第10話

「魔法痕がない? それは本当ですか?」

 私の質問にシャロンは面倒そうに答えた。

「だからそう言っているでしょう? それともこの私が嘘をついているとでも?」

「いえ、そういうわけでは……」

 しかしもし魔法使いの中に親しい人物がいるとしたら……。

「言っておくけど、私は誰かを庇うようなことはしないわよ。最近の魔法使いはあまり知らないし、なによりあまり会わないようにしているから」

「えっと、それはどうしてですか?」

「決まってるでしょう。狙われているからよ。この可愛らしい体をね」

 シャロンは自分の胸元に両手で触れた。

 そうか。不老不死だ。

 それを手に入れようと思う者が現れるのは必然。たしかにそれなら魔法使いの知り合いはそれほど多くないだろう。なにより若者の会話についていけない可能性も……。

「失礼なことは考えないように」

「…………考えてません」

 シャロンに睨まれ、私は咄嗟に惚けた。一方でローレンスは困惑していた。

「あなたは王が選ばれたお方だ。もちろんそのお言葉は信じます。しかし……」

「ありえないと?」

「……ええ。失礼ですが見落としている可能性は?」

「ないでしょうね。坊や達には分からないでしょうけど、エーテルというものは変換するとたゆたうのよ」

 この人にかかれば部下もいてそれなりの地位もある私達ですら坊や扱いだ。

 シャロンは続けた。

「そもそも魔法というのは術者が持つ固有のエーテルを火種にしてこの世界を満たすエーテルを変換するもの。つまり魔法を使えばそこにあったエーテルが減るから穴が空くわけ。それを埋めるように周囲のエーテルが移動するの。加えて火種にした個別のエーテルも残るわ。こちらは元々そこにないものだから溶け合うのにかなり時間がかかる。でもどちらも見当たらないわ」

 説明してもらって悪いが、なにを言ってるかさっぱり分からない。

 私とローレンスが話についていけずにいるとシャロンは溜息をついた。

「簡単に言えば森で木を切ればすぐ分かるし、加工した木材を自然の中に放置しても土に還るのにかなり時間がかかるってこと。分かった?」

「なんとなくは……」

 理解はできないが納得はできた。しかしローレンスは食い下がる。

「ですが魔法痕を見つけにくい方法もあると聞きます」

「あるわね。最近だと工業製品に使う部品をエーテルで作用するものに変えるとか。でもそれだと物が残るわ。それに部品を動かすにも周囲のエーテルを利用するからやっぱり魔法痕は残るのよ。ほんの少しだけど。そういった痕跡もないわ」

「……失礼ですが、歳のせいで目が悪くなっている可能性は?」

「殺すわよ」

「……申し訳ありません」

 私は殺気が空気を震わせるところを初めて見た。思わず震えてしまう。

 シャロンは小さく嘆息すると自分の手を見つめた。

「言葉の意味を考えなさい。死なないし、老いないのよ」

「あ…………」

 ローレンスは気まずそうに口をつぐんだ。

 そうか。なら視力が悪くなることもない。見落としはないだろう。

 いや、待てよ。

「なら高い場所はどうでしょう?」

「なるほど。物理的に見えないところと言うわけね。その可能性はあるわ」

 シャロンはまた私に手を伸ばした。どうやらこれが抱っこしろの合図らしい。私はシャロンを抱き上げた。

「肩車にして」

「……承知しました」

 私はシャロンを肩車する。我ながらなにをしているんだと思ってしまう。もしこんなところを部下に見られたら笑われるだろう。

 シャロンの指示に従い、ライトや天井などくまなく探してもらい、それが終わるとベッドに降ろした。

「なかったわ」

 ローレンスは複雑そうな顔でテーブルの上に置いてある魔方陣を見つめた。

「ではあの魔方陣は一体……」

「あれはまだ描きかけね。ちゃんと使えるようになるにはもっと描き込まないといけないわ。それに出来上がったところで大した魔法じゃないわよ。精々指定された文字が浮かぶだけ。もういいかしら?」

 まさかそんなくだらない魔法だったとは。ローレンスも私同様ガッカリしていた。

「はい……。お手数をおかけして申し訳ありません。しかしそうなると……」

「シモン・マグヌスは魔法以外で殺された可能性が出てきたわね。まあ、この部屋で使われてないだけで他で使われているかもしれないけど。どちらにせよ考え方を変えないといけないわ」

 ここに来て雲行きが怪しくなってきた。

 私は始め、この事件は魔法に精通した者が現場を見ればなにか証拠か手がかりのような物が見つかり、そこから解決できると考えていた。

 しかし魔法が使われてないとなると話は変わる。犯人を見つけ出すためのヒントすらないのならどうやって逮捕すればいいのだろうか。

 ローレンスは落胆していた。招待した魔法使いが殺されたことですら失態なのに、犯人さえ捕まえられなければどんな処分を受けるか……。考えただけでも不憫に思う。

「……では一体どうやって彼は殺されたのですか?」

「さあ。なにかトリックを使ったか、それとも手の込んだ自殺か。どちらにせよ現時点ではなにも分からないわ」

 自殺。そんな言葉まで出てきた。そうか。ローレンスの言っていたことはこれか。

 たしかにこんな状況ならそれもあり得る。被害者が窓から飛び降り、何らかの手を使って窓の鍵を閉めればいい。それが一番現実的な気すらしてくる。

 しかしわざわざこんな場所で死ぬ理由が分からない。なによりどうやって窓から飛び降りた男が鍵を閉められるのだろう?

 不可解。この事件はまさにその言葉がふさわしかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る