第12話
聞き取りは各人の部屋で行われた。
その方が部屋の中で魔法を使った痕跡が見つけられるから一石二鳥というわけだ。
一人目は『魔機構』サイラス・ヤング。
サイラスは部屋に入ってきたローレンスを睨んだ。
「おいおい。一体いつまでここに閉じ込める気だ? 俺がいないと回らないビジネスがたくさんあるんだぞ。それとも国は損失を補填してくれんのか?」
「……身の潔白が証明されればすぐにでも出られます」
「だからそれはいつだって聞いてるんだ!?」
怒鳴るサイラスは私の足下を見つめて意外そうな顔をした。
そこにはシャロンが面倒そうに立っている。
シャロンは私に「椅子」と指示を出した。私は近くにあった椅子を持ってきてシャロンを抱き上げ、そこに座らせた。足が短く、全く床にはついていない。
サイラスはシャロンを見て眉をひそめた。そしてなにかを感じたのか額から汗を流す。
「な、なんだよ。この子は?」
その問いに私が答えた。
「このお方はシャロン・レドクロス様でございます」
「シャロン……って、あの『魔殺し』の……。本当にガキだったとは……」
新しい二つ名だ。どうやら色々な逸話をお持ちらしい。
「シャロン様は王からこの事件を預かっておられます。それをご承知の上、真実のみをお話ください」
「そういうことよ」とシャロンはサイラスに告げ、短い足を組んだ。「わたしに面倒をかけたら消し炭にするから」
サイラスは気圧されるように静かになった。シャロンが問う。
「出身はどこかしら?」
「……クイーンズヒルだよ。田舎町だ。だけど今はダリオリに住んでいる。会社を立ち上げて十七年。今は従業人百二十人の長だ。売れ筋は『マジックギア』って言っても分からないか」
「魔法と部品を合成させる技術でしょう。生産性が上がるからって流行っているみたいね」
「よくご存じで。マジックギアは一度売れば二年毎のメンテナンスが必要になる。エーテルが枯渇するから補充しないといけないんでな。安く多く売ってアフターサービスで稼ぐ。そうすりゃあ導入が簡単で稼げるから多少ふっかけても文句は出ない。ボロい商売だよ」
「お金が好きなのね」
「ああ」サイラスは即答した。「カネなんていらないって言う奴もいるが、あれは恵まれてるからだ。俺みたいな貧乏な家に生まれればカネの大事さはイヤでも分かるぜ。あんな生活はもうまっぴらだ。だから稼ぐ。魔法使いの中には誇りだなんだと言って俺を否定する奴も多いが、気にもならないね。誇りじゃ腹は膨れないからな」
「ならここに来た目的も」
「当然カネだ。俺は稼ぐためにここに来た」
国のために生きている私とローレンスは思わず顔をしかめた。するとサイラスはこちらを向いた。
「あのな。お前らの給料は税金から払われてるんだぜ? その税金を最も多く納めてるのが企業だ。稼げば稼ぐほど国のためにもなる。そんな顔はされたくないね」
シャロンはニヤニヤしながら「だそうよ?」とこちらを見た。
私達はなんとも居心地が悪かった。ローレンスは小さく嘆息する。
「……自分はこの偉大な国が繁栄し続けてくれることだけが望みです。他はありません」
「私もです」と私も続いた。
サイラスはフンと鼻を鳴らし、シャロンは「殊勝な坊や達ね」と面白そうに笑った。
私とローレンスが内心やれやれと思っているとシャロンは続けた。
「じゃあここにはなにを売り込みに来たの?」
「……言わなきゃダメか? あんたは一応同業者だ」
怪しむサイラスにシャロンは呆れ笑いを浮かべた。
「このわたしが守銭奴の考えたくだらない魔法を盗むとでも?」
「……くだらなくてもカネにはなる」
「それがくだらないと言ってるの。お金なんてわたしがその気になればいくらでも生み出せるわ。商売なんて小銭稼ぎより黄金を作り出す方が手っ取り早いでしょ」
「……作れるのか? 金を……」
サイラスは唖然とする。私とローレンスも驚いていた。シャロンは意味深に笑った。
「魔法は奥が深いのよ。分かったかしら? 坊や」
四十代の男ですら子供扱いだ。この人は本当に底が知れない。
サイラスは観念して溜息をついた。
「……持ってきたのはマジックギアの改良版だよ。今までは小型なものばかりだったが、今回は既存のものよりかなり大きい。つまりそれほど大きな力を生むってことだ。最近国防軍が開発中の『飛行機』とかいう代物に使えると思ってな。国と仲良くしておけば今後のビジネスも有利に進めるからそれも期待して来たよ」
確かに飛行機は国の研究機関が開発中だ。飛行船より速く、自在に動ける。これに機関砲を乗せれば強力な兵器になると期待されている。
ネルコ以外の周辺国、東のイガヌや南の大国ゴリガリでも開発していると言うが、まだどの国も実用化には至っていない。
完成すれば戦争は一変するだろうというのが軍の見方だ。サイラスの言うことが本当なら我が国は大陸での攻防や植民地での戦いでかなり有利になるだろう。
私やローレンスにとっては朗報だった。しかしシャロンは興味を示さなかった。
「あっそ。それこそ空なんて箒で飛べばいいと思うけど。凡夫は大変ね。まあいいわ。あなたのことについてはある程度分かった。力量も大したことないみたいね」
サイラスは「あんたと比べれば誰だってそうさ」と苦笑した。
世間じゃかなりの魔法使いだと認識されている『魔機構』もシャロンの前じゃ形無しだった。
「じゃあ本題に入るわ」とシャロンは言った。「事件当日。食事の後はなにを?」
「なにってみんなと同じだよ。三階に上がって、ロビーで軍の関係者と話をしたり、魔法使い同士で話したりした」
「誰と話したの?」
「俺が話したのはイヴリンっていう眼鏡の姉ちゃんとラブロ大佐だったよ。イヴリンは色々と質問してきたが全部テキトーに答えた。ラブロ大佐は俺のやってることを知ってたみたいで、王様が気に入らなくても軍としては個別で話がしたいと言ってくれた」
「会話のあとは?」
「部屋に戻って酒を飲んで寝たよ」
「シモン・マグヌスとは会ってないの?」
「ないね」
「ここに来るまで彼と面識は?」
「それもない。大体会いたくても会えないだろ。あんたもそうだが、あいつも田舎に籠もってた。役人達はよく見つけたと思うよ」
「私は人と会ってるわよ。それ相応の力量があればだけど。でもシモンはたしかに変人だったそうね。彼と会ったって言う人は少ないし。でもだからこそ貴重な機会に話したいとは思わなかったの?」
「多少はな。だけど長旅で疲れてたんだ。酒を飲んだら風呂も入らずそのまま寝て、あとは騒ぎがあるまで起きなかったよ。だから変な音とかも聞いてない。そもそも俺の部屋は廊下を挟んだ正面だからな。窓から誰かが落ちても気付かねーよ」
たしかに距離的にはそうだ。廊下は幅があるから部屋まで音は届かないだろう。なにより客室の壁は厚い防音仕様だ。証言に矛盾はない。
シャロンは呆れながら椅子の肘掛けに頬杖をついた。
「魔法にとって最も大切なのは知識と観察である。魔法使いなら誰でも知ってる格言を理解していればこんな機会をみすみす逃すことはなかったでしょうに」
「悪いが俺自身は魔法の研究なんてここ数年はそれほどやってないんでね。会社の経営で手一杯だ。主な研究は雇った魔法使い達にしてもらってる。あいつらがいれば質問攻めにしてただろうな」
「三流なのは見た瞬間分かってたわ。それを踏まえた上で聞くけど、犯人はどうやってあの状況を作り出したと思う?」
サイラスはムッとしてから顎に手をあてて考え込んだ。
「魔法痕は?」
「なかったわ」
「なら既存の魔法では難しいだろう。これ専用に新しく開発する必要があるはずだ。でなきゃどうやったって証拠が残る。それが残ってないってことは証拠が残らないような魔法を開発したってことだ」
「なるほど。じゃあ誰が怪しいと思ってるのかしら?」
まさかの質問に私とローレンスは驚いた。容疑者に犯人を推理させるとは。
サイラスは肩をすくめた。
「誰だろうな。一つ言えるのはかなりの使い手ってことだ。なら俺と眼鏡の姉ちゃんには不可能。『青薔薇』か『ドクター』が有力だ。一応『美食家』もあり得るな」
「どうやって?」
「知るかよ。だけど『青薔薇』ならそれだけの魔法を作れるだろうし、『ドクター』も専門は医療だ。人を生かせるなら殺すことも造作ないだろうよ。『美食家』も食べたら自殺するような食い物を作り出せるかもしれない。どちらにせよ俺には手に負えないね。なにせ三流だからな」
「でしょうね」
シャロンが笑って肯定するとサイラスはムッとした。しかしすぐ諦めたように笑う。
「これでいいか? いいならせめて電報を打たせてくれ。手紙でもいい。頼むよ。明日は大事な契約があるんだ」
ローレンスは「検討しておきます」と言うとサイラスは肩を落として溜息をついた。
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