第43話 爆発

 俺は杭打の言っていることがわからなくて、「はぁ?」と驚きの声が漏れてしまった。


「はぁ? じゃねぇだろ」と杭打に睨まれ、臆してしまう。


 が、やはり納得はできなかった。


「どうして、この靴をあなたに渡さなくちゃいけないんですか? これは、俺たちで手に入れたんです」


「俺たち? その俺たちとは、誰のことだ?」


「俺とネム」


「はぁぁぁ」と杭打は、大きなため息を吐いた。わざと俺たちに聞かせているんじゃないかと思うほどの大きさで。


「いいか。今回、幸運の跳竜を倒したのは、お前たちだけの力じゃない。俺たちの作戦があったからだ。そして、その作戦を指揮したのは、誰か? この俺だ。だから、俺にそいつを渡すのは当然と言える」


「いや、何ですか、その作戦って。そんなの聞いてないんですけど」


 嘘である。しかし、そんな事情を知らないであろう杭打に俺は強く出る。


「やれやれ」と杭打は肩をすくめる。


「聞いていないお前らが悪い」


「いやいや、聞く機会なんてありませんでしたけど?」


「そうか。なら、確認しなかったお前らが悪い。他の冒険者に、作戦中かどうかを聞くのは、冒険者としての基本だけどなぁ」


「何それ、聞いたことないんだけど」


 ネムがそう言うと、杭打はネムを睨んだ。


「女は黙ってろ」


 ネムは腰が引けそうになったが、拳を握って、杭打を睨み返した。


「女は、今、関係ないでしょ」


「はぁぁ」と杭打は再びため息を漏らした。


「お前たちみたいな馬鹿を相手にすると疲れるよ。先ほどから聞いていれば、口の利き方がなっていないし、道理も知らないときた。お前、免許の種類は?」


「2類だけど」とネム。


「そうか。なら、ランキングは?」


「……30位」


「俺は10位だ。だから、黙って俺の言うことを聞け!」


「ランキングなんて今は関係ない」


「そうか。なら、俺とお前らの間にある差ってやつを教えてやる必要があるな」


 杭打は剣を抜いた。刀身が薄闇できらめく。


「杭打さん。さすがにそれは」と、後ろにいた仲間――よく見たら、ネムに嫌がらせしたあのチャラ男が止めるも、杭打は不敵に笑う。


「案ずるな、これは教育だ」


 ネムも黙って剣を構える。しかし、その顔には冷や汗が浮かんでいて、緊張感が顔からにじみ出ていた。


「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて」


 一発触発の雰囲気。その中で――俺は左足の『跳竜の靴』を履いた。


「何をしている!」


 杭打が怒鳴る。


 しかし、どうでも良かった。


 この男の言動を見て、あることに気づく。


 もはや、この男と付き合うだけ時間の無駄だ。


 俺は靴の履き心地を確認し、その場で足踏みをする。


 足になじむ感じがした。


「お前、人の話を聞いているのか!?」


 この靴には、何か秘密があるはず。ただの靴なわけがない。では、その秘密とは何か。


 跳竜について考えてみる。


 やつらは跳躍が得意だった。もしかしたら、この靴を履くことで、やつらと同じくらいの跳躍が可能になるのかもしれない。ただ、軽くジャンプしてみても、高く跳べる感じはしない。


「おい、いい加減にしろ!」


 そこで俺は閃いた。


 跳竜と同じように跳躍するために必要なもの。それは、魔力とタイミング。


 つまり、魔法を使えば、跳竜になれる。だから、軽くジャンプしながら、地面を蹴るタイミングを意識して、魔法を発動してみた。


 瞬間――体がとても軽くなる感覚があった。予想通り、この靴で魔法を発動すれば、跳竜のように高く跳べる。


「おい、ごらぁ!」


 ひときわ大きな声が、ダンジョンに響いた。杭打である。


 顔を真っ赤にして、怒っている。


 不思議なことに、彼と対峙しても先ほどまでの怖れみたいなものは無かった。


「……なぁ、あんたはこの靴について気になるか?」


「あ? まぁ。というか口の利き方に気をつけろ」


「そうか。なら、教えてやるよ」


「え」


 俺は魔法を発動しながら地面を蹴った。


 一瞬で杭打との間合いを詰める。


 驚く杭打。


 その腹部に足裏を当て、膝を曲げる。溜めた力を魔法とともに開放。爆発的なエネルギーが生まれ、杭打がぶっ飛んだ。


 ダンジョンの壁に激突し、杭打は倒れる。


 その場にいた誰もが、状況を飲み込めずにいた。


 しかし、チャラ男が我に返って、声を荒げる。


「お、お前は何をしたかわかっているのか!?」


 わかっている。


 俺は――モンスターを倒したに過ぎない。


 この場所がファンタジーであることに気づいてから、杭打を嫌う理由が分かった。


 上司に似ているから?


 違う。


 あの男が、この場所に現実を持ち込んでくるからだ。


 奴は、このファンタジーな世界に、異世界の常識を持ち込んで、ぶち壊そうとする侵略者モンスター


 だから、排除してしかるべき相手なのだ。


 その理屈を、目の前のチャラ男に教えてあげようとしたが、「彼は!」とネムが声を荒げる。


「彼は、混乱している! 聞いたことがあるでしょ? 強すぎるアイテムは使用者を混乱させるんだ!」


 ネムが迫真の表情で俺に訴えかける。


 ネムに合わせて、と。


 それで、俺は理解した。


 確かに、俺は今、混乱している。


 だから、杭打のことがゴブリンに見えた。


「ゆ、許さねぇぞ」


 杭打が膝をつきながら起き上がる。


 俺が手加減したのもあるし、上等な防具を着ていたからか、あの攻撃を受けても、気絶まではしなかったみたいだ。


(そのまま気絶すればいいのに)


 杭打は立ち上がって、剣を構える。


 しかし、怖くない。


 俺には彼が小さく見えた。


 もはや恐れるような存在じゃない。


 最初からこうすれば良かった。


 外の世界だったら、俺は檻の中にぶち込まれただろうが、ここはダンジョン。ファンタジーの世界。気に入らない奴がいたら、ぶん殴って、わからせればいい。


「やああああ!」


 杭打が斬りかかってきた。


 が、俺からしたら遅い。


 剣筋を見切って、足を引っかけた。


 それだけで、杭打は前のめりに倒れる。


 俺は杖を振り上げ、杭打を殴ろうとした。


 しかし、この男のために魔力を消費するのがもったいなく感じた。


 それに、杖の面白い使い方も見せたくなかった。


 この男はきっと、『それは魔法の杖の使い方じゃない』と言って、否定するだろう。


 だから、わざわざ見せようとも思わない。


「竜二!」


 ネムの声。


 彼女の伝えようとしていることがわかる。


 身を引くと、チャラ男の攻撃が空ぶった。


「なっ」


 驚くチャラ男の腹にも一発蹴りを入れて、壁に激突させた。


「ふごっ」


 チャラ男は情けない声を上げて腹を抑えた。


 今のは、ネムに嫌がらせをした分だ。


「なんだ、なんだ」


「トラブルか!」


 冒険者がぞろぞろやってきて、地に伏せていた杭打が声を荒げる。


「こいつを捕まえろ! こいつは、犯罪者だ!」


 俺は駆け出した。


 冒険者と戦うためじゃない。


 ネムを抱えるためだ。


「すまん。ネム」


「えっ、きゃっ」


 俺はお姫様抱っこでネムを抱えると駆け出した。


「おい、待て!」


「こら、逃げるな!」


 しかし、彼らの言葉もすぐ遠ざかっていく。


 跳竜の靴の使い方をマスターした俺は、地面を踏むたびに魔法を発動し、爆速で先へと進む。


「すごいよ、竜二! 速い!」


 興奮した様子のネムを見て、自然と笑みがこぼれた。


「何を笑っているの?」とネム。


「いや、まさか。俺にこんな日が来るとは思わなくて。可愛いお姫様を抱いて、悪党から逃げるなんて」


「かわ、可愛い? ……そんなことないもん」


 ネムが頬を染めて否定するも、その姿も愛らしかった。


 そして、根拠のない自信が沸き起こる。


「……なぁ、ネム。俺、今なら何でもできそう」


「何でも?」


「ああ」


 現実を拒絶し、ファンタジーに足を踏み入れた今の俺に、不可能なことは無いように思えた。


 さらなるファンタジーが、俺を待っている。


「――だから、行こう。あの場所へ!」

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