第2話
私は緊張していた。
王直々に呼び出されるなど経験になかったからだ。王室に通されると手に汗が滲んだ。
ネルコ・シャルケ王国第十七代国王であるルヒク三世。金髪に青い目を持つ四十歳を迎えるこの王はここ何代かで最も成功を収めた優れた国主であった。
楽しさの中に合理性を兼ね備えたこの王は実力主義の元、国の為になるなら誰でも用い、それが我が国を大いに発展させた。
その偉大な王を前に私は膝を突き、頭を下げた。
「お呼びでしょうか?」
「あはは。固いなあ。もっとリラックスしようよ。スマイルスマイル♪」
王は笑顔で髭を触った。しかし私には到底リラックスなんてできそうにない。
王に「さあ。面を上げて」と言われ、私は顔を上げる。王の顔を見ると緊張が更にひどくなった。まず間違いなく私の人生における分水嶺は今だろう。
「ミスターアル・ホワイト。君に頼みたいことがある」
「……はい。なんなりと」
王に名前を呼ばれると心臓が跳ねた。王は笑顔で続ける。
「ちょっと困ったことになってねえ。有り体に言っちゃえば我が国の大ピンチなんだ」
「……と言いますと東のイガヌ帝国に関することでしょうか?」
ここ二十年は国境を接するイガヌ帝国との間ではたびたび小競り合いが起こっていた。加えて最近は進出した先で権益を巡る植民地問題も抱えている。
その他にも周辺国には積極的な軍備増強が目立ち、我が国ものんびりしてはいられないという声が国内で増えているところだった。
王は右の人差し指を立てた。
「イエス。と言いたいところだけど、事はイガヌだけに留まらない。この大陸全土にとって重大な事件が起きた。そしてその事件を君に担当してもらいたい。正確に言えばその事件を解くためにあるレディを呼び寄せた。余が直々に頭を下げてね。その方のお世話が君の仕事だ。ミスターアル・ホワイト。レディの扱いは心得ているかな?」
王が直々に頼み込んだ? 一体どんな女だ……?
「……その、一生懸命頑張りたいと思います」
「あはは。まあ、男ばかりの士官学校出に尋ねることじゃなかったな。でもその意気だ。彼女は爆弾が人の形をしているような方だからね。怒らせたらおっかない。少なくとも余が避難してからにしてほしいもんだ。いや、本当に」
「……と言いますと」
私は察し、王は頷いた。
「そう。彼女は魔女だ」
魔女。その言葉を聞いて私はただ事ではないことが起きていると思った。
普通王が直接魔女など呼ばない。魔法の使用が危険だからと公の元で禁じられているのに国の急所に引き入れるなんて王を守る者達が許さないだろう。
しかしそうしなければいけないなにかが起こっている。私や世間が知らないところで大事件が起こったのだ。
そう言えば兵が極秘裏に動かされていたがそれもこの事件に関係があるのだろうか?
考え出せばきりがない。分かっているのは私がその事件を解くために呼ばれた魔女のお世話を任されたということだけだ。
「受けてくれるね?」
王の問いに私はゴクリとつばを飲み、頭を下げた。
「もちろんでございます」
すると王はニコリと微笑んだ。
「ありがとう。なるはやで頼むよ。他国に勘付かれたら大変なんだ。そうだなあ。猶与は三日ってところか。三日以内に彼女と協力して事件を解いてくれ。それができないなら」
王はくるりと振り向き、奥の部屋へと向かった。
「君はいらない」
そう言うと王は私の目の前からいなくなり、私の額から汗が絨毯に落ちた。
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