第11話
シャロンの要望で魔法使い達の聴取をする前に軽く食事を取ることになった。
「綺麗なお花ね」
シャロンはニコリと笑う。テーブルに置かれた花瓶には可愛らしい花が入れられていた。
ローレンスはなんとも言えない顔で苦笑した。
「事件のあった日に自分が持ってきたんです。客人をもてなそうと思ったんですが、まさかこんなことになるとは……。喜んでもらえてよかったです。無駄にならずに済んだ」
「お花はいくらあってもいいわ。香りもステキね。元気がなさそうなのもあるけど」
シャロンは満足そうに微笑んだ。その口はパスタのソースで周りが汚れている。
私はそれを紙ナプキンで拭き取ってハッとする。
「し、失礼しました……」
「別にいいわよ。口が小さいから注意してないと汚れるの。これからも気付いたら拭いてくれて構わないわ」
「……分かりました」
頭では分かっているのだが、やはり子供扱いしてしまう時がある。なんというかこの小さな体を守ってあげないといけないと思ってしまうのだ。
私が反省しているとローレンスと目が合った。ローレンスもまた紙ナプキンを持って手を伸ばしていた。お互いの気持ちが分かると同じタイミングで苦笑する。
ローレンスはゴホンと空咳をして仕切り直す。
「聴取の前に聞いておきたいことがあります」
「部屋の外から人を殺す魔法があるかどうか、でしょう?」
シャロンが先回りして答えるとローレンスは「ええ」と頷いた。
シャロンは紅茶を一口飲んでから答える。
「率直に言えばあるわ。でもそれほど多くない。ただし、新しく開発された魔法だと私にも分からないわね」
「そうですか……」
「でも術者を見れば力量が分かるわ。複雑な魔法はそれだけ術者のエーテルを消費するから力量が分かればやれることも分かるでしょう。私が知る限りあの中にそんな高度なエーテル操作をできる魔法使いはいないと思うけど。いたら名前くらい聞いているはずだから」
今度は私が尋ねた。
「具体的にはどんな魔法であれば可能なんでしょうか?」
「難しい質問ね。部屋の外から人を殺す魔法はあるわ。でも魔法痕は残ってしまう。魔法痕を消す方法がないわけじゃないけど、触れずにそれをするのはまず不可能。殺しと証拠の隠滅。それを両立する方法はおそらくないでしょうね」
「じゃあ殺す方法だけに限れば?」
「いくつかあるわ」
シャロンは右手の人差し指を立てた。
「まず一番簡単なのは物体を浮かせる魔法。これはほとんどの魔法使いが使える基礎的なものよ。でも目視する必要があるわ。しかも鍵を開けて人を放り出し、再び鍵を閉めるとなるとかなりの精密さを求められる。見ないでするのはまず無理ね。それに自分の体が勝手に浮いたら助けを求めるでしょうし、なにより魔法痕が必ず残るわ。簡単な魔法だからある程度の術者であれば打ち消せるでしょうし、シモンほどの魔法使いがやりたい放題されるとは思えないわ」
シャロンは次に中指も立てる。
「次に可能性としてあるのが空間転移」
「空間転移?」
私は聞き慣れない言葉に首を傾げた。
「そう。読んで字の如く物質を空間から空間に転移させる魔法。ここで魔法を使っても?」
シャロンはローレンスに許可を求めた。ローレンスは少し困っていたが頷く。
するとシャロンが左手を開いた。かと思えばそこにペンが出現する。驚く私達をよそにシャロンはペンをくるくると回した。
「あそこのマントルピースにあったペンを空間から空間に移動させたわ」
そう言うとシャロンの手からペンが消えた。すると奥の暖炉にあるマントルピースでからんという音がする。そこには先ほどまで空だったペン立てにペンが入っていた。どうやら再び戻ったらしい。
「この魔法で大きな物を扱うのは大変よ。それだけ大きなトンネルを作らないといけないわ。でもだからこそ見る者が見ればすぐに分かる。あの部屋で使用した場合、ベッドから窓の外に巨大な魔法のトンネルが残っていたでしょうね」
「ならあり得ないと」
「断言できるわ」
そしてシャロンは薬指を立てた。
「最も有力なのが人を操る魔法ね。精神を操作して動きまで意のままに操縦できる高等魔法。これだと魔法痕は部屋の中にはほとんど残らないわ。だけどかなりの手練れでない限り使用はまず不可能。なにせ相手のエーテルを掌握しないといけないのだから。対象が魔法使いなら更に困難ね」
「でもそれだと自殺させることも可能なんですね?」
「理論上はね。でもいくら操られているとは言え、自分で自分を殺せなんて命令をすんなり受け入れられる人間はまずいないし、なによりその場合体内に魔法痕がはっきりと残るわ。火葬したって分かるでしょうね。それこそ骨になっても識別できるほど強い魔法よ」
私はローレンスに「死体は?」と尋ねた。
「腐敗しないよう地下の安置室に置いてある。時間が空いたら見てもらおう」
それを聞いてシャロンはげんなりした。
「滅茶苦茶になってるなんてことはないでしょうね?」
「胸を強打して骨が肺に突き刺さっていますが、そちらはそれほど目立った外傷はありません。ただ顔の損傷はひどいので……」
「……食事中に聞く話じゃないわ」
シャロンは辟易としながら再びパスタを食べ、やはり口の周りを汚した。
部屋に魔法を使った痕跡がない限り操ったと見るのが賢明だろう。しかし遺体を見てなにもなければいよいよ訳が分からなくなる。
一体どうすればドアも窓も閉めたまま男を外に突き落とせるのか? しかも鍵は部屋の中に置いたままだ。
私はシャロンの口を拭きながら尋ねた。
「新しい魔法を開発した者がいたとして、それが魔法痕すら残さないものである可能性はどれくらいありますか?」
「ほぼゼロね。さっきも言ったけど魔法はエーテルを変換して使用するもの。使えばどうしてもエーテルに変化が見られるわ。強力な魔法であればあるほど大きな痕跡がね。普通の人間には見えないだけで質量保存の法則からは逃れられない。坊や達が思うほど魔法は無法でも万能でもないのよ」
確かに私は魔法を知らなすぎた。そのせいでなんでも簡単にできるすごい術だと思っていた。
しかしシャロンの言っていることが本当なら魔法で人を殺せば必ず証拠が残る。
ならこの事件は魔法が使われてないということか?
いや、まだ魔法とトリックを組み合わせた可能性がある。むしろその可能性の方が高い。
シモン・マグヌスを殺してから部屋の外で魔法を使い、密室を作り上げた。そう考えれば納得できる。
どちらにせよ魔法なしであんな芸当は不可能だ。
シャロンは料理を食べ終わると一息つき、そして告げた。
「さあ。魔法についても話したことだし、若輩者達から話を聞きにいきましょうか」
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