第38話

 昼食の時シャロンは大人しかった。

 私が釣り糸を見つけてからずっとなにかを考えているようだ。

 どうしてあんなものを見落としていたのかと驚いたが、思い返すと私達があの部屋に入ったのは魔法痕を探すためであり、部屋の中は既に調べられたものだと考えていた。

 そういうところが盲点になったのだろう。サイラスの名刺もあとから出てきたことだし、人の先入観というのは恐ろしい。

 それにしても釣り糸か。巻き付けてあったものを解くと十五センチほどだった。先は刃物かなにかで切られていた。おそらくあれで密室を作り上げたのだろう。

 でもどうやって? 

 釣り糸を使って部屋のドアを閉め、鍵を中に移動させる。または窓の鍵を閉めて、やはり部屋の鍵を中に入れる。

 その方法が分かれば犯人を導き出せるのだろうが、私にはさっぱり分からない。

 そう言えばヴィクトリアが飲んだという酒が入ったグラスがあったな。酒の中に氷を入れていたとすればそれを利用してなにかできないだろうか?

 釣り糸と氷。これだけあれば密室などいくらでも作り出せそうな気もする。どうやったかと聞かれれば困ってしまうが、巷に溢れる小説ではよくある手だ。

 おそらくシャロンもその二つ、あるいはそれに加えていくつか道具を加えれば密室が作れると思っているのだろう。

 回収したか、あるいは氷のように溶けて消えるものも加えれば組み合わせは多い。

 飴細工などで道具を作れば使用後に食べてしまうことも可能だし、魔法で新たな道具を作り出せばそれこそ追いようがなかった。

 犯人がルイス少佐ならたとえ証拠があったとしても持ち去って捨てているだろうし、考えるだけ無駄な気もしてくる。

 情報は増えたが手の打ちようがなく、私は再び諦めかけていた。

 希望があるとすればなんらかのトラブルがあり、ルイス少佐が国外に出られなくなっていた場合だ。そうなれば既に指名手配はされているだろうし、いつかは捕まるだろう。

 魔法反対派もそんな人物は庇うまい。むしろ自分達に国家反逆の意思はないということを見せるために喜んで差し出すはずだ。

 しかし魔法を使うことに反対するからと言って王が呼んだ魔法使いを殺害するなんて。正気の沙汰とは思えない。

 だが頭の固い人間というのはどこにでもいるもので、軍などその巣窟となっている。

 自分の部隊や身内、国家のためならどんなことでもしてしまう。

 あるいは少佐にはなったが自分の価値を認めてもらえず他国に渡ったのかもしれない。

 そうなるとやはりアーサーもスパイなのだろうか? 

 だとしたらなんで変装なんて馬鹿な真似をしたんだ? ただ疑われるだけじゃないか。せめて種明かしをせずに太ったままでいれば私達もこれほど怪しまなかった。おちょくっているのかもしれないが完全な逆効果だ。

 これから我々がやれることと言えばアーサーに犯行を白状させることくらいだろう。

 しかしスパイがスパイである証拠なんて持っているとは思えない。

 自分で言うのもなんだが私はそれなりに考えているつもりだ。なのに考えれば考えるほど訳が分からなくなっていく。ああもう! 馬鹿にされている気分だ。

「相当困ってるみたね」

 私の隣でシャロンはぼんやりとしながらそう言った。私は目を瞑って軽くかぶりを振る。

「……あなたは困ってないんですか?」

「困ってるわ。とても」

「でも気楽でいいですね。私やローレンスのように責任を問われることはありませんから」

 嫌味を言ってから自分が情けなくなった。私も事件の概要は聞いているんだ。なら解けるのかもしれない。なのにシャロンに頼りっぱなしだった。

「……すいません」

「いいのよ。事実だから。そのせいで困っているの」

「と言うと私達をなんとか助けようと思ってくれているんですね。ありがとうございます」

「それもあるわ」

 それも? ああ。そうか。事件を解けばなにか一つ持って行くと言っていたな。それが得られそうにないから大人しいのか。一体なにをもらうつもりだったんだ?

 今のままだとおそらくそれを手に入れることはできないだろうからこんなにも落ち込んでいるのか。

 重い空気が食堂に漂った。そんな中、まだ諦めていないのかローレンスは口を開く。

「これからどうしますか?」

「そうね。なにをすべきか。それについて考えていたわ。時間もあまりないし、無駄なことはあまりできないから」

「……それで?」

「とりあえず城の中を見て回りましょう。それからあなたの部下にも話を聞きたいわ。いいかしら?」

「もちろんです」

 頷くローレンスを見て、私は少し勇気づけられた。

 せめて最後まで気を抜かずに行こう。私はそう決意し、シャロンを抱き上げた。

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