第28話

 最後に残ったアーサーの部屋に行くと部屋にあった皿は片付けられていた。

 どうやら給仕を呼んだらしいが、その時に新たな料理を頼んでいたらしく、それがテーブルを占領していた。この人は一体どれだけ食べれば気が済むんだ。

 シャロンの顔を見るとアーサーは苦笑いしながら頭の後ろに手を当てた。

「いやあ。そろそろ来るかと思ってたんだよ~。やっぱりバレちゃったか」

 この反応。まさかアーサーがスパイで殺人犯なのか?

 私とローレンスは身構えたがシャロンは呆れていた。

「当たり前でしょう。あの魔方陣はあなたの出身であるビッグスロープ系だったし、人をおちょくるような魔法を描くような性格をしているのもあなただけだから」

「あはは。全部お見通しかあ。さすが『慧眼のシャロン』だ。じゃあ当然僕の正体も」

「噂には聞いているわ。だから最初から怪しいと思ってたの。あなたの体型については」

「ちぇ。本当は王様を驚かせるつもりだったのになあ」

 アーサー・スコットはつまらなそうに口を尖らせるとパチンと指を鳴らした。

 するとそこにいたまるまると太ったアーサーが一瞬のうちに華奢な美青年へと変わってしまった。

 変装……魔法? なんでもありか!

 シャロンは呑気に「あら良い男」と言って笑っていた。

 私は唖然としていたがローレンスは逆に怒っている。

「ずっと魔法を使っていたのですか!?」

「えへへ。ごめんごめん。太っちょがこんな美青年になったら驚いて喜んでくれるかなあって思って。これって簡単そうに見えるけどバレないように魔法痕を体内にだけ残す高等魔法なんだよ。すごいでしょ? ねえねえ驚いた?」

 アーサーは楽しげに両手を広げた。ローレンスはハッとしてアーサーを指さした。

「犯人だ! 変装してアリバイを偽装したり逃げるつもりだったんだな!?」

「へ? いや、違うけど」

 アーサーはポカンとして否定するがあまりにも怪しすぎる。

 疑心の目を向けられたアーサーはやれやれと肩をすくめた。

「ナルンの人達ってどうもノリが悪いよねえ。まあ軍人さんだから仕方ないけど」

「そう言う問題じゃない!」とローレンスは憤った。「王に招待されてこの城にやって来た魔法使いが無断で魔法を使うなんて言語道断だ!」

「そう言われればそうだけどさあ。でも考えてみてよ。きっと今のを見せれば王様は喜んでくれたんじゃない? 僕のリサーチだとそういう性格だって聞いてるけど?」

 ローレンスは言葉に詰まっていた。たしかにあの王なら喜んで手を叩きかねない。歓迎して評価を上げてもまったく不思議じゃなかった。

 ローレンスもそれは分かっていたのだろう。だが警備を任せられた者としては怒らざる得ない。

「だとしても人が殺され、その部屋に変装して訪れれば怪しむのは当たり前でしょう!」

 シャロンは「正論ね」と微笑む。

 アーサーもやりすぎたと思ったのか頭をポリポリと掻いた。

「そりゃあまあ、その通りだけどさあ。でも彼が殺されるなんてこっちも想定外だったんだよ。しかも最後に会ったのは多分僕でしょ? 疑われるどころか犯人にされたら最悪だなあって思って言わなかった。ごめんね。謝るから許して」

 顔の前で手を合わせるアーサーに対してシャロンは笑顔で「許さない」と即答した。

 当たり前だ。最後に会ったのが彼なら殺人犯である確率は最も高いと言っていい。しかも変装していたとなれば犯人でない証拠を出さない限り疑いが晴れることはないだろう。

 シャロンは前もって回収しておいた魔方陣が描かれた紙を取りだした。

「これはなに? なんの意図でこんなものを置いたの?」

「なんだと思う?」

 アーサーは値踏みするようにシャロンを見た。だがこの人にそんな言動をしたら油に火を注ぐどころか爆弾にマグマをかけるようなものだ。

「誰を試しているつもりなのかしら? なんならもう一段階痩せさせてあげてもいいけど?」

「冗談だって」アーサーは笑ってそう言い、少し真剣な顔で繰り返した。「そう。冗談だ」

「みたいね。この魔法は発動しても空中に文字が浮かぶだけのチープなものだもの」

「その通り。パーティーグッズみたいなものだよ。楽しませようとしただけさ」

 わざとらしく両手を広げるアーサーにシャロンはピシャリと言った。

「嘘おっしゃい。ただのサプライズなら『お馬鹿さん』なんて文字が浮かぶようにはしないはずよ」

 あの魔方陣にはそんな言葉が出るようになっていたのか。それが本当ならなんともくだらない魔法だ。なぜそんなものを彼の部屋に置いたのだろうか?

 シャロンはその理由も知ってそうだった。

「随分魔法の話をしたみたいね」

「分かる? そうなんだよ。魔法使いってのは情報交換が命だ。科学みたいになんでも論文を書くわけじゃないし、自分一人でやれることには限界があるからね。可能な範囲なら手の内を明かし、見返りに相手の研究の一端を知る。それが昔からの習わしだ。だよね?」

「ええ。先人は魔法使いであることを隠して生きてきた人達ばかりだからどうしても仲間を作るのが難しかった。だから魔法で合図をしてそれに相手が答えたらその夜は魔法について語り明かす。それが習わしよ」

「まあ、僕の世代じゃそんな文化はとっくに廃れてるけどね」

「……わたしだってそうよ?」

 シャロンは惚けているがさすがにわざとらしい。

「相手はお年寄りだし、あっちに合わせるべきかと思ったんだ。合図はなかったけどさ。何度も行こうと思ったんだけどみんなに先回りされて、最後が僕だった。まあ、みんな研究熱心だってことだね。それ自体はすごくいいことだ」

「他の魔法使い達のことも知ってたのね。ならなんで言わなかったの?」

「なんでって、殺してないから。僕が最後に会ったんだ。そしてそれまでシモン・マグヌスは生きていた。なら犯人じゃない。犯人じゃない魔法使いは仲間だよ。仲間は売れない」

「そう。嫌いじゃない考え方だわ」

 シャロンは微笑むがローレンスは眉をひそめた。

「そんなことのために嘘をついたと? あなたは国をなんだと思っているんですか?」

「なにって、べつになんとも」アーサーはあっけらかんと答えた。「国は国だよ。住んでいる地域が所属している場所。それ以上でも以下でもない」

「なっ! そ、そんな意識でここに来たんですか!?」

「そうだよ。一番はおいしい物を食べたいからだけど」

 つむじを曲げるローレンスに対してアーサーはあっさりとそう言った。

 どうやら魔法使いに愛国心などという感情はないみたいだ。

 しかしそれならなぜスパイなんてするんだろう? 愛国心のないスパイなどいるのだろうか? 今のところ五人とも国を大事にしているようには思わないが……。

 新たな疑問が浮かんできた。それは同時に新たな混沌が生まれたことを意味する。

 スパイをする動機も、殺人を犯す動機も未だにこれといったものは見当たらない。

 やはりまだなにか隠しているのか? それともシモン・マグヌスが死んだあれは事故のようなものなのか?

 分かったことと言えば、魔法使いは信用ならないということだけだ。

 しかしアーサーの言っていることが事実なら他の魔法使い達は殺してないことになる。それともまた他の誰かが会いに来て殺したのだろうか?

 私と同じことを考えていたのかシャロンはアーサーに尋ねた。

「何時に部屋を出たの?」

「遅かったよ。十二時くらいかな。彼が時計を見て明日もあるから寝させてもらうって言われてさ。まあ、僕の目的は大体達成できたから大人しく帰ったけど」

「値踏みね」

 見透かされたアーサーは肩をすくめた。

「さすがだね。なんでもお見通しだ」

「あの魔方陣を見れば誰にだって分かるわよ。それで、お眼鏡にかなったのかしら?」

 アーサーは意味深な笑みを浮かべて答えた。

「随分と色々な話をしたよ。互いの得意分野や基礎的な魔法の話までね。魔法使いはどうあるべきかなんてことも聞いてみた。だけど彼はほとんど抽象的な返事しかしなかった。これは相当ガードが堅いなと思ったね。魔法使いにも秘密主義の人は多いけど、あの人もそういった類いだった。でもここで一つの疑問が生じる」

「秘密主義の魔法使いがなぜ公の場に出てきたのか」

「その通り」

 アーサーはウインクしながら人差し指を振った。

 もったいぶった言い方は腹が立つがたしかにその通りだ。

「秘密主義者が公に出てきた。この二つは矛盾する。たしかに僕は敵だけど今更発明を変えることはできないし、僕の手の内は前もって曝したから負けるとも思わないはずだ。でも彼は隠し通した。そこで当然一つの予想ができるわけだ」

 予想? ……まさか。

「そう」

 アーサーは頷いて続けた。

「実のところ彼はなんの発明もしていないんじゃないかという予想だ」

 衝撃的だった。つまりはシモン・マグヌスでさえ嘘をついていたということなのだから。

 隣のローレンスも驚愕していた。もしそれが本当なら彼は国を欺こうとしていたことになる。

 シャロンは静かに尋ねた。

「それで? 彼を試した結果はどうだったの?」

 アーサーは面白い出来事に遭遇したかのように思い出し笑いを浮かべた。

「それがさ。予想以上だったよ。僕は彼を怪しんで近くにあった紙とペンであの魔方陣を描き上げた。そして言ったんだ。『明日の謁見でこれを王様に見せようと思うんだけど、どうかな?』ってさ。そしたらなんて答えたと思う? シモン・マグヌスは顎を触りながら魔方陣を覗き込んでこう言ったんだ。『まあ、悪くないんじゃないか』って」

 私とローレンスは目を見開き、シャロンは黙って聞いていた。

 アーサーは大袈裟に両手を広げて呆れながら笑った。

「混乱したよ。王様に向けて『お馬鹿さん』なんて文字が出てくる魔法を見せろって? いくら僕でもそこまではやらない。最初はジョークかと思ったけど、どうやらそうでもないみたいだった。驚いたよね。これはすごく初歩的な魔法だ。魔法を習い始めた頃にやるものだよ。僕が五歳の頃に両親の誕生日に見せてたんだから」

 ある可能性が頭をもたげ、私は唖然としていた。ローレンスも言葉を失っている。

 しかしシャロンだけはこの可能性も予想していたらしく、落ち着き払っていた。

「つまりは」

 シャロンは小さく嘆息するとアーサーは頷いた。

「シモン・マグヌスは大した魔法使いじゃない。彼はペテン師だよ」

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