第41話
ローレンスは再び椅子に座ったシャロンへと向き直した。
「他に気になるところはありませんか?」
「そう言えばまだ死体を発見した子に会ってないわね。ここにいる?」
するとジャスパー軍曹が前に出てきた。
「は! 自分であります!」
ジャスパー軍曹を見てシャロンはげんなりしていた。すると後ろからまだ若い美男子がおずおずと手を挙げる。
「じ、自分もです……」
シャロンは彼を見るとどこか妖艶に微笑んだ。
「そう。ボク、名前は?」
「ルカ伍長です……」
「可愛い名前ね。死体は怖くなかったかしら?」
「い、いえ……。自分は軍人ですので……」
私が言うのはなんだがルカ伍長は軍人には見えない。華奢な体は給仕のようだ。
「死体になにか異変はなかった?」
シャロンがそう尋ねるとジャスパー軍曹が口を開いた。
「そう言えば顔の下に――」
「あなたには聞いてないわ」
「は! 失礼しました!」
ジャスパー軍曹は敬礼をして元気に黙った。シャロンはルカ伍長の方を向く。ルカ伍長は緊張しながら言った。
「と、特には……。ただこれはおそらく偶然だと思うのですが、ハンドタオルが頭の下にありました……」
「ハンドタオル?」
「は、はい。庭師の名前が刺繍してあったので、おそらく忘れ物かと……。それが血で染まっていました」
「なるほどね」シャロンはなにかに納得しては微笑した。「それ以外は?」
「それ以外は特に……」
「そう。良い子ね。もういいわ」
「は、はい。失礼します……」
ルカ伍長はまたおずおずと後ろに戻った。シャロンは笑顔をやめてローレンスに尋ねた。
「その庭師はどこに?」
「数日前に来て、今は市内にいることが確認できています。ハンドタオルはなくしていて探していたと言っていました。事件当日や前日はこの城に入っていません」
「ならなんでその人が持っていたタオルが死体の下にあったの? 見回りはしているんでしょう?」
「はい……。ですが報告は上がってきていません。あそこは影になっているので見落としていた可能性はありますが……」
「あなた達は見落としばかりね」
シャロンは呆れているがローレンスも他の兵士も反論はできなかった。しかし私から言わせればこれくらい些細なミスはよく起きる。部屋を掃除してみると意外な場所から意外な物が出てくるようなものだ。
誰かが見ているはずだ。ここにはなにもないはずだ。そういう先入観はたとえ見ていたとしても脳がいらない情報だとして切り捨てる。現に私も釣り糸を見落としていた。
ローレンスは嘆息してから聞いた。
「……他には?」
「もうないわ」
シャロンはそう言うと立ち上がり、げんなりした。
そこにマイロ少尉が恐る恐る意見を述べた。
「あ、あの……。なぜ魔法についてもっと調べないのですか?」
シャロンは疑問符を浮かべた。
「調べているつもりだけど?」
「ええ」マイロ少尉は取り繕って頷いた。「それは分かってます。ですがあの密室を作るのは人間じゃ不可能です。あの鍵穴を見ましたか? これはこの城の古い資料を読んでいて気付いたことなんですが、あの鍵穴は外から細工ができないようになっているんです」
なんだって?
「それは本当か?」とローレンスも驚く。
だがシャロンはすんなりと頷いた。
「みたいね。中が複雑になっていて鍵以外では開け閉めができないものよ。鍵穴に糸を通すことすら難しいでしょうね。古い城ではたまに見るわ。きっと昔に暗殺でもあったのでしょう」
もしそれが本当ならトリックを使って密室を作るのもかなり難しくなる。マイロ少尉が魔法じゃないと不可能と言うのも頷けた。
だが魔法は魔法でその痕跡がない。
魔法でもない。トリックでもない。ならどういうことだ?
頭から煙が出そうなのは私だけではないらしい。ローレンスも難しい顔をしている。
「ではなんで?」とマイロ少尉は尋ねた。
「人が殺されているという事実があるから。ならその方法もあるはずよ。魔法ももちろん候補だけど選択の幅を狭めたくないわ」
そう言うとシャロンは踵を返した。
「さあ。見たくはないけど奇術師の骸と対面して今日は終わりにしましょうか」
そう言えばまだ肝心の死体を見てなかった。確か安置室に置いてあると言っていたな。おそらくは地下だろう。
私が嘆息してローレンスと部屋から出ようとするとシャロンがマイロ少尉を屈ませてなにやら聞いていた。
「どうだった?」
「ええ。たしかにそうです」
「そう。ありがとう」
シャロンはなにかに納得すると私の元にやってきて手を伸ばした。私はシャロンを抱き上げる。
「なにを聞いていたんですか?」
「なんでもないわ。さあ行くわよ」
シャロンに急かされ、私はローレンスの案内で安置室へと向かった。
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