第29話

 魔法使いは嘘つき。

 それは分かっていたつもりだったが、まさか実力自体を偽っていたとは。

 あのあとアーサー・スコットは「あくまで可能性の話だけどね」と言っていたが、話を聞く限り予想は間違ってないように思える。

 しかしシャロンはその可能性を捨ててなかった。

「あなたを陥れるため惚けた可能性もあるわね。あるいはきちんと魔方陣を見てなかったのかも。なによりその話自体が嘘で自分が犯人であることを気付かれないようにしているだけかもしれないわ」

 アーサーは反論したが、疑いを解くことは最後までできなかった。

 当然だ。なにを話そうと分かっている限りではアーサーが最後にシモンの部屋を訪れた魔法使いなのだから。

 しかし彼の話が本当なら益々厄介なことになる。

 今まではシモン・マグヌスが飛び抜けた実力を持つ魔法使いだったから殺す理由があった。しかし彼がただの老人ならどうして殺さないといけないのだろうか?

 遅かれ早かれみんなが気付いただろう。そしたらただ追放すればいいだけで殺す必要なんてありはしない。

 しかしシモン・マグヌスは殺された。ただのペテン師をわざわざ密室を作ってまで排除する理由がどこにある?

「…………一体なんなんだ。この事件は……」

 聞き込みが一段落すると私達は古城を離れ、首都で最も豪華なホテルで夕食を取っていた。並べられた最高級のご馳走もこんな気持ちじゃ楽しめない。

 しかし隣に座るシャロンはまったくそんなことはなさそうにシャンパンの入ったグラスを持って香りを楽しんでいた。

「さすがはホテルエンペラー。置いているお酒も超一流ね」

 シャロンはそう言うとシャンパンを飲み、おいしそうには微笑んだ。

 ここが個室でよかった。そうでなかったら子供に飲酒をさせていると思われ、私は白い目で見られていただろう。

 ローレンスは仕事があるからと古城に残っている。容疑者と言えど残りの魔法使いも立派な客人だ。これ以上の殺しがないとも限らない。犯人があの中に潜んでいるなら別の被害者が出る可能性はあるだろう。その警備も兼ねているみたいだ。

 明日の朝に再び迎え来てもらう算段だが、私はもうあそこに行きたくなかった。

 あまりにも不可解で不可思議。人と魔法使い、本当と嘘が混じり合ったあの古城はいるだけで頭が痛くなる。

 まるで洞窟だ。出口に向かって奥へと向かっているはずがどんどんと枝分かれして行き、挙げ句の果てに今自分がどこにいるのかすら分からない。そんな気分だった。

 少しずつクビが現実的になってきた。再就職、どうするか……。

 頭を悩ませる私を気にするそぶりもなくシャロンはご機嫌そうにロブスターを食べる。

 私は彼女の頬についたソースをナプキンで拭きながら少し皮肉を込めて言った。

「順調そうですね」

「まあね。悪くはないわ」

 あまりの余裕に私はムッとした。

「今日が終われば明日と明後日しかありません。あと二日で犯人が見つかるとでも?」

「さあ。でもいくらだってやりようはあるわ」

「どういう意味ですか?」

「今は前に進めていているわ。そして進めなくなれば道を作ればいいだけよ」

 道を作る? どういう意味だ? ますます分からなくなった。

 それに私は全く前に進んでいる気分じゃなかった。むしろどんどん道を外れていっているみたいだ。

 この人は本当にこの道で合っていると思っているのだろうか? 迷子になっているのを隠しているだけじゃないのか?

 なにせ魔法使いは嘘つきだ。

「疑ってるって顔に出てるわよ」

 シャロンに言われ、私はハッとして平常心を取り戻した。たとえ嘘をついていたとしても、今の私が頼れるのはこの人だけだ。なら疑っても意味がない。

 シャロンはフッと笑った。

「まだ二日も残ってるのよ? 焦るのは早いわ。情報を得て、考え、実行する。何度も言っているけどやれることはそれだけなんだから。焦って観察も思考も推察も行動も疎かになれば待っているのは失敗のみよ。今のあなたは闇雲に手を動かしてなにかをやっている気分になりたいだけ。そんなこといくらやっても無駄よ。分かったらお酌をなさい」

 シャロンは空になったグラスを私に向けた。私は渋々シャンパンを注いだ。

 私だって自分だけのためならこれだけ焦りはしない。むしろこんな難事件を解くことなど無理だととっくに諦めているだろう。

 しかし一緒に苦楽をともにした同期の命運がかかっているとなればそうはいかない。なにかしてやれることはないかと思うのは当然だ。

 私の気持ちもよそにシャロンはシャンパンを飲むと笑顔になり顔をほんのり赤くした。

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