第46話 願い

 俺の願いを聞き、彼女は「ほぅ」と興味深そうに目を細めた。


「ダンジョンの出現頻度を増やす。面白い願いだね。どうしてあなたは、ダンジョンが増えることを願うの?」


「俺はこの場所が好きです。でも、数が少ないから、中々楽しめていません。だから、もっと数を増やしてほしいんです」


「そこまでダンジョンのことを気に入ってくれて、私は嬉しいよ。でも、いいの? ダンジョンを増やすということは、災害が起きる確率も上がるってことだよ?」


「構いません」


「私が他言することはないし、あなたのことを心配するのも変な話だけど、もしも、あなたがダンジョンの出現頻度を増やしたことがバレたら、世間ってやつに叩かれるんじゃないの?」


「べつに構いません。世間の人間は、俺が苦しんでいるときに何もしてくれなかった。むしろ、一般論とかきれいごとを振りかざして、俺を苦しめ続けた。だから、そんなやつらがどうなろうが俺の知ったところではありません。やつらが俺にしてきたみたいに、俺は俺のために生きたいと思います。だから、ダンジョンが増えることを願うんです」


 あの世界の住人は、俺を苦しめ、俺がどれほど苦しんでいても助けてはくれなかった。


 だから俺も、彼らのように、自分のために生きる。


 その結果、彼らがどうなろうが、俺の知ったことではない。


 もちろん、師匠のような人間もいることは理解しているし、あんな世界にも、見どころみたいなものがあるのかもしれない。


 でも、俺は、そういうきれいごとにうんざりしている。


 結局、そんな言葉を信じて、馬鹿を見るのは俺だ。


 だったら、自分の欲望に従って、突き進んだ方が何倍もマシだろう。


 それに、ネムならこの選択を喜んでくれるはず。


 ――いや、この選択をネムに背負わせるのは傲慢か。


 俺は、俺の意思で、この選択をしたんだ。


「なるほど」と少女は微笑む。


「わかった。あなたの願いを叶えてあげる」


 少女が指を鳴らすと、ブラックドラゴンが光の粒となって消え始め、周囲の壁や床も光になる。


 ダンジョン攻略完了の風景だ。


「どうして」


「今回は特別サービス。ダンジョンが好きなあなたへのプレゼント」


「ありがとうございます……なんですかね」


 体が光の泡に包まれた。


 光が晴れたとき、軽井沢ダンジョンの前に立っている――はずだったのだが、俺は白い空間に立っていて、少女が目の前にいた。


「まだ報酬を渡していなかったね」


 少女は自分の前に3つのカードを出現させる。


「『スキルカード』『武器カード』『防具カード』の中から、好きなものを選ぶと良いよ」


「武器カードや防具カードって何ですか?」


「強力な武器や防具のカードさ。強力すぎるアイテムは、あなたたちの世界に戻ったとき、いわゆる呪物として、災厄を振りまく存在になっちゃうから、カードという形で配布することにしているんだ」


「なるほど」


 そういえば、思い出した。


 上位ランカーの中にも、カードで武器や防具を管理している人がいると聞く。


「人間のことを考えてくれているんですね。でも、それなら、どうしてダンジョンを出現させるんですか?」


「その答えを知りたいなら、また高難易度のダンジョンをクリアして、願うことだね」


「……わかりました」


 気になるが、ダンジョンの目的とか俺には関係ないので、カード選びに戻る。


 と言っても、光の長方形にしか見えない。


「カードの詳細を見せていただくことってできませんか?」


「できないかな。選ぶ楽しみってものがあるじゃん。でも、どのカードを選んでも、悪いようにはしないよ」


「わかりました。なら――『武器カード』をください」


 スキルも魅力的ではあるが、今回は良い武器が貰えそうな気がしたので、武器を選択する。


「OK!」


 彼女の前にあったカードが消え、俺の前に一枚だけ光の長方形が現れる。


 触れると、光は弾け、『竜神の杖』と書かれたカードになる。


「カードの使い方は簡単。願うだけさ」


 言われた通り、この杖を使いたいと願ってみる。


 すると、カードが光になって、杖に変わった。


 黒くて硬質な杖だった。


 杖の先が宝石を掴むドラゴンの手になっている。


「竜神の杖」と彼女は説明してくれる。


「それは、魔法が使えるだけではなく、強度にも優れているから、あなた好みの武器になっている」


「ありがとうございます!」


 握るだけでワクワクする。


 試しに振ってみた。


 軽くて振りやすい。


 剣を扱っているみたいだ。


 そして魔力を込めると、宝石の周りで炎が渦巻く。


 炎魔法が使えるらしい。


 これからの攻略が楽しみになる逸品だ。


「気に入ってくれたみたいだね」


「はい」


「これからも、あなたの活躍を期待しているよ」


「ありがとうございます。たくさん、攻略させていただきます」


 少女はふっと笑って、言った。


「それは楽しみだ」


 そして、俺の視界は光に包まれ――光が晴れたとき、俺は軽井沢ダンジョンの山の中に立っていた。


 うねりのような歓声が起きる。


 周りにいた冒険者たちが抱き合い、ダンジョンの攻略を喜んでいた。


 足が冷たいことに気づく。


 見ると、靴がなかった。


 どうやら、『跳竜の靴』もカードになったらしい。


(じゃないと、泣くけどな)


 このダンジョン限定のアイテムだったりしたら、俺は悲しい。


 見上げると青空が広がっていた。


 時間の感覚がなかったので、今が何時何分かは知らないが、少なくとも昼であることはわかった。


「そうだ。ネム」


 地雷系ゴスロリファッションを探そうとしたのだが、急に眩暈のようなものを感じ、俺は――。

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