第37話
ドアの前に立つと鍵穴を見つめて不思議そうにしたあと、催促するようにノックをする。
ローレンスは小さく溜息をついてポケットから鍵を取りだしてドアを開けた。
中に入ったものの当たり前だが特段変わったことはない。血の一滴も流れていない薄暗い部屋が私達を待っているだけだ。
しかし一度目と違いシャロンは真剣な顔つきで部屋の隅々まで見ていく。私に抱っこさせて窓を開け、そこから下を見下ろした。
建物のせいで影にはなっているが、あるのは煉瓦が敷き詰められた道だけだ。ある程度の幅がある。向こうの高い塀まで五メートルほどだろう。
塀は高く、しかもあの向こうには多くの兵士達が見張りをしていた。となればあそこを越えてくるのは翼でもない限り不可能だろう。
仮にここまで飛んできても鍵が閉まった窓を開けるのはこの上なく難しい。そしてシャロンがなにも言わないということは魔法を使った痕跡もないのだろう。
シャロンは不機嫌なまま窓を閉め、そして床に着地した。
私が恐る恐る「なにか分かりましたか?」と聞くと鋭い目を向けられた。
「そう見える?」
「……いえ」
私は気まずくなって視線を外した。シャロンは顎に手を当てた。
「調べたのは魔法の痕跡じゃないわ。ロープの痕跡よ」
「ロープ?」
シャロンは頷いた。
「そう。誰も言わなかったけどシモン・マグヌスが犯人を招き入れた可能性は十分あるわ。なにせ五人の魔法使い達と会っていたのだから。軍人の誰かが尋ねてきても気兼ねなく受け入れかねない。そしてそのまま殺されたとしても不思議じゃないわ。でもその人が窓から入ってきた可能性は低そうね」
「いくらなんでも窓から見知らぬ軍人が入ってくれば怪しむのでは?」
「分かってるわよ。だけどあのシモンはペテン師かもしれない。だったら警戒していても襲われたら抗う術はないわ。相手が軍人なら尚更ね」
「その人はどうやって部屋のドアから出て行ったんですか? 鍵はここにあったのに」
「ドアから出て行ったとは限らないわよ。窓から来て他の窓から出て行った可能性もあるわ。協力者がいればそれも可能よ。窓の鍵なら外からでも視認可能だし、作りもかなりシンプルにできている。細工を使えばどうにかなるかもしれないわね」
言っていて虚しくなったのかシャロンは珍しく溜息をついた。
「まあ、おそらくないでしょうけどね」
私もそう思う。ルイス少佐は階段から下の階に降りて行った。なら窓から入ってきたとしても窓から出ることはないだろう。もしそうなら他の軍人が怪しいことになるが、それだとなぜルイス少佐も窓から下に降りなかったのか分からない。
いや、そもそもロープの痕も付けずに下は降りられないだろう。外壁は汚れも目立つ。少しでも擦れればそこに必ず痕が残るはずだがそれもない。
この密室を成立させ、シモン・マグヌスを殺すには奇跡が必要だ。
魔法か、それ以外の奇跡が。
それを起こすにはこの部屋はあまりにもシンプルすぎる。せめてなにか手がかりはないだろうか。
そう思った私がふとテーブルの下を見るとなにかがキラリと光った。
なんだ?
私は屈んでテーブルの足を見つめた。
触ってみるとそれは細い釣り糸のようなものだった。
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