第3話
大変なことになった。
王室を出てからも私はその言葉を心中で繰り返していた。
士官学校を出て五年。中尉となった今までも気苦労が多かったが、それら全て大したことのないように思えるほどだ。
魔法使いにはこれまでも何度か会ったことがある。子供の時は街の祭りで見たし、士官学校では対魔法について学んだ。出会った魔法使いはどれも怪しげで歳を取った変わり者だった。おそらく今回もそのような人だと思う。
しかし爆弾のような老婆とは一体どんな人だろう? 王が直々に頼むほどの関係なのだから怒らせれば私など造作もなく消し飛ぶに違いない。
そうでなくても事件を解かなければ左遷は免れないのだ。一体どんな事件かは分からないが、この三日で私の人生は決定づけられるのは確実だった。
従者の話では私がこの役に選ばれたのは数人の上官から推薦されたからだそうだが、その実誰なら損な役回りを押しつけてもいいかを話し合い、贄として差し出されたのだろう。
実際私はこれといった特徴もない平凡な人間だ。そんな男に三日はあまりにも短すぎる。こうなれば王が呼んだ魔女とやらに私の命運を託すほかないだろう。
私は大きく嘆息して言われた通り応接間で魔女を待っていた。
置かれた鏡には黒髪の私が俯いているのが映っている。軍人というにはあまりに線が細い。これでも鍛えているのだが、ずっと筋肉は付かないままだった。だからこそ私は士官になったのだが、こんなことになるなら前線に出るべきだったのかもしれない。
王室もそうだがどこもかしこも豪奢で目がチカチカした。椅子も机も見たことすらない高級品だ。頭上に煌めくシャンデリアだけで私の年収を軽く越えるだろう。
それにしても女か……。正直得意ではない。むしろ苦手だ。なにせずっと軍という男社会で生きてきた。粗暴な男も苦手だが、気分屋の女は理解すらできない。
一体どんなご婦人がやってくるのか。できれば優しげな老婆であればありがたいが。
「お見えになりました」
ノックと共にドアが開き、老執事がそう言った。私はすぐに立ち上がり姿勢を正す。
とにかく笑顔だ。女性にはそれがいいと昔同僚が言っていた。
私はなんとか笑顔を作った。しかしそれは入ってきた女性を見て凍り付く。
「こちらがシャロン・レドクロス様でございます」
従者から聞いてた名前が老執事の口から出た。だが、この姿はまったくの想定外だ。
シャロンと呼ばれたその女性はどこからどう見ても少女にしか見えない。それもまだ小さい。百七十五センチの私が立つと腰くらいの高さに頭がある。
長く綺麗な白銀の髪に切れ長の瞳。肌は白くて陶器のようだった。真っ赤なドレスには黒いフリルがあしらわれ、厚底のブーツと手袋が四肢を包んでいる様は子供が欲しがるドールみたいだ。先の曲がった赤い帽子をかぶり、ねじ曲がった杖を持っていなければ彼女が魔女だと気付くのは難しいだろう。
シャロンは混乱する私を見上げ、値踏みするように眺めた。
見られるとすぐにただの子供じゃないことが分かった。先ほど会った王とは違う緊張感がある。王より鋭く、分厚い。それにあてられ、私は身動きできないでいた。
「気が利かない子ね」
シャロンはそう言って私を睨んだ。私は思わずハッとする。
「え、遠路はるばるご足労いただきありがとうございます」
「そう。遠かったわ。この体で移動するのはとても大変なの。なのにあなたは帽子も受け取らないし、椅子も勧めない。失礼にもほどがあるわ」
「申し訳ありません……。配慮が足りませんでした」
私が頭を下げるとシャロンは呆れていた。そして辺りを見回す。
「フレデリックはどこ?」
フレデリックとはルヒク三世のことだ。本名はルヒク・フレデリック・マルコ・ネルコという。
「お、王はここにはいません。私があなたのお世話を仰せつかりました」
私がそう言うとシャロンの機嫌が更に悪くなる。
「あの馬鹿。人を呼びつけておいて出迎えもしないつもり? 王になったからってわたしに対してそんな振る舞いが許されると思っているなら大間違いだわ」
シャロンは怒って廊下に出た。
「どちらに行かれるのですか?」
「決まってるでしょう。あの子のところよ」
シャロンはそう言うと王室に向かって歩き出した。私は慌ててあとを追う。
「お待ちください。許可がなければお会いすることはできません」
「呼んだのだから許可ならあるでしょう? いいから黙ってついて来なさい。たしかここを右だったわね」
来たことがあるのかシャロンはどんどん城内を進んでいく。それにしてもおかしい。守衛がまったくいない。いや、誰かに見られている気配は感じる。つまりいるのだが止める気はないらしい。
おそらく王の指示だろう。でなければ私だってとっくの昔に足止めされているはずだ。
シャロンが王室の前に着くと大きな扉がひとりでに開いた。これも魔法なのだろうか?
扉の奥では豪華な椅子に王が座っていた。
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