっと見つめた。私も後ろから覗いてみるがこれといって異変はない。ただ直筆の名前と来た時間、備考などが書いてあるだけだ。

「なるほどね」

 シャロンはリストを閉じるとマイロ少尉に返した。

「このリストによるとあの日の深夜に帰ったのはルイスという男だけ。残った者以外は全員その日の内に城から出ているし、残った者も別のフロアや棟に泊まっていて犯行は不可能。城の中に隠れることはできるのかしら?」

「毎日二度、城の細部まで見回りしています。可能性はほとんどないかと……」

「その言葉は信じていいの?」

 そう言われ、マイロ少尉はゴクリとつばを飲んだ。しかし軍人の矜持を保つためにも強い目で告げた。

「は、はい」

「そう。いいわ。信じてあげる」

 シャロンはあっさりとマイロ少尉の言葉を受け入れた。

 だが侵入者がいたかどうかはかなり重要だ。例えば別の魔法使いが魔法で潜入していたとなれば事件が根底から覆る。

 しかしリストに載っていた人物は全員城の中にいるか外に出ている。もし中に潜んでいるなら一度出て、再度侵入したということになるが、このセキュリティーをかいくぐるのは困難だ。

 シャロンがすんなりマイロ少佐を受け入れたのは彼の言葉や人柄ではなく、先ほど自分で見てきた事実と合ったものだったから。つまりは彼を試したのだ。

 おそらくだがシャロンは人を信用していない。目の前の事実のみを信じている。

 それは寂しいことだが、私にもその必要性は分かってきた。

 人は嘘をつく。そして立場や性格によって事実を隠す。

 行動や言葉の裏に隠した真実を取り出すには観察し、行動し、導き出す他ない。

 見習いたいものだ。私は後ろでシャロンを見ながらつくづくそう思った。同時にこの人を敵には回すことがないよう願った。

 シャロンは続けた。

「事件当時、シモン・マグヌスの部屋に入ったのは誰?」

「自分とローレンス中尉。それとジャスパー軍曹です」

 名前を呼ばれてジャスパー軍曹が前に出てきた。そばかすが目立つ若い短髪の男が緊張しながら敬礼する。シャロンは三人に尋ねた。

「部屋に入った時、なにか異変は感じなかった?」

「自分はなにも」とマイロ少尉は答えた。

「自分もです!」とジャスパー軍曹が元気に答える。

 ローレンスも「これといったものは」と続いた。

「そう」シャロンは言った。「テーブルの下は見たかしら?」

「自分が見ました!」

 ジャスパー軍曹は勢い良く答えた。

「なにもなかった?」

「は! テーブルの上には酒と変な物が描かれた紙がありましたが、下にはなにもありませんでした!」

 テーブルの下は薄暗い。見落としていても不思議はなかった。現に私も一度見ただけでは分からなかった。

「テーブルの下は屈んで見たの?」とシャロンは尋ねた。

「え? い、いえ! なにかに触れてはいけないと思い、そういったことはしてません! しかし何度も確認しました!」

「そう。分かったわ。他に事件と関係してそうなことは知らない?」

 ジャスパー軍曹は後ろにいた仲間と目を合わせた。仲間は複雑そうな顔をしている。

 それを見てシャロンは面倒そうに聞いた。

「なにかあるのね?」

「じ、事件と直接関係があるかは分かりませんが発言をお許し願いますか?」

「言って」

 ジャスパー軍曹は緊張しながら答えた。

「こ、こ、これはこの城を警備する者に伝わる古い伝承のようなものなのですが、ある姫君が権力争いの末に呪われ、殺されたと言われていまして……。そ、その話と今回の事件がとても似ているという噂があります……」

 ジャスパー軍曹から急に元気を失った。それは荒唐無稽と思っているのが半分、本当にそうなんじゃないかと思うのが半分といった様子だ。

 私は眉をひそめたが、シャロンは顔色一つ変えなかった。

「どんな話?」

「そ、それが城の一番上に住んでいた姫君が魔女の呪いにより、霧で首を絞められというものでして……。朝に城の外で死体が見つかったというのも酷似しています……。なんでも第一王女をめぐって争っていた別の姫が悪い魔女に頼み、殺してもらったと言われており、その姫も魔女に報酬を払わなかったせいで老婆に変えられたと……」

 シャロンは呆れながら忍び笑いをした。

「なら今回も魔女がやったってこと? 本当に人って想像力豊かよね。理解できないことをどうにか分かったことにしたい。気持ちは分かるけど、無知はつけ込まれるだけよ」

「で、ですが……、自分は今回の事件も人の手ではできないとものだと考えています! それに魔法使いが六人もいればどんなことでも可能なのでは?」

「ある程度はできるでしょうね。だけど所詮は三下の集まり。限界はあるわ」

「さ、三下でありますか?」

「わたしから見ればね。もういいわ。下がってちょうだい。あなた声がうるさいから」

「は! よく言われます!」

 ジャスパー軍曹は再び敬礼すると後ろに下がった。

 シャロンはなにかを思い出したようにマイロ少尉へと向き直した。

「そうそう。マスターキーはどうやって保管しているの?」

「え? マスターキーですか?」

 マイロ少尉は意外そうな顔をしてローレンスを見た。ローレンスは頷く。

「機密事項だがこの人になら問題ない」

「はあ……」マイロ少尉はそれならとシャロンに話した。「ええ、マスターキーですが常に事務室の金庫に保管しています。金庫を開けられるのは自分とローレンス中尉だけです。それぞれが金庫を開けるための鍵を持ってまして、その二つを鍵穴に入れなければ開きません。使うことは滅多になく、自分も今回が初めてでした。正直、鞄のどこに鍵を入れたのか覚えてませんでした。ドアが開かないこともあり、そのせいで慌てていたせいもあってかなり探しました」

「マスターキーは一本だけなの?」

「そう聞いてますが……」

 ローレンスは「一本だけです」と答えた。

「金庫を開けたのはどっち?」

「ローレンス中尉ですが、自分も隣にいました。あの日の朝、死体が見つかったという報告を受け、慌てて中尉を呼び、シモン様の部屋に行きました。しかしドアが開かず、すぐに戻ってマスターキーが入った金庫を開ける為に持ってきた鍵を渡しました」

「なるほど。金庫の中を見せてもらえる?」

 シャロンはローレンスに尋ねた。ローレンスは少し悩んでいたが手を広げて促した。

「どうぞ。しかし一度だけにしてもらえますか? なにぶん貴重なものなので」

「いいわ」

 シャロンが頷くとローレンスはマイロ少尉に目配せした。マイロ少尉は驚きながらも腰に付けていた鍵の束から悩みつつも一本を選び出す。

 ローレンスとマイロ少尉が小さな金庫に二つある鍵穴に鍵を入れて回すとガチャンと音がして重そうな扉が開いた。

 私はシャロンを持ち上げて金庫が置いてある台に近づいた。

 小型の金庫には一本の古い鍵が置いてある。鍵の先端には宝石が付いており、そこに王家の紋章が刻まれていた。これだけでも美術品として飾れそうなほど美しかった。

 シャロンは私に持ち上げられたまま鍵を取り出し、興味深そうに見つめる。

「これ、本物なの?」

 それを聞いてマイロ少尉は目を丸くした。ローレンスはシャロンがなにを言い出してもおかしくないと知っているのか冷静だった。

「本物です。複製はできません。鍵についている石がありますよね? その石は既に採れないものでして、それを王家お抱えの職人が特殊な加工を施しています。その職人も随分前にいなくなり、技術は伝承されていません。世界に一つだけの品です」

「なるほど。この鍵自体がセキュリティーになっているってことね」

 シャロンは感心しながら鍵を観察し、満足すると元に戻した。それを再びローレンスとマイロ少尉が確認するとシャロンはムッとした。

「取り替えてなんてないわよ」

「……もしものことがあれば自分だけでなくここにいる全員のクビがとびかねませんから」

 ローレンスはこれだけは譲れないと言わんばかりに鍵を注視し、マイロ少尉と顔を見合わせた。マイロ少尉が黙って頷くとローレンスはふーっと息を吐いて金庫を静かに閉じた。

 ローレンスも自分だけならともかく、部下まで巻き添えにはしたくないはずだ。私も気持ちはよく分かる。

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