第47話 トップ会議

 目覚めたら、見知らぬ天井があった。


 そこが病室であることを理解するのに、十数秒の時間を要した。


(……あの後、気を失ったのか。ネムは、大丈夫かな)


 ネムも気になるが、何をするにも、まずは状況を正確に把握する必要がある。


 だから、ナースコールを押して、看護師を呼んだ。


 看護師がやってくる間に部屋を見回し、サイドテーブルに花が置かれていることに気づく。


 そこにあるカードを見て、俺はホッとする。


 ネムからだった。


 ネムも無事に帰ってこれたようだ。


 看護師とともに崎本がやってきて、にたにた笑いながら診察する。


「いやぁ、大活躍だったそうじゃないですか。宿須さん」


「はぁ、どうも」


「三日間ずっと寝ていましたが、とくに異常がみられませんでしたし、今診た感じでも、問題は無さそうなので、すぐに退院できると思いますよ」


「ありがとうございます」


「まぁ、自由になれるかは別の問題ですがね」


「え、それはどういう」


 そのとき、ドアをノックする音が聞こえ、堅気じゃない顔つきの男と気の強そうな顔つきの女が入ってきた。


 二人はスーツを着ていて、穏やかじゃない雰囲気をまとっている。


「急に申し訳ありません。私たちは、ギルドの職員です」と言って、二人は身分証を見せてくれた。


 確かにギルドの職員ではあるみたいだが、警察みたいなやり取りに、俺は困惑する。


「宿須竜二さんですよね?」


「はい。そうですが」


「規則違反の件でお話をお聞きしたく、同行をお願いできますか?」


「規律違反? ああ」


 杭打の顔が浮かぶ。


 俺が規則違反を犯したとなれば、あの男とチャラ男を蹴り飛ばしたことしか思いつかない。


 多分、あの男はギルドに泣きついたんだと思う。


 ダサい男だ。


「あの」と男に声を掛けられ、俺は顔を上げる。


 いずれにせよ、無視するわけにもいかないので、俺は頷く。


「わかりました」


 それから俺は、スーツに着替え、両脇を二人に固められた状態で病院を出る。


 ギルドの建物は病院の近くにあった。


 10階建ての大きくて新しめのビル。


 職員専用のエリアへ移動し、エレベーターに乗る。


 女が10階のボタンを押した。


 1階には冒険者用のエリアがあるので、そこで調べ物をしたこともあるが、職員専用のエリアは初めてなので、少し楽しみではある。


 10階に到着。


 男が緊張した面持ちで言う。


「今からあなたには、『トップ会議』に参加してもらいます。あなたの処遇はそこで決まります」


「……わかりました」


 トップ会議。


 ランキング10位以内のトップランカーが集まり、ダンジョン攻略の方針などについて話し合う場だと聞いている。


「というか、もう集まっているんですか? 俺はさっき起きたばかりですけど」


「はい。幸か不幸か、ちょうど、今日開かれる予定だったので」


「……そうですか」


 俺にとっては、この会議が幸であることを願わずにいられない。


 会議室と書かれた扉が開かれ、俺は部屋に入る。


 向かいの壁はガラス張りになっていて、東京の街を一望できた。


 ガラスの前にはU字の机があって、その場には3人しかいなかったが、部屋の壁に大きなモニターがあり、そこに何人か映し出されていた。


 リモート会議に対応した職場らしい。


 そして杭打が、机の前に立っていた。


 杭打は俺を認め、睨みつける。


 ――べつに怖くない。


 少し前までの俺なら、委縮していただろう。


 ただ、今の俺は、彼が怖くなかった。


 武器が無くとも、彼の隣に立てる。


「こんにちは」と机の真ん中に座っている女が微笑んだ。


 きれいな人だった。


 歳は俺よりも少し上くらいか。


 黒の長髪で、整った顔立ち。


 目元が涼しげで凛とした印象を受ける。


 しかしどこかほの暗さみたいなものもあって、ミステリアスな雰囲気もあった。


「こんにちは」と俺は返す。


「あなたが、宿須竜二君?」


「はい。そうです」


「私の名前は、渋沢理央。ランキング3位の冒険者です。1位と2位が、支援目的で海外に行っているので、今は私がこの会議の代表を務めています」


 この人がランキング3位。


 ネムの憧れている人。


 彼女が上位ランカーであることに、多少の驚きはあるも、納得もできた。


 彼女には、そんな魅力がある。


「私の顔に何か付いている?」


「あ、いえ、すみません」


 まじまじと見すぎていたらしい。


 俺は慌てて視線を逸らす。


「実はね、宿須君。私も軽井沢ダンジョンにいたの。そして、宿須君の活躍も見ました。先に突破されたのは悔しかったのですが、あのとき、空を飛ぶあなたを見て、私はあなたのような冒険者がいることを嬉しく思いました」


「……ありがとうございます」


 美人に褒められて悪い気はしない。


 そのとき、杭打が咳払いをした。


 気を引く子供みたいに。


 視線が集まると、杭打は渋沢さんを見返した。


「渋沢さん。さっさと本題に入りましょう」


「本題? ああ、彼があなたに暴行したという件ですか?」


「はい。そうです」


「その件ですが――」と渋沢さんは手元にある資料をめくった。


 が、興味なさそうに手を放す。


「つまらないので、別の話にしましょう」


「なっ」と驚く杭打。


「ふざけているんですか?」


「真面目ですよ?」と渋沢さんは平然と答える。


「それより、私はお二人に聞きたいことがあります。――お二人にとって、ダンジョンとは何ですか?」

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