第49話 嘘と本当
俺はランキング10位の冒険者になった。
少し前までは死ぬことばかり考えていたのに、人生とは何があるかわからないものだ。
(まぁ、ランキング10位になったから何なの、って話ではあるが)
正直、まだ実感がない。
「宿須君。早速、仕事をお願いしたいのだけど」
「あ、はい。何ですか?」
「軽井沢ダンジョンであったこと、話してくれませんか?」
「わかりました。ちょっと整理する時間をもらってもいいですか?」
「もちろん」
俺は軽井沢ダンジョンであったことを頭の中で整理してから話す。
『跳竜の靴』を手に入れたこと、それを使って地下10階を突破したこと、そして、無我夢中で走り抜けた先でブラックドラゴンを倒したことなどを話した。
「――以上が軽井沢ダンジョンで起きたことになります。ブラックドラゴンを倒した報酬として、『竜神の杖』を手に入れました」
この話の中で、あえて言わなかったことがある。
『ダンジョンの精霊』だ。
ダンジョンの精霊のことを話せば、願い事についても話す必要があるだろう。
それが面倒なので、精霊のことも話さない。
(そういえば、ダンジョンの精霊とか、願い事が叶うとか、そんな話を聞いたことないぞ)
最初のダンジョン攻略からいろいろ調べ、一般の冒険者と同じくらいには知識を得た。
しかし、ダンジョンの精霊などの話は聞いたことはない。
それに、制約はあるものの、願い事が叶うなんて話があれば、ダンジョンに人がもっと殺到していてもおかしくないが、実際は、命知らずの馬鹿か、ロマンを求める馬鹿しかいない。
(意図的に情報が隠されている?)
だとしたら、余計なことは話さないに限る。
「それで全部ですか?」
「はい」
「なるほど。ありがとうございます」
「はい」
「それじゃあ、少しだけ質問してもいいですか?」
それから三十分ほど質問タイムが始まった。
渋沢さん以外の冒険者ともやり取りはあったが、ダンジョンの精霊について話す者は誰もいなかった。
「――ほかに質問がある人はいますか?」
渋沢さんの問いかけに、「ないでーす」と上神と呼ばれた男が答える。
「では、今日は他に議題もありませんし、解散にしますか」
「その意見に一票」と上神が手を挙げる。
「はい。では、解散です」
リモートの画面が消え、上神たちも帰り始める。
俺も帰ろうと思ったが、渋沢さんがじっと俺を見ていることに気づく。
彼女は座ったまま動かない。
目が合うと、ニコッと笑った。
(お礼くらいはちゃんとした方がいいかもな)
俺が冒険者を続けられそうなのも、彼女のおかげだ。
「あの、渋沢さん」
「はい。何でしょう?」
「ありがとうございました。渋沢さんのおかげで、俺はまだ冒険者でいられます」
「いえいえ、私はとくに何もしていませんよ。冒険者を続けられるのは、宿須君の実力です」
「……ありがとうございます」
お礼も言ったし、もう充分だろ。
「それじゃあ、お先に失礼します」と帰ろうとしたら、「待って」と呼び止められる。
「何ですか?」
「どうして、『ダンジョンの精霊』の話をしなかったの?」
ダンジョンの精霊という言葉にドキッとする。
周りを見ると、部屋には俺と渋沢さんしかいなかった。
俺は渋沢さんを見返す。
渋沢さんは、精霊の存在を知っていた。
(でも、だったら、何でさっき聞かなかったんだ?)
戸惑っていると、渋沢さんは微笑む。
「大丈夫。責めようとしているんじゃないよ。宿須君があえて話さなかった気持ち、私もわかるから」
「……もしかして、渋沢さんも会ったことがあるんですか?」
「うん。一年前に、『樹海ダンジョン』で」
樹海ダンジョン。
日本に初めて出現した難易度Sのダンジョンで、渋沢さんがランキング3位になったきっかけのダンジョンだ。
いわゆる、アンデッドの敵が多く、並みの冒険者は発狂してしまうダンジョンだったらしい。
「宿須君も会ったとなると、ダンジョンの精霊に会うためには、高難易度のダンジョンを攻略する必要があるみたいだね」
「そうですね」
「これは良い情報を得ました。ありがとうございます」
「あ、いえ」
「それで、宿須君は何を願ったの?」
「何を……世界平和、ですかね」
嘘である。
俺がそんなものを願うわけがない。
でも、俺は渋沢さんのことをまだ信用していないからこう答えるしかない。
「へぇ。私に嘘をつくんだ」
渋沢さんは薄い笑みを浮かべる。
攻撃的な視線がちょっと怖かった。
でも俺は、「ついてませんよ」と嘘を重ねる。
「そっか。わかった。でもね、宿須君。君は今、嘘つきの顔をしているよ?」
「すみません。それは生まれつきなんで。それより、渋沢さんは何を願ったんですか?」
渋沢さんはすぐに答えなかった。
俺と視線を交わすこと数秒。
「それが奇遇なんだけど――私も世界平和を願ったの」
そう言って、渋沢さんは微笑む。
その顔は、嘘つきの顔だった。
☆☆☆
ギルドの職員が家まで送ってくれるとのことだったので、俺はその好意に甘え、車で帰ることにした。
エレベーターに乗ると、俺を連行した女に言われる。
「渋沢さんと何を話していたんですか?」
「まぁ、世界平和について、ちょっと」
「ふぅん」
1階に到着し、職員専用のゲートを通って、開放エリアに出る。
そのまま、エントランスに向かおうとしたら、声がした。
「竜二っ!!!」
ネムだった。
俺はネムの登場に驚いてしまう。
「あ、えっと」
俺が反応に困っていると、ネムが駆け寄ってきて、俺を――抱きしめた。
「良かった。良かった」
ネムは俺の胸に顔をうずめ、そう何度も声に出した。
俺を抱く力も強い。
そんな風に喜びを表現されて、嬉しくないわけがない。
それでも、感情表現が苦手な俺は、どこか素っ気ない態度で、「ネムも無事そうで良かった」としか言えなかった。
ネムが顔を上げ、じっと俺を見据える。
その目じりには、涙が浮かんでいた。
彼女はそれを隠すように顔をそむけ、そっと俺から離れた。
「ちょっと、あんまり見ないで。今日の化粧、ネム的にいまいちだから」
「ああ、ごめん」
そこで俺は、ギルド職員の姿が無くなっていることに気づく。
空気を読んでくれたのかもしれない。
「それにしても、心配したんだからね。もしかしたら、もう起きないんじゃないかって」
「すまんな、心配を掛けたみたいで。でも、ありがとう。心配してくれて。花もありがとう」
「ん。まぁ、竜二は、ネムにとって、大事な、な、仲間だから」
ネムが気恥ずかしそうに言った。
(仲間、ねぇ)
俺にとっては、ネムが仲間であるだけで、十分に幸せなことなのかもしれない。
だから俺は、その幸せを噛み締めるように、もう一度、「ありがとう」と言う。
「それにしても、ずるいよ、竜二。ネムよりも先に、ダンジョンで飛んじゃうなんて」
「いや、あれはとぶ違いかな。俺はウサギのように『跳んだ』のであって、鳥のように『飛んだ』わけじゃないから、ネムよりも先に飛んだわけじゃないよ」
「まぁ、そうかもしれないけどさぁ」とネムは不服そうだ。
「安心しなよ、ネム。ネムもちゃんと飛べる日が来るから。俺は跳んでみて、それを確信した。だからさ、これからも一緒にダンジョンに行ってくれないか? そしていつか、二人で飛ぼう」
そこで俺は気づく。
ヤバい。何か、また告白したみたいになっている。
しかしネムは、俺のそんな告白を拒否することなく、むしろ、無垢な笑みを浮かべて言った。
「もちろんだよ! 竜二!」
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