第26話

 二度目の訪問。

 その意味を理解したのか『ドクター』ロバートに僅かだが焦りの色が見えた。

「どうされました?」

 ロバートの問いにシャロンは鋭い目つきで答えた。

「あなたがシモン・マグヌスの部屋に入ったところを見たという証言が出てきたわ。なぜ嘘をついたの?」

 私もローレンスも後ろで驚いていた。そんな証言は聞いてない。場合によっては補完するとはこういうことだったのか。

 ロバートは目を丸くして私達を見た。私はとりあえず頷いておいた。

 するとロバートは観念してうなだれた。

「……申し訳ありません。たしかに行きました」

 この人もか。私は内心呆れ、そして警戒心を強めた。

 これほどまで人はあっさり嘘をつくなんて。しかも優しそうに見えたロバートまでもがだ。もう誰が嘘をついていてもおかしくない。

 疑心暗鬼になる中、シャロンは椅子にちょこんと座わり、ずばりと言った。

「殺したの?」

 ロバートは唖然とした。

「まさか!」

「ならなんのために彼と会ったのかしら?」

 ロバートは下を向き、沈痛な面持ちで重そうに口を開いた。

「……診療です。夕食後、腰を気にしていたところを心配して話しかけるともしよかったら診てほしいと言われました」

「会った時間は?」

「……十一時前だと思います」

 それが本当ならサイラスが部屋から出たあとだ。

 俯くロバートにシャロンは冷たい目を向ける。

「どんな話をしたの?」

「……あまり患者のプライベートなことは話したくないのですが、持病のことについて」

「どんな病気だったの?」

「まだ詳しくは。しかし私が見たところ高度な手術が必要な内臓疾患だと思われます。この国で治せる医師は少ないかと……。治せたとしても治療にはお金がかかるでしょう」

「本人はそのことを知ってたのかしら?」

「ええ。地元の医師に診てもらった時、そうかもしれないと言われたそうです」

「なるほど。なら名医であるあなたと一緒の宿に泊まって話を聞かない手はないわね」

 シャロンは納得して頷いた。

 たしかにロバートの話は筋が通っている。しかし問題は別にあった。

「でもなんで会ってないと嘘をついたの?」

 シャロンに睨まれ、ロバートは再び俯いた。

「……私は医者です。その医者が診断した患者が死ねば間違いなく疑われる。下手をするとなんらかの施術が失敗したと言われかねません。そしてそれを私が否定したとしても、魔法が使われている可能性がある以上、疑いは決して晴れないだろうと。医療と魔法に精通した医者なんてこの国にはほとんどいませんから……」

 ロバートの言っていることは事実だった。

 魔法と医療。それぞれのスペシャリストはいても両方を高度な次元でこなせる者など片手で数えるほどだ。そしてそのトップが彼なのだから、無罪を立証するのは不可能に近い。犯人が専門家より知識や技量があればいくらでも偽装できるからだ。

 ロバートが心配するのも無理はない。だが彼も言っている通り真実を言っているかどうは誰にも分からなかった。

「まだ死体は見せてもらってないけど、魔法を使って殺されていればすぐ分かるわ」

 ロバートは「ですが」と反論しようとするが、シャロンは淡々と答えた。

「手術をしたわけじゃないんでしょう? 外から体を触ってそれが死因になったのなら必ず魔法痕が残る。薬の場合は専門家に任せるとして、少なくともあなたが魔法を使ったかどうかくらいは分かるわよ。そしてそれはわたしに会った時に気がついていたはず。ならあなたが嘘をついた理由は別にあるということね」

「そんなことは――」

「エーテルが揺らいでるわよ。嘘をつくならもっと上手くつきなさい」

 ロバートはハッとして自分の手を見つめた。それからしまったという顔でシャロンを見つめた。

 シャロンは頬杖をついて余裕たっぷりに目を細くする。

「まだまだ坊やね」

 恐ろしい人だ……。推理で導き出した論理をブラフによって確定させた。一連の会話があまりにも洗練されている。

 ロバートは眼鏡を外し、額に手を触れて頭を悩ませた。そして大きく嘆息する。

「……兵器のことについて聞きました。それが人体にどんな影響を与えるか。それが心配になったんです」

「そう。それで彼はなんて?」

「なにも……。悪いけど言えないと言われただけでその話は終わりです」

 ロバートは眉をひそめ、怒りを露わにした。

「魔法を使った兵器など馬鹿げている! 人体にどんな影響があるかも分かってないんです! もしそれが使われた時、対策を練っておかないとどんな悲劇が訪れるか……。敵だからと言って殺していい人間なんていないはずですよ!」

「その通りね。だから殺したの?」

「聞いてなかったんですか!? 殺しなんてしてませんし許しませんよ! 疑いが晴れないというなら持ってきた自白剤を飲んでみせます!」

 ロバートは本気で怒っていた。軍人の私ですら威圧されるほどだったが、シャロンはその視線をさらりと受け止めていた。

「そう。分かったわ」

 挑発して本音を引き出す。この落ち着きようを見ればシャロンの想定通りに物事は進んでいるようだ。嘘をついていた以上、容赦はしないということだろう。

「それからどうしたの?」

 ロバートは一つ大きく息を吐くと落ち着きを取り戻してかぶりを振った。

「なにもありません。よければうちの病院に来てくださいと言って終わりました。彼もこれが終われば是非行きたいと言ってくれてましたよ」

「他にはなにか言ってなかった? これから誰かと会う予定があるとか」

「さあ……。でもお酒の準備をしていました。もしかしたら誰かと会うつもりだったのかもしれません」

「魔方陣は?」

「魔方陣?」

「あなたの施術で使ってない? または描いて見せたとか」

「ありません。なんのことですか?」

「知らないならいいわ。念のために聞いただけだから」

 シャロンは「以上よ」と言って立ち上がった。

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